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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

アキラ家の墓参りに同席

2019年4月9日(火) 

今年のクメール正月は4月15日から17日ですが、カンボジアでは正月前に必ず家族中でお墓参りに行く習わしの様です。
アキラ氏の家でも、10年前に亡くなった最初の奥さんのワットさんのお墓参りを4日に行なうという事で、私も妻と子供と一緒に参加しました。

アキラ氏の運転する車に、アキラ氏の家族5人とスタッフ1人、うちの家族3人が乗り、8時前に家を出発し、更に途中でワットさんのお母さんを乗せてお墓のあるお寺に到着したのが8時半頃。
お墓には既にワットさんの身内の人が数人来ていて、その後、ビルさん夫妻、博物館のスタッフ、更には今はまだ他所の孤児院に預かって貰っているリリーフセンターの子供たち数人も来て、賑やかに且つ厳かに故人を偲びました。
お寺で僧侶より拝んで貰った後、お墓で独特のお祭りをします。

墓標の前にゴザを敷いて、そこに様々なお供えをします。
果物や飲み物に加えて、家とか車の模型やら偽のお札を並べて行きます。
中でも、とりわけ目を引くのが豚一頭の丸焼き。
これらを整然と墓標前に配置した後、今度は土盛りに水を掛け、そこに色とりどりの短冊を埋め込みます。
そして最後に、家とか車の模型やら偽のお札を燃やします。

私は以前、ソテアレンのお母さんのお墓参りに参加しているので、今回の一連の流れは経験済みですが、それにしても面白い独特のお墓参りの風習です。

お墓参りの後アキラ氏の自宅に戻って、今度はお供えした豚一頭を切り分けて皆んなで楽しい食事会です。
男連中は、豚をつまみに缶ビールで大いに盛り上がりました。

カンボジアは、こう言った類の催し、家族や親しい人達が集まって行なう催しを、本当に大切にしている国だとつくづく思います。
こうした所が、私は大好きです。
兎に角、酒が飲めるから。



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話は変わりますが、うちの妻と子供が先月22日から1ヶ月の予定でシェムリアップに出て来ている事は、前回のブログで御報告済みですが、結局、来年の家の完成を待たずに、これよりずっと一緒に生活する事になりました。
女房、子供に押し切られ、私の描いていた計画がズタズタで、生活リズムは狂いっぱなしです。
でも、嬉しくて、親バカ、女房バカにどっぷり浸かって目尻は下がりっ放しの今日この頃です。




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  1. 2019/04/09(火) 16:34:16|
  2. カンボジアの生活、文化、自然、果物
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グフッ、のろけ話ですねん。

2019年3月17日(日) 

カンボジアでは、毎日うだる様な暑さが続いています。本来なら4月、5月が一番暑いのですが、今年は2月の終わりからもうかなり暑くなっていまして、来月が思いやられます。
しかし、そんな中、一昨日には激しい雷雨がありました、まだまだ乾季なのに。
先月にも、朝方短時間ですが降りました。一体どうなっているんでしょう。
天変地変の前触れ?

さて、さて、今回のブログテーマは、何と極プライベートな「おのろけ話」です。
もっと良い話題があるんでないのとお怒りの方も多くいらっしゃるかと思いますが、その様な御意見に一切耳を貸さず、勝手に推し進めて参りたいと思いますです、ハイ。

私が昨年10月4日にカンボジアのタケオという所で結婚式を挙げました事は、既に記者会見を開いて発表済みですが(ウソつけ)、明後日19日からそのタケオに4日間程、ソテアレン家族、嫁の兄家族、姉家族と一緒に行って参ります。嫁の従兄弟の結婚式に出席する為に。
嫁とは結婚したもののまだ別居状態でして、会うのは2ヶ月振りです。
1月に1週間だけ一人でシェムリアップに出て来ましたが、それ以来です。
そして、22日にタケオからシェムリアップに戻って来る時、嫁と娘のリャサーも一緒に連れて来まして、約1ヶ月間の予定で私の部屋に住まわせます。
そんな事を今年7月と11月にも行おうと思っています。
そして、来年2月か3月に家が完成すれば、その時から同居を始めます。

家を建てる計画は前回のブログでも書きましたが、今、塀が完成して、次は来月辺り盛り土をします。そこから半年放っといて、11月、次の乾季に入ってからいよいよ家を建て始める予定です。
何故直ぐに建てないのかと申しますと、一つは前回書きました通り、今暫く自由を謳歌したいと言うのも有りますが、もう一つはカンボジアは金利が高いので、カツカツの資金を銀行に定期預金する事で、少しでも利息を稼ぎたいと言うケチな理由からです。
もっとも、今払っている家賃を考えたら、大して得にもならないのですが。
まあ何れにしても、この1年はワクワクドキドキです。



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嫁のチェンダーとは、2016年6月10日、親友のソテアレンとチェンダーの妹であるチャントリアの結婚式に出席する為にタケオに行った時初めて出会いました。
でも、その時は挨拶をした程度で話しなどしていません、言葉も分かりませんし。

私は、私が死んだ後の遺族年金を配偶者に渡す為に、65歳迄に結婚する計画をかねてより立てていまして、その結婚相手は夫と死別か離婚して、小さい子を女手一つで育てているカンボジア人女性と決めていました。
所謂「足長おじさん」になってやろう、一番手っ取り早い国際貢献だと、謂わば上から目線の傲慢な考えです。
その結婚相手にチェンダーが正に該当したので、その後ソテアレンとチャントリアからチェンダーを口説いて貰ったと言う訳です。

ですから、そこに愛などと言うロマンチックな感情は全く介在していませんでした。
たった1回しか会って無くて、2回目に会ったのが結婚した2018年10月4日なのですから。

しかし、何と驚くなかれ、今は、しっかり愛情に溢れています、ガチョーン。
結婚した翌日からチェンダーが、フェイスブックのメッセンジャーと電話を使って愛の告白をして来るのです。
今勉強中のカタコトの日本語と、同じくカタコトの英語、そして簡単なクメール語を使って毎日毎日飽きもせず。
1月に出て来た時には更に関係性が深まり、今や本当の夫婦として、お互い欠く事の出来ない存在となっています。(アチャー、こんなのろけ話を聞かされる方は、堪ったもんじゃないだろうなあと分かっていながら書いています、ゴメンナサイ)

明後日には直接会えると思うと、嬉しくて、夜も眠れず昼寝しています、ガハハハ。
この歳になって、まさかのときめきラッシュアワーに見舞われるなんて。
これも天変地変の前触れでしょうかねえ。

これを書いている最中に、家の外では日本の昔の歌である「ここに幸あり」がクメール語バージョンで流れています。
今は結婚式シーズンなので、家の近所で結婚式を挙げているのでしょう。
普段なら喧しくてウンザリなのですが、今は私自身が祝われている様でホンワカした気分です、ナンチャッテ。




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  1. 2019/03/17(日) 18:49:51|
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2019年度の目標2つ

2019年3月3日(日) 

早いですねえ、もう3月です。
ついこないだ新年を迎え、今年の目標をあれこれ立てたと思ったのに、はや残りあと10ヶ月のカウントダウンですよ、皆さん。
ウカウカしていられませんねえ。

 さて、私は年の初めに大きな計画を立てました。
それは、カンボジアに家を建てる事です。

昨年10月に、子持ちの若いカンボジア人女性と結婚しましたが、彼女と娘はシェムリアップから300キロ以上離れたタケオという地に住んでいまして、まだ別居状態です。
家が完成したら、その妻と娘を呼び寄せて一緒に住むつもりです。
昨年末に土地を確保し、先月井戸を掘り、塀作りも1週間前から着工し、今日辺り完成予定です。
家本体は、今年の乾季明けの11月から建設工事に入り、年明けの完成を目指します。
家の完成を待たずに今直ぐにでも同居する事は可能なのですが、楽しみは先に取っておいた方が、それまでの間、気分が高揚して幸せ感が倍増しますので。

ナンチャッテ。

本当は、妻や子が出て来ると、これまでの飲んだくれ生活からオサラバしなければならなくなるので、少しでも先送りしたいだけかも知れませんが・・・アチャ。


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まあ、何れにしても今年はそう言う楽しみが有るのですが、もう一つの計画は楽しみと言うよりも責任重大なミッションです。
それは、アキラ氏からもたらされたものです。

アキラ氏が、地雷撤去のNGO「CSHD」の中に、10人編成の新チームを作ろうとしていて、その創設費用約1000万円を日本人に支援して欲しいと考えているのです。

これまで「CSHD」は4チーム37人で構成されていて、その4チームはそれぞれアメリカ、オーストラリア、韓国、スイスの民間団体の支援を受けて運営していますが、次に作る新チームは日本の団体・個人の協力を得たいと言うのです。
新チームを作りたいと言うのは、私が初めてアキラ氏に出会った2011年から聞かされていました。
それが、資金難で中々実現しなかったのですが、ここに来て喫緊の課題となったのです。
と言いますのは、カンボジア政府が地雷撤去は2025年迄に終了し、その後10年間は不発弾の撤去作業に移行するとの方針を打ち出したからです。
カンボジアにはまだ300万個とも400万個とも言われている地雷が残ったままであり、2025年迄に全部の撤去を終える事は限りなく不可能です。
でも、アキラ氏と言えども政府方針には従わざるを得ません。
ですから、その2025年迄に少しでも多くの地雷を撤去する為に、新チームを作りたいのです。

創設費用の内訳は次の通りです。

ピックアップトラック1台         1万ドル
トラック1台               15000ドル 
救急車1台                1万ドル
金属探知機10機       3000ドル×10=3万ドル
ヘルメット、プロテクター10セット
              500ドル×10=5000ドル
ユニフォーム(替えも含め)20着 50ドル×20=1000ドル
2ヶ月分の運転資金            1万ドル

                 合計81000ドル


(運転資金以外の)御協力頂いた備品には、御協力者のお名前を入れさせて頂きます。


今年に入ってから、幾つかの個人、団体に協力要請をしていますが、私の知っている先など僅かしか有りません。
また、日本政府からの支援を要請する為に、アキラ氏、アメリカ人ボランティアのビル氏、私の3人で、日本大使館にトップの大使をお訪ねする計画を立て、有力な知人を介してアポを取っているのですが、3月、4月は年度末、年度初めで超多忙との理由で5月迄お会い出来そうにありません。
そもそも日本政府は、カンボジアに対する地雷撤去支援としては政府系の地雷撤去団体である「CMAC」(Cambodian Mine Action Center)に一本化していて、他団体への支援は今の所考えていないと、2017年6月に私とビル氏とスタッフの3人で担当書記官に面談した時、一度断られています。
ですから今回は、大使にアキラ氏本人が直接お会いしてお願いしてみようと考えているのですが、今の所面談すら目処が立っていない状況です。

そんな訳で、ここは一つ皆様方のお力添えをお願いしたく、この様なブログを書いた訳です。
皆様方のお知り合いの企業、団体等、或いはこんな所に要請してみたらと思い当たる所が有りましたら、是非御紹介頂きたく思います。
何卒、宜しくお願い致します。



そんな訳で今年1年は、楽しみ(家族3人で一緒に暮らす事)と緊張(金集めのプレッシャー)の中で過ぎて行きそうです。




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  1. 2019/03/03(日) 17:43:12|
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「カフェHOC」開店4周年記念パーティに参加の記

2019年2月17日(日) 

寒い日本とは裏腹に、カンボジアでは毎日暑い日が続いています。
12月、1月は朝晩は結構涼しかったのに、今は夜中でも暑い毎日。
例年、3月、4月が一年中で最も暑い時期なのですが、今年は少々フライング気味です。

そんな中、4日前の2月13日(水)に、仲間3人と一緒にシェムリアップから西南約180キロの地バッタンバンに行って来ました。
このバッタンバンの地で、2009年からカンボジア人僧侶と一緒に孤児院を運営している岩田亮子さんが、その孤児院の自立プロジェクトの一環として、又、卒業生の雇用の場として立ち上げた「カフェHOC」の開店4周年記念パーティに出席する為に。

岩田さんの事は日本のテレビにも何度か取り上げられていますし、このブログにも数回登場頂いていますので、ご存知の方も多いと思います。
又、「アキラ地雷博物館・日本人応援団」の団員でもあり、応援団の呼び掛け人7人の内の1人としてプロフィールとメッセージを私のHP「アキラ地雷博物館・日本人応援団」の方に寄稿して貰っていますので、そちらを御覧頂くという事でこの場での詳しい紹介は割愛致しますが、兎に角凄い人です。

その岩田さんを訪ねて、2月13日の朝8時発のメコンバスに乗り込み、一路バッタンバンを目指しました。
一緒に行ったのは、カンボジア人の若い仲間のダリスとサッチャー。この2人とは、昨年5月にも一緒に「カフェHOC」を訪問しています。
もう1人は今井さんと言う日本人で、バッタンバンに1年間住んだ後、先月31日にシェムリアップに引っ越して来た人で、農業と水の浄化活動でアキラ氏を応援してくれているNPO法人「風のクリキンディ」の代表です。
この3人と一緒にバッタンバンに到着したのが午後1時。
普通なら、途中休憩を入れてもバスで3時間半位で到着する筈なのですが、何で5時間も掛かったかと言うと、途中で警察の検問に引っ掛かってしまったのです。
今まで、バスの故障により何時間も遅れたと言うのは何度か経験がありますが、検問で止められて何時間も到着が遅れたのは初めての経験です。
説明が無いので詳細は分かりませんが、サッチャーが言うには税金のステッカーを警察が指さしてドライバーに説教していたとの事なので、恐らくこのメコンバスの車輌が税金を滞納していたのでしょう。
まあここは、ユルさが売りのカンボジア。
これ位の事でピリピリしていたのでは、生きて行けません。
幸い、パーティは夜なのでのんびりとバスが動き出すのを待ちました。
乗客の多くは外国人でしたが、誰一人ドライバーや警察に食って掛かるでも無く、皆んなカンボジア慣れしているのか外に出てトイレを借りたり、タバコを吹かしたりしていました。
日本だったら、大変な事になっていたでしょうが・・・。
そんなトラブルを乗り越えて目的地バッタンバンに到着し、食事の後花屋に寄って、お祝いの花束を用意して「カフェHOC」を訪問したのが午後3時。
岩田さんを始めとするスタッフや日本から応援に駆けつけたメンバー数人が、7時から始まるパーティの準備に追われていました。
岩田さんに挨拶だけして、我々は直ぐにホテルに行ってチェックインし、私とダリスとサッチャーはバッタンバン観光に出掛けました。
と言ってももう何度も来ているし、時間も余り無いので行った先は「ワイナリー」と「コットンクラブ」だけでしたが。



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「コットンクラブ」は前にも一度訪問した事がありますが、元NHKの社員であった日本人の古澤敦さんが、地雷原を綿花畑に変えてオーガニックコットン製品を作って販売する事で、カンボジア人の雇用を生み出す為に立ち上げたNPO法人です。
その2箇所の見学を終えてホテルに帰り、7時キッカリに「カフェHOC」に参上しました。



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その時には客はまだまばらでしたが、その後大勢が押しかけてやがて満席となりました。
日本人だけでなく、10人近くの外国人の姿も見られました。
日本人は、カンボジア在住者だけでなく、この日の為にわざわざ日本から駆け付けた人も居まして、その中には岩田さんの90歳のお父上と、岩田さんの同級生、そして全国各地の岩田さんのファン総勢20名の方が、参加されていました。
4年間の活動ビデオ上映から始まり、子供たちの合唱やら日本からの応援団の方々の出し物、コマ回し、ビンゴゲームも有りました。
2時間余りの楽しい一時でした。食事も堪能しました。
参加者全員が岩田さんの活動を讃え、カフェ開店4周年を祝福していました。

この日が開店4年目と言う事ですから、オープンしたのは2015年2月13日です。
私は、開店直前でまだ工事中だった2015年1月と、2017年2月、2018年5月にこのカフェを訪れていますので、今回が4度目という事になりますが、来る度に料理の種類も増え、アイデアを次々と取り入れて、地域の皆様に愛されるカフェとなっている様に思います。
岩田さんの、カフェに掛ける熱い思いが伝わって来て感動しました。



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パーティの翌日の14日には、岩田さんと、日本から応援に駆け付けた20人の一行がチャーターしたバスに便乗させて貰って、一緒にシェムリアップに帰って来ました。
そして、レストランで昼食後、博物館を案内致しました。
岩田さんが博物館に来られたのは、これが2回目でしょうか。
前には、HOCの子供たちを一緒に連れて来てくれて、リリーフセンターの子供たちとの交流を深めて貰いました。



無題



岩田さんと私は同い年の65歳。
どちらが先にくたばるかは分かりませんが、生きている限りお互い今の活動を続けて行きたいものですねえ、岩田さん。
まあ、活動の内容は月とスッポンで、私がやっている事は岩田さんの足元にも及ばず、飲んだくれの日々ではありますが。ウガー




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  1. 2019/02/18(月) 00:00:47|
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2つの結婚披露パーティ

2019年2月4日(月) 

今日は、日本は立春ですね。
暦の上では春でも、実際は今が寒さのピークでしょう。
インフルエンザが流行っている様ですから、皆様、どうぞくれぐれもご用心下さい。

カンボジアは明日5日が中国正月(旧正月、春節)ですので、今日から3、4日間は中国系カンボジア人の家ではあちこちでパーティが行われるでしょう。
街には獅子舞も繰り出し、あちこちで爆竹が鳴らされます。
でも、カンボジアは日本と違ってとにかく暑い。
1月1日の正月も、この中国正月も、そして4月のクメール正月も、日本の正月とは雰囲気が全く違います。
ただ、昼間っから誰に遠慮する事無く、堂々と酒が飲めるのはどちらも同じ。
だから、正月は大好きです。

もっとも、カンボジアに来てから年中大酒を食らっている私としては、正月だからと言って特別な感慨が有る訳ではありません。
普段のパーティと同様、呼ばれれば、ただ酒目当てに何処へでもホイホイ出掛けます。



しか~し、結婚パーティとなるとちょっと事情が違います。
ただ酒と言う訳には行きません。
カンボジアも少しずつ物価が上がっていて、祝儀も、日本人相場として昔は10ドルか20ドルだったのが、今は普通で30ドル、少し近い関係だと50ドル必要です。
前回のブログでも書きましたが、今は結婚式シーズンでしてこの1週間で2つ、親しい人間の結婚披露パーティに出席しました。

1月30日(水)と昨日2月3日(日)に。

前者がアラのパーティでした。
アラは、子供の時爆弾で右腕を失い、アキラ氏の作ったリリーフセンター(養護施設)で育てられ、今はCSHD隊員としてアキラ氏の下で地雷撤去活動をしている29歳の若者です。
私が2011年3月にカンボジアに来た時はまだ事務所スタッフをしており、7月から約1年間、他の4人のメンバーと一緒に日本語を教えた内の一人です。
2013年10月に開いたアキラ氏の日本講演(京都、大阪、岡山、東京、福岡)では、アキラ氏と一緒に日本に連れて行きました。



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そして、後者がカリヤンのパーティでした。
カリヤンは、アキラ氏の義兄であるヨンさんの娘で、美人3姉妹の長女です。
私が地雷博物館でボランティアガイドを始めた当初からスタッフとして働いていて、別れた前の夫との間に2人の子供が居ます。
詳しい事は知りませんが、私が帰国していた2014年か2015年に離婚して、上の女の子は前夫が引き取り、下の男の子をカリヤンが引き取った様です。
ですから、今回は再婚です。
私もバツ1ですが、カンボジアでもバツ1は多く、それどころか私の周りにもバツ2、バツ3、中にはバツ4の猛者も居ます。
離婚する事のハードルは、それ程高く無い様です。



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そんな2人の結婚式が立て続けにあり、私も大変嬉しくて幸せな気分に浸ったのですが、酔いが冷めた後で襲って来るこの胸の疼き、切なさたるや。
その正体は・・・タケオで暮らす嫁と娘との今後1年の別居生活?
イヤ、イヤ、飛んで行った100ドルでしょう、
セコっ。




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  1. 2019/02/04(月) 20:47:32|
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