川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

2017年元旦の御挨拶

2017年1月1日(日) 


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皆様、明けましておめでとうございます。
このブログも、又してもサボり癖が出て、先週、先々週とお休みをしてしまいましたが、今日は年の初めですので、気持ちを新たにして一言ご挨拶申し上げます。

と言いましても、カンボジアの元旦は日本と違い、それ程特別の事をする訳でもありませんので、ホントに今日は元旦なのかなあという感じです。
そもそもカンボジアでは正月が3回あり、1つ目はこの1月元旦ですが、2つ目は2月の中国正月、そして一番ビッグなのが4月のカンボジア正月でして、この時には家々に正月飾りをして、大半の店もお休みし、盛大に祝います。
カンボジア人の気分が一番盛り上がるのが、この4月のカンボジア正月なので、1月の正月は、「世界中で祝ってるので、まあ我々も祝っとこおかな」てな具合です。
それに、寒い日本と違ってこちらは暑いですし、初詣とかも無いので、イマイチ正月気分に浸れません。
しかし、そうは言いながらも、昨晩の年越しのセレモニーの方は凄かったです。
シェムリアップの中心部は人や車で大渋滞を起こし、カウントダウンが始まった頃には繁華街にはカンボジア人の若者と外国人旅行者が溢れて立錐の余地も無く、みんなが踊り狂っていたそうです。
そして、0時を境に一斉にあちこちから色とりどりの花火が打ち上げられ、夜空を焦がしました。
私は、住んでいるゲストハウスのベランダから見学しましたが、かなり広範囲に渡ってそれもかなりの数が打ち上げられ、それはそれは華やかでした。

いつもなら私も夕方から街に繰り出して、ぐでんぐでんに酔っ払いながら、その花火を何処かの酒場で見ていた事でしょうが、31日は入っていた予定がキャンセルになり、仕方無いので一人部屋で紅白を見て、いきものがかりや高橋真梨子の歌に癒され、そして夜中にベランダで、酒で無く花火に酔いしれたという訳です。

まあ、そんな訳で、大晦日のセレモニーが華やかだった分、元旦との落差が大きく、余計に正月気分が沸かないのですが、それでもやはり今日は2017年の始まりで、私の63歳の誕生日でもあります。
気持ちを引き締め直して、今年1年の計画をしっかり立て、計画実行にまい進して行こうと思いますので、皆様方どうぞよろしくお願い致します。

今年の目標は、応援団員の数を大幅に増やし、このブログも休まず書き続ける事です。

と言いつつ、実は今月5日から21日まで一時帰国しますので、このブログもお休みさせて頂こうと思っています。
ホント、いい加減な計画なんだから。

やはりカンボジアは暑いので、グニャグニャしていて身が引き締まりません。
それでもどうぞお見捨てにならず、これからも末長くお引き立ての程宜しくお願い致します。



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  1. 2017/01/02(月) 00:56:13|
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後藤一幸さん・朱実さん夫妻のこと

12月11日(日)  

今年も、もう残り20日を切ってしまいました。
月日の経つのは本当に早いですねえ。
こちらカンボジアは、暑くて大変・・・と言っても、朝晩は時に涼しく感じる時もありますが、日本の皆さんは毎日寒くて大変でしょう。お察し申し上げます。

 さて、今回のブログは我らが同士・後藤夫妻のことに付いて書こうと思います。
先月27日から今日まで、応援団員の後藤一幸・朱実夫妻がシェムリアップに滞在されていました。
今回で、カンボジア渡航がちょうど10回目だそうです。
ほぼ、年2回のペースで来られていて、御夫妻共に、私と同様にカンボジア大好き人間です。
奥さんの朱実さんは、去年の10月、11月の2ヶ月間、博物館で私の替わりにボランティアガイドも引き受けて下さった方で、このブログの2015年10月5日付けの「初めまして。よろしくお願いいたします」から2015年11月19日付けの「ありがとう~、感謝を込めて、そしてまた会えるときまで・・・・」を担当して戴いています。
また、2013年8月5日付けブログ「後藤夫妻と共に行くカンボジア・ミニ・ツアー」にも登場して頂いていますので、皆さんもよく御存知だと思います。

後藤夫妻と私はほぼ同年齢ですが、お二人は私なんかより遥かにエネルギッシュで、これまで地域での様々な活動を始め、大地震のあったネパール支援の為、現地を訪問しただけでなく、帰国後に写真展を開いて被災地の現状を多くの人に知らせ、支援金を募ってそれでまた被災地支援を行ったり、カンボジアに対しても、仲間に呼び掛けて文房具や本、おもちゃ、衣服を集めて孤児院や学校、貧しい村に寄付したりと、それはそれは精力的に活動されています。
又、趣味の分野でも、酒と歌位しか興味の無い私と違って、お二人とも楽器演奏(ギター、フルート)、マラソン、写真etcと実に多彩です。
私も日本に帰っていた2年間で2回、三重県の御自宅を訪問し、泊めて頂いた上で色々な話を伺わせて頂きました。

思えば後藤夫妻とは、長い付き合いになりました。
中日新聞に載った私の紹介記事(犯罪者として載ったのではありませんので念の為)を見たと言って2012年10月に連絡を頂き、その後メールでのやり取りが続き、2013年1月には御夫婦揃って応援団員登録をして下さり、そしてその年の2月6日に博物館を訪問して頂きお会いしたのが最初の出会いでした。
その前にも博物館にはお越し頂いていたのですが、私が不在でお会い出来ていませんでした。
カンボジアにお越し頂く度に、色んな所に御一緒させて頂いていますが、今回も何箇所か同行させて頂き、何人かの人にお会いしました。
その中で、特に印象に残ったのが次の2人の人物です。
その一人は大房明良君と言って旅行会社「チョルモイツアーズ」を経営しながら、語学学校や保育園を作ってスラム街や農村部の貧困に喘ぐ子供達の支援を行っている26歳の若者。



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左から後藤朱実さん、一幸さん、そして大房明良君

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大房君の運営している語学学校


そしてもう一人は、山勢拓弥君と言って、一般社団法人「クマエ」を立ち上げ、バナナリーフペーパーという、バナナの木の幹から繊維を取り出して、それで紙を作ってポストカードとか名刺などの製品にし販売する事でゴミ山で暮らす人々に雇用の場を提供し、生活支援している23歳の若者。


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山勢拓弥君

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バナナリーフペーパーの工房

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山勢君が支援しているフリースクール


この2人の若者とは、後藤夫妻も私も、前々からの知り合いでしたが、今回改めて話しを聞かせて貰い、3人で深く感銘を受けた次第です。
2人ともまだ大変若いのに、実にしっかりした人物でした。
2人の人物紹介については、また日を改めてやりたいと思いますが、この2人から多くの事を学ばせて貰いました。


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DSCN1274.jpg 紙すきの工程



後藤夫妻とは、滞在された15日間で他にも色々な所に同行させて貰い、私も随分刺激を受けました。
今からもう、来年の御来訪が楽しみです。
もっとも私は、半分は飲んだくれていたので、本来は倍の刺激を受けられたのに大きく損をしてはいますが・・・。




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我々の仲間のチャイに連れて行って貰った村で、子供達に文房具やお菓子、ぬいぐるみを配る後藤一幸さん

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村で食事を御馳走になる後藤夫妻




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  1. 2016/12/12(月) 17:46:12|
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昨今のお客様事情

12月4日(日)    

10月23日のブログ「カリマンタンの青い空・田辺美穂子さんのこと」で紹介しましたミホさんから、今日、「入籍した」との報告が飛び込んで参りました。
そんな話しは全然聞いて無かったので大変驚きましたが、でも、本当にオメデタイ事なので心より祝福したいと思います。皆さんも一緒に祝ってあげて下さいませ。
夕べもアキラさんの身内の結婚式が有りましたし、今週土曜日にはソテアレンの弟の婚約式も有りまして、オメデタ続きです。
このどさくさに紛れて、私もオメデタイ事になったりして・・・それは無いか。

さて、今日は12月の第一日曜日ですので、「アンコールワット国際ハーフマラソン」が開催され、有森裕子さんや猫ちゃん(猫ひろし)が来て、遺跡の中のコースを走った事でしょう。
この大会は、1996年から開催されていて、今年が第21回目だそうです。
今年は見学には行きませんでしたが、恐らく大勢の日本人が、この日目当てにカンボジア・シェムリアップに来られたと思います。

「アキラ地雷博物館」もお陰様で、連日日本人客で大賑わい・・・と申し上げたいのですが、残念ながら日本人客は、この1年少なかった様に思います。
外国人のお客様は昔と変わらず、コンスタントに来て下さっているのですが、色んなカンボジア人の日本語ガイドに聞いても、やはり皆が「今年は日本人のお客様、少ないね」と言います。
何故なんでしょう。
世界中でテロが頻発しているので、その影響も有るのかも知れませんし、カンボジアはまだまだ地雷が多く眠っていると言うので敬遠されているのかも知れません。
しかし、皆さん、カンボジアでもシェムリアップは全然危険な所ではありませんよ。
プノンペンになると多少治安が悪いですが、シェムリアップは安全そのものです。
それが証拠に、私なんぞ毎晩の様に飲んだくれて夜の街をほっつき歩いていますが、ホーレこの通り、ピンピンしていますでしょ?
まあ、時にバイクでぶつかられたり水に落ちたりはしますが(誰のこっちゃ)、何処の国でも多少の危険は当然有りますので、シェムリアップはその範囲内です。
地雷も、観光客が普通に訪問する様な場所には埋まってはいません。山奥にでも入らない限り心配無用です。
ですから、皆さん、どしどしカンボジア・シェムリアップを御訪問下さい。
心よりお待ちしています。

博物館ではこの1年、日本人客が少なかったと申し上げましたが、それでも5月のゴールデンウィークや夏休み、お盆の時は、大変多くの日本人客で賑わいました。
「地球の歩き方」などのガイドブックにも掲載されていますし、インターネットで見たと言って来て下さるお客様も大勢います。
大学生のスタディツアーや高校生の修学旅行、それに最近では「HIS」や「タビックス・ジャパン」と言った大手旅行会社が、遺跡観光に加えて「アキラ地雷博物館」を見学コースに組み込んでくれていて、これまでとは違った年配層のお客様も来て下さる様になりました。
しかし、更に更に多くの日本人の方に来て頂き、「戦争の悲惨さ、平和の尊さ」についてじっくり考えて頂けたらと願っています。

今回のブログでは、先月にお越し頂いた「タビックス・ジャパン」のツアーのお客様を紹介させて頂きます。
11月8日(火)35名
11月27日(日)30名
の方にお越し頂きました。
恥ずかしがられて全員は写っていませんが、皆さん熱心に私の話に耳を傾けて下さいました。


名前

8
11月8日(火)のお客様

27jpg (1)
11月27日(日)のお客様



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  1. 2016/12/05(月) 03:57:47|
  2. 博物館関連
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「『水祭り』 スマホ水没 後の祭り」後編

11月27日(日)  

先週のブログで、「一体どうなってんねん」と書きました天候不順問題ですが、その後も相変わらずで、もう11月も終わろうという今になってもまだ雨季の様な天候が続いています。
本当に「どうなってんねん」。

雨が降るとバイクに乗るのが大変です。
前に住んでいた3年間では、カッパを着ていても雨が浸み込んで濡れ鼠となり、気持ちが滅入ってしまって、憂さ晴らしの為に何度カラオケとビア・ガーデンに行ったことか(何のこっちゃ)。
しかし、今年は日本から持って来たカッパとは別に、カンボジアで売っているポンチョ型カッパを買ったので大助かり。


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このポンチョ型カッパはゴム生地が分厚いので、水が中に浸み込みません。
ですから、今年の雨季は前の3年間程苦痛では無く、よってカラオケとビアガーデンに行く回数が随分減りました・・・ウソつけ、このォ。
それから、雨季の話題でもう一つ。
先日博物館に来られたシンガポール在住の日本人の方が仰っていましたが、シンガポールは雨季と乾季がカンボジアとは間逆だそうで、今、雨季に入った所だそうです。
ホンの御近所さんなのに、不思議ですねえ。


さて、前置きはこの位にして、予告しました先週のブログの続きを書きます。
「水祭り」初日の13日には、「さくらくろ一座」の面々と一緒に祭りを楽しみましたが、2日目の14日は、親友のソテアレンとチャントリア夫婦と一緒に会場に出掛けました。
2日目は15時からボートレースの決勝戦が行われた筈ですが、平日でしたので昼間は「アキラ地雷博物館」で真面目に本業をこなし、夜になって出掛けました。
この日は花火も打ち上げられるという事でしたし、夜空には何と68年ぶりのスーパームーンが煌々と照り輝いていて、いやが上にも心浮き立ち、足が地につかない、美空ひばりの「お祭りマンボ」でも唄い出したい位のルンルン気分の夜でした。
しかし、この祭り2日目のルンルン気分の夜に、正に足が地につかないトンデモナイ悲劇が起きてしまいました。
そのトンデモナイ悲劇とは一体何か?
既に題で「スマホ水没」と白状してますので、皆さんお分かりだと思いますが、そうなんです、私の体ごとスマホを水没させてしまったのです。

当日は、ソテアレンとチャントリアとは会場で落ち会う事にし、王宮前のロータリーのモニュメントを集合場所に決めました。
私の方が先に着いたので、2人によく分かる様にとモニュメントの台座の上に立ち、携帯電話で連絡を取りながら彼らの到着を待ちました。
四方は昨日と同様人の群れで、モニュメントの台座にも隙間無く人が腰掛けています。
私は僅かの隙間に辛うじて立って、ここにいるぞと言わんばかりに一生懸命手を振っていたのですが、前に人が押し寄せて来たので一歩だけ後ずさりしました。
その瞬間、携帯に「うっ!マンボ」との声を残して(オマエは明石家さんまか)、ドボーン。
モニュメントの台座の内側の、土と思っていた所が実は水だったのです。
前々からそこが土だと思っていたかどうかは記憶が定かではありませんが、少なくともその瞬間は土だと思って足を降ろしたところ、足が地に着かなかったという訳です。
その水を張った箇所は結構深く、完全に体が水没してしまいました。
左手にデジカメと扇子を持ち、右手には携帯を握りしめていて、落ちる瞬間左手は上に上げたのですが、携帯を持った右手はしっかり水の底を押さえていました。
周りに居た人々は一瞬何が起こったか分からずザワついていましたが、雫をボタボタ垂らしながら立ち上がった私を見て、クスクスと笑い声が聞こえて来ました。
穴があったら入りたい、いや、今穴から出て来たところだ」とか、「ポンチョ型カッパを着とけば良かった」とか馬鹿な事を考えながら、照れを隠して苦笑い。
周りに日本人が居なくて、知らないカンボジア人ばかりだった事がせめてもの救いでした。
知り合いが居たら、恥ずかしさは数千倍だったでしょう。
この後暫くしてやって来たソテアレンとチャントリアは、「大丈夫ですか、お父さん」と心配してくれましたが、目はしっかり笑っていました。


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王宮前のロータリーにあるオブジェを昼間写しました。14日の夜には、この周辺は人で溢れていました。

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オブジェの大写しです。

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この緑色のものは土に生えた雑草では無く、水に浮かぶ水草でした。ここにドボンしたドジな私。


思えば私の人生は、太宰治風に言うと「恥の多い生涯を送って来ました」です。
子供の時からドジばかりで、水に落ちただけでも何度有るか分かりません。
特に忘れられないのが、大学時代に酔っ払って、気が付いたら何故か警察に保護されていて散々説教された後、その交番を出て下宿に向かって歩いている途中、再び酩酊状態に陥って橋の上からそのまま真冬の川にドボン。
あの時も死に掛けましたが、もう一つ死に掛けたのが、会社員時代に上司や同僚と夜釣りに行き、防波堤の防護柵の鎖に体を預けて釣竿を垂れていた時です。真っ暗な中でホンの50センチ体を移動させた所、有ると思った鎖がそこだけ途切れていて、預けた体を支える物が無く、そのまま今度は真冬の海にドボン。
この時は服を何枚も重ね着していて、その服が水を吸って重たくて、泳ぐどころか身動きもままならず、一人だったら間違いなく死んでいたでしょう。
まあ、そうした命に関わる大事件に比べたら今回は死ぬ程の事では無かったのですが、私の代わりにスマホが死んでしまいました。
と言っても、スマホの死に気が付いたのは、この時よりも何時間も後の事ですが・・・。


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ロータリー前の夜の雑踏

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コンサート会場も人で溢れていました。

ドボンの後まず確認したのは、携帯電話が無事かどうかでした。
何せ、手に持ったまま完全に水没させたのはこの携帯電話だったからです。
しかし、携帯は奇跡的に無事でした。
デジカメは水に漬けなかったので当然無事であり、この2つの無事にすっかり気を良くして、腰に巻いたウエストポーチの中に入れていたスマホの事は完全に忘れていました。
パンツがビチョビチョで気持ちが悪いのも我慢し、ソテアレンとチャントリアと3人でワイワイ言いながら飯を食ったりコンサートを見たりして「水祭り」の会場で陽気に1時間程過ごし、それから家に帰って、ようやくウエストポーチの中の物を点検しました。
名刺や手帳、メモ帳など紙類はビチョビチョで、書いた字も滲んでいてそれはそれでショックを受けましたが、それでも財布の中は無事で、「ああ、やれやれ」と安心した直後にケースに入ったスマホに目が止まり、「ああ、そうだった。スマホを入れていたんだ」と初めて気が付いて、恐る恐る電源を入れた所、「ゲッ、ヤバイ、起動しない」。
ドボンした後、スマホの電池を直ぐに抜いておけば、ひょっとしたら無事だったのかも知れないのですが、もうそんな事を言っても後の祭り、水祭り
(この後修理に出したのですが結局回復せず、データが全て消失してしまいました。)
意気消沈した私は、もう何もする気がせず、その夜は早々と床に着きましたが、夜中の0時を過ぎてから、傷ついた心に更に拍車をかける様に、大量の花火が打ち上げられるではありませんか。
「何でこんな夜中に花火を上げるねん、安眠妨害や、責任者出て来~い」。
心打ちひしがれた私には、夜中の花火は騒音以外の何物でもありませんでした。
「一体この国はどうなってんねん。気候もおかしいけど、やる事もおかしいやんか」。
カンボジアに八つ当たりする私でした。

5年もの間待ちに待った「カンボジアの水祭り」だったと言うのに、自分が水に落ちるという、とんだ落ちの付いた形で失意の内に終わった今年の「水祭り」でした。
ああ、嘆かわしい。




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  1. 2016/11/27(日) 09:53:15|
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「『水祭り』 スマホ水没 後の祭り」前編

11月20日(日)

日曜日にブログをアップするつもりで原稿は書いていたのですが、部屋のWifiの不具合によりネット接続が出来ずに、2日遅れのアップとなりました事お詫び申し上げます。

さて、カンボジア気象庁の発表では、10月末にはもう雨季が明けたとか。
しかし、11月に入ってもしょっちゅう雨が降っていて、「いいや絶対まだ雨季は明けていない」と思っていましたが、13日からの「カンボジアの水祭り」の開催にピッタリ照準を合わせた様に、12日の夜の豪雨を最後にその後1滴も降らなかったので、川広気象庁は13日を雨季明けと発表致しました。
しかーし、何と18日に又豪雨に見舞われ、そして今日20日も、降りはしなかったものの今にも降り出すかの様に、空一面黒い雲に覆われました。

一体どうなってんねん。

アメリカでは次期大統領に傲慢で排外主義者のトランプが選出され、ヨーロッパでは極右勢力が台頭し、日本も数に物を言わせた強権政治がまかり通り、正に政治の世界も異常ですが、気象の世界も異常続きでホントに困ったものです。



まあそれは兎も角、今回のブログのテーマはその「カンボジアの水祭り」です。
「水祭り」と言うのは、ウィキペディアによりますと、「雨季明けを祝うお祭りで、雨季から乾季に変わる11月の、満月の前後3日間に渡って豊かな大河の恵みに感謝するもの」との事です。
プノンペンとシェムリアップで開催され、メインイベントとしてボートレースが実施されます。
近隣のタイやミャンマー、ラオスには名前のよく似た「水掛け祭り」と言うのがありますが、これは4月に行われる新年のお祭りです。カンボジアでも取り入れられていて、カンボジア正月の時には水を掛け合ったり、白い粉を顔に塗り合ったりします。
よって、「水祭り」と「水掛け祭り」は、似て非なるものですので念の為。

私はカンボジア在住通算4年目ですが、「水祭り」に出会えたのは実は今回が初めてです。
在住1年目の2011年には、国内が洪水被害に見舞われた為中止、2012年にはシハヌーク前国王の死去に伴い中止、2013年にも理由は忘れましたが中止で、3年間住んでいたにも関わらず一度も「水祭り」には出会えませんでした。
今年やっと、その待ちに待った「水祭り」に出会えるという事で、前々から随分楽しみにしていました。
そして遂に今月13日に、「水祭り」初体験を果たしました。




当日はカンボジアの誇る美女軍団「さくらくろ一座」(本名・ソンポアとその仲間達)のメンバーと私の8人で、15時からのボートレースに遭わせてシェムリアップ川の会場まで見学に行きました。


水祭り10 (2)

水祭りん6



川沿いの通りには露店が所狭しと並んでいて、道や橋、そして河原は人で埋め尽くされ、今から始まるボートレースを今か今かと待ちわびています。
何処の国も同じの様で、観客には不要の市長の長~い挨拶に興ざめしたものの、15時を少し回った所で号砲一閃、ボートレースが始まりました。
2艘の手漕ぎボートによる対抗戦で、各チーム20人(推定)の漕ぎ手が懸命にオールを掻き、勝ったチームが明日の決勝戦に進出します。
どの組も息を飲む接戦で、職場や仲間で構成されたそれぞれのチームが、各々の名誉を賭けて懸命に戦っています。
あれは名誉を賭けているのでは無く、単に豪華商品目当てなのだとの冷めた見方もありますが。


水祭り7

水祭り4

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水祭り12 (2)


私はボートレースに大変興味があったのですが、一緒に行った若い子達は、レースが始まる前からもう疲れたと言って、通りに面したレストランに入って腹ごしらえ。

水祭り3

私も付き合わない訳には行かず、結局レースは20組(推定)中3、4組しか見れませんでした。
少々心残りでしたが、まあ、その後も人の波を掻き分けながら通りを歩いて、「水祭り」の雰囲気を満喫しました。
そして、この日は食事の後、メンバーの内の4人でカラオケ「ピンクパラダイス」に行きました。
私は前日も他のカンボジア人仲間8人と「ピンクパラダイス」で唄いまくり、帰宅したのは朝の2時半。
つまり、「ピンパラ」連チャンでした。

水祭り10 (1)

この日はさすがにカラオケは2時間程で終了し、再度「水祭り」会場に戻り、夜の祭り会場を散策しました。


水祭り2 (2)

水祭り1 (5)

水祭り8

水祭り5



そして翌日。
「水祭り」は3日間続くので、文字通りお祭り騒ぎが大好きな私は、過去3年間の見れなかった分を一気に取り戻そうと、翌日も性懲りも無く見学に行ったのですが、ここで予想だにしなかったトンデモない悲劇に見舞われます。
悔やんでも後の祭り、水祭り。


そのトンデモない悲劇については、申し訳無いですが紙面の都合で次回に廻します。
ハハハッ、これで来週のブログテーマは悩まなくて済むぞ、ラッキー。
しかし、起こった事は超アンラッキー。



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  1. 2016/11/22(火) 14:11:21|
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