川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

アキラ氏との2人3脚日本旅行

2018年6月10日(日) 

前回のブログでは、突発的に起きた火傷事件に付いて書きましたので、順番が相前後する所となりましたが、今回は先月の11日からアキラ氏と2人で行った日本での出来事に付いて書きたいと思います。



鬟幄。梧ゥ溘・荳ュ


先月10日、シェムリアップ空港20時45分発ハノイ経由福岡空港行きのベトナム航空VN834便に搭乗し、アキラ氏と2人で日本に渡りました。
機内では2人とも殆ど眠れないままに、11日の朝7時20分に福岡空港に降り立ちました。

この福岡行きの目的は、12日に開催された「一般財団法人・カンボジア地雷撤去キャンペーン」(CMC)創立20周年記念式典・祝賀会に出席する為でした。
CMCは設立当初からアキラ氏を支援して下さっている団体で、代表の大谷賢二氏は元は企業家でしたが、世界各国を旅する中でカンボジアの地雷被害者を目にした瞬間、居た堪れない思いにかられ、以来地雷被害者支援活動に生涯を捧げている方です。
私よりたった2つだけ先輩の67歳(私は今度の誕生日で65歳)ですが、人生で何度も生死に関わる大手術を受け、今も病は癒えていませんが、そのバイタリティと先見性には目を見張るものがあり、本当に尊敬して止まない方です。

アキラ氏の日本への渡航はこれが4度目であり、最初は2006年9月に福岡の「和白病院」に検査入院した時ですが、その時にも、大谷さんには随分お世話になった様です。
そして、2回目が2013年5月に大阪、奈良、熊本で行った講演会、3回目が私が企画した同年10月の京都、大阪、岡山、東京、福岡での講演会ですが、この福岡での講演会をCMCに引き受けて頂き、大谷さんと私はその時からの関わりです。



豸・ァ・ワ


朝、福岡空港に到着した我々を、CMCのスタッフである池田さんが車で迎えに来て下さり、
宿泊ホテルに荷物を預けてから、途中、前日福岡入りしたカンボジア・バッタンバン在住のCMC現地駐在員のラブット君を迎えて4人で名勝地観光に連れて行って貰いました。
行った先は、粕屋郡篠栗町篠栗の「南蔵院」と言うお寺。
ここには、ブロンズ製としては世界一の大きさを誇る涅槃像が安置されていました。
ありがたや、ありがたや。オークン・チュラーン。


螟ァ隹キ豌上→jpg

繧「繧ュ繝ゥ豌上→


翌12日、いよいよ20周年記念式典・祝賀会の開催です。
式典会場は、5年前の講演会の時と同じ、天神の「都久志会館」で、祝賀会はこれも5年前と同じ隣りの「福岡ガーデンパレス」でした。
私は、最初の2日間は応援団員の稲田さんの御好意に甘えて、稲田さんの自宅隣の会社敷地に宿泊させて頂いたのですが、アキラ氏は「福岡ガーデンパレス」に宿泊していたので、12日の昼前にこの「福岡ガーデンパレス」で落ち合って、一緒に14時からの記念祝典に参加致しました。
式典では、大谷代表による基調報告、歴代現地駐在員の報告に加えて、アキラ氏による記念講演がメインテーマに据えられていましたが、数ヶ月前大谷さんからアキラ氏の参加要請を受けた私は、アキラ氏はただ黙って来賓席に座っていればいいものと思っていて、アキラ氏には講演のこの字も告げていませんでした。
一度聞かれた時にも、もしマイクを握らされたとしても、2、3分の祝辞を述べるだけで良いと答えていました。
ですから、前日、池田さんから講演の話を聞かされた時にはビックリ仰天、トコロテンでしたが、アキラ氏は難なく20分位のスピーチを全部日本語でやり通しました。
私はアキラ氏から、彼のスマホで動画を撮る様に仰せ付かった為、それに一生懸命で殆ど話の内容は頭に入っていませんが、終わった後、小学生も含めて400数十人の聴衆から割れんばかりの拍手を受けていた事を思うと、成功裡に終わったのではないかと思います。
9月の全国16会場での講演会の、いい下準備になったと喜んでいます。
夜は祝賀会があり、アキラ氏も大勢の人と名刺交換していました。



DSCN4339.jpg

霆翫・蜑阪〒


今回の福岡行きのメインテーマはこのCMCの記念式典・祝賀会出席でしたが、アキラ氏にとってはもう一つ大きなテーマが有りました。
それは、病院で人間ドックを受ける事です。
5年前、岡山での講演会の時に、岡山の川崎医科大学付属病院で人間ドックを受けましたが、アキラ氏は、またいつか日本で、体のチェックをして欲しいとずっと言い続けていました。
9月の講演会の時にはちょっとその時間は取れそうに無かったのですが、ちょうど5月に大谷さんから記念式典参加の要請を受けたので、これはグットタイミングとばかりにこの福岡での人間ドック入りを日程に組み込みました。
大谷さんの懇意にしているお医者さんを紹介して頂き、久留米の「天神会・新古賀病院」で人間ドックを受診致しました。
結果は、プライバシーの問題も有りますので伏せておきますが(ハハハ)、まあ、少々太り過ぎかな?


DSCN4372.jpg


今回の福岡行きでは、大谷さんにも随分お世話になりましたが、応援団員の稲田さん御夫妻にも、大変良くして頂きました。
大谷さんには、アキラ氏の希望でモンゴル料理の店や天ぷら屋、しゃぶしゃぶの店などに連れて行って頂きましたが、稲田さんには寿司屋に連れて行って頂き、アキラ氏もたらふく寿司を御馳走になりました。
それと、私と2人だけでの食事も何度かあり、アキラ氏とは随分腹を割って色々な話しが出来ました。
今の奥さんとの馴れ初めについても、話しを聞かせて貰いました。
本当に中身の濃い1週間でした



DSCN4391.jpg

DSCN4370.jpg

32893497_388520208327985_441725510809026560_n.jpg



アキラ氏はこの後16日に、バッタンバンに帰るラブット君と経由地のホーチミンまで同じ飛行機で帰り、そこから別れて一人でシェムリアップに帰りました。


CMC螟ァ隹キ莉」陦ィ繧峨・隕矩€√j

遨コ貂ッ縺ァ


私はと言うと、16日に故郷の岡山に、5月6日に93歳で大往生を遂げた父親の供養に帰り、24日の夜シェムリアップに戻って参りました。


そして皆さん、私は又、今度は父親の49日法要出席の為に、今月20日から月末まで日本に帰ります。
ですから、お分かりとは思いますが、又しても次回ブログ(6/24)をお休みさせて頂きます。
本当は毎週書いていたものを、いつの頃からか勝手に隔週に変更し、それを既成事実化しています。
どこぞの国でよくやっている手法です。
元々そう言うのを批判していた私がそんな姑息なマネをしたのでは世話ありませんが、弱いヤツ、悪いヤツ程そう言う事をやりたがります。
ホントに困ったもんですねえ。





後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
>




スポンサーサイト
  1. 2018/06/10(日) 21:03:55|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

我が驚愕の電器ポット発火事件

2018年5月27日(日)   

5月11日から24日まで日本に帰っていまして、この間又してもブログをサボりました事、深くお詫び申し上げます・・・って言っても、皆さん、もう聞き飽きた事でしょうが。
11日から16日までは、アキラ氏と一緒に福岡へ行き、16日から24日まではアキラ氏と別れて一人で郷里の岡山に帰っていました。
実は今月6日に93歳の父親が永眠し、その供養もあって岡山に帰りました。

今日のブログは、アキラ氏と一緒に行きました福岡での出来事を書く積もりだったのですが、カンボジアに戻った翌日、つまり一昨日とんでもない事故に遭遇した為、急遽そちらに話題を転じます。

一昨日は帰国したばかりで、荷物の片付けやら家での仕事も溜まっていたので、博物館を休んで家でゴソゴソと仕事をしていました。
昼飯を食べに出掛けるのが億劫だったので、カップ麺で済まそうと思い、電気ポットでお湯を沸かそうとした瞬間です。
電気ポットのコードのプラグをコンセントに差し込んだ瞬間にボッと火が出てプラグが燃え、私の手はアッチッチの大火傷。
まあ、大火傷はオーバーですが、それでも手の平はススで真っ黒になり、炎が消えるのを見届けていた間はそれ程でも無かった痛みも、やっと炎が消えて安心してから急に激痛に襲われ、水道水で懸命に手を冷やすも一向に痛みが治まらず、これは病院に行くしかないと大慌てで出掛ける準備をし、冷蔵庫から冷たいペットボトルを出してそれで手を冷やしながら、家の外に待機していたバイクタクシーを拾って掛かり付けの「777クリニック」に矢の様に飛んで行きました。
顔馴染みの受付の女の子に事情を説明し(と言ってもソテアレンに電話で通訳して貰ったのですが)、優先的に治療して貰いました。
手の平のススを落とす為に消毒液を吹き付けて、何度も何度も拭くのですが、それの痛い事ったらありゃしない。
昔、足を痛めた時にカンボジアの伝統療法士の治療を受けた時のブログ「痛かったクル・クマエ」でも書きましたが、私は痛みにはトンと弱いとつくづく情けなくなります。
手の平を拭く度に、痛みに体がもんどり打っていました。
それを思う度に、昔、拷問を受けながらも非転向を貫いた人々を尊敬せずにはいられません。私だったら、簡単に口を割り、ある事無い事何でも相手の誘導のままに答えたでしょう。
そして、子供を2人以上産んだ女性も尊敬に値します(これはセクハラでは無く、純粋に痛みに強いという意味で書いていますので念の為)。
まあ、何れにせよ、この火傷はホントに痛かった。
私が始めてカンボジアにやって来た2010年7月に、ボランティアの農作業で日焼けが高じて火傷となり、2日間シェムリアップの「ロイヤルアンコール・インターナショナル病院」に入院しましたが、その時以上の痛みだった様に思います。
でも、治療して貰って、飲み薬も処方して貰ったので、今は痛みはありません。
しかし、包帯でグルグル巻きにされているので、右手の自由は奪われています。
ただ、親指、人差し指、中指は使えるので、不便ながらもまあ良しと致しましょう。

それにしても、今回の発火事件。
日本だったら大問題になっていたでしょう。
製造物責任法、所謂PL法で訴えたら、ごっそり賠償金を手に入れる事が出来るかも。
調べてみたら、この発火事故を起こした電気ポットは、2016年2月8日に私がシェムリアップの電器屋で9ドルで買ったもので、どうやらベトナム製です。
まあ、カンボジアではそんな事で訴える人は恐らく居ないので私も諦めますが、まあ、とんだ災難でした。
と言いつつも、格好のブログネタが出来たと喜んでいる自分もいますが・・・。
チャンチャン。



DSCN4403.jpg

DSCN4404.jpg

DSCN4405.jpg

DSCN4407.jpg




後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
>







  1. 2018/05/27(日) 17:24:47|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

クラウドファンディング開始宣言

4月29日(日) 

いきなりですが、昨日は最悪でした。
いつもなら、大抵土曜日は博物館を休むのですが、昨日は予約が入っていたので出勤。
しかし、何と乾季の4月のこの時期に、大雨に見舞われるという運の無さ。
博物館に、愛車「ブラックパンサー」に跨って向かう道中、合羽を着てはいましたが、まさかこの時期にそんなに激しい降りになるとは思ってもいず、カンボジアで買ったポンチョ型の1枚を着ただけだった為、博物館に辿り着いた時には全身グショグショ。
日本から持参しているもう1枚の合羽を重ね着していればと、どんなに悔やんだ事か。
これを書いている今、外では又雨が降って来ました。
雨季に入るのは、5月末から6月初めに掛けての筈ですが、もう雨季に入ってしまったかの様な昨今です。

さて、明後日からは早もう5月。
5月からは私の超多忙な日々がスタートします。
まず、我が人生最大のイベントである、9月の日本での「アキラ氏平和学習講演会」の開催が近付いて来て、その準備が本格化します。
引き受け団体の皆様の方も、いよいよ忙しくなりますが、私の方も「クラウドファンディング」を始めなければなりません。
5年前と違って今回の講演会では、日本での宿泊代と食事代は「クラウドファンディング」で集めます。
前回日本に渡ったのはアキラ氏とアラ(リリーフセンターで育った隻腕の青年)と私の3人だけだったので、宿泊代、食事代は他の渡航費、講演会実施費用と共に引き受け団体に負担して頂きました。
しかし、今回は期間も前回の倍の1ヶ月であり、アキラ氏の家族を含めて8人で渡航する為、宿泊代、食事代だけで300万円以上掛かり、それを引き受け団体に負担して頂くとなると金額が大幅にアップしてしまう事から、「クラウドファンディング」で集める事にした次第です。
5月からホームページに追加ページを掲載し、3000人の御協力を目標に「クラウドファンディング」を始めますので、どうか皆様も御協力の程宜しくお願い致します。
これが成功しませんと、講演会そのものの成功が覚束無くなってしまいますので、何としても300万円の確保に全力で当たらねばなりません。

4月は博物館にいらっしゃる日本人のお客様も少なくて、精々一日に1、2組、時にはゼロの日もありましたが、昨日は午後だけで4組のお客様が来られ、もうゴールデンウィークが始まった様です。
5月に入ると恐らく、毎日10組位のお客様が押し寄せ、てんてこ舞いとなる事でしょう。
しかし、そんな中、5月2日と3日は私のカンボジア人の若い友人の結婚式があり、それに出席しなければなりません。
そして、その後5月10日から2週間、また日本に帰ります。
実は5月12日(土)に福岡で、NPO法人「CMC・カンボジア地雷撤去キャンペーン」(大谷賢二理事長)の創立20周年記念セレモニーがあり、アキラ氏がそれに招待されたので、私も同行致します。
「CMC・カンボジア地雷撤去キャンペーン」は設立当初からアキラ氏を応援して下さっている団体で、5年前の講演会も引き受けて頂きました。
博物館にも年に1、2度スタディツアーを企画して、大谷理事長自ら来館して下さいます。
そんな団体ですので、いかに忙しいとは言え、お断りする訳には行きません。
セレモニーに出席した後、アキラ氏は5月16日にカンボジアに戻りますが、私は一人で岡山に立ち寄ってから5月24日にカンボジアに戻って参ります。
93歳の父親が10月以来未だ入院中ですので、ちょっと見舞いに帰ります。

そんなこんなで、5月からは多忙を極めます。
よって、次回ブログは又してもお休みとさせて頂きとうございます。
どうぞ、平に御容赦下さいませ。

何やかや理由を付けて、ブログをさぼる横着な私ですが、皆様お見捨てになりません様に。




後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
>




  1. 2018/04/29(日) 15:51:35|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

2018年クメール正月

4月15日(日)


DSCN4125.jpg
          博物館の正月飾り



今年もクメール正月の時期となりました。
カンボジアでは、正月が3回あります。
1回目は1月1日の世界共通の正月、2回目は2月の中国正月(春節)、そして3回目が4月のクメール正月で、この正月が一番盛大に祝われます。
街はもう先月からあちこち装飾がなされ、ホテルやシェムリアップ川沿いは華やかなイルミネーションで彩られています。
クリスマスシーズンには、もう大分前からこうしたイルミネーションが登場していましたが、私の記憶の限りでは、昨年までは正月にここまでの装飾はなされていなかったのではないかと思います。
もっとも、私の記憶もいいかげんで、日本の首相秘書官だった柳瀬さんと同様あんまり信用出来ませんが。

このクメール正月は(春節もそうですが)毎年日時が変わり、今年は4月14日から16日までで、14日午前9時12分に新年となりました・・・とさ。
この時刻は天から今年の干支の犬の化身の女神が降臨した時刻で、王室専属の占い師のお告げによるとの事ですが、まあ、ネット情報ですので適当に聞き流して下さい。

正式な正月は3日間ですが、実際には前後数日間が正月休みで、田舎がある人は皆田舎に帰省します。
アキラ氏及び地雷撤去NGO・CSHDの隊員達も、4月8日に地雷原から帰って来て、9日の夜BBQの店でニューイヤーパーティをやり、10日から休みに入りました。
9日のパーティには、私も、その日にたまたま日本からやって来た奈良の森山夫妻を伴って参加しました。
そして、10日の夜には、今度はリリーフセンターでパーティがあり、翌11日から博物館のスタッフ達が休みに入り、子供達も実家がある子は実家に帰省しました。
博物館そのものは年中無休なので、ビルさんや私は、まあ正月と謂えども働いていますが・・・ナンチャッテ。
ホントは、私も昨日の土曜日、今日の日曜日と休み(まあこれは、正月だからと言う訳ではありませんが)、明日も休む予定です。
昨日は同じゲストハウス仲間の田島さんと、夜の街に繰り出してホテルのニューイヤーパーティでどんちゃん騒ぎ、今日はソテアレンの家でどんちゃん騒ぎ、そして明日は、若いカンボジア人仲間とアンコールワットでどんちゃん騒ぎ。
のんべえの私にとっては、夢の様な日々が続きます。
この幸せがいつまでも続きます様にと願いたいところですが、でも実際はそうは上手く行きません。
外形的には幸せ感一杯でも、心の中は怒り、絶望、無力感で覆われています。

何故アベさんは、内閣総辞職しないのですかねえ。
モリカケ問題、防衛省の日報隠し問題、財務省の決裁文書改ざん問題と次々に歪んだ行政の姿が明るみに出ても、逃げに終始して一向に責任を取ろうとしません。
アベさんは真っ黒だと思いますが、仮に、仮にですよ、アベさんがこれらの事に直接関係してなくて、知らなかったとしてもですよ、行政の長であるアベさんは責任を取って辞めるべきでしょう。民間なら、社長はとっくに辞めていて、もしそうしないなら世間から轟々たる非難を浴びるはずです。
日本の皆さん、もっと轟々たる非難をアベさんに浴びせましょう。
内閣支持率の世論調査で、不支持を80パーセント以上に持って行きましょう。
世論調査の対象になった人、頑張って下さい。
それからもう1つ。
4月8日に河野外務大臣がカンボジアを訪問し、フンセン首相に会って、7月に行われる総選挙が公正に行われる様要望し、見返りとして円借款を申し出、フンセンさんはそれに応え努力すると回答した様ですが、これは全くのナンセンス。
野党・救国党の党首が昨年逮捕され、救国党そのものが解散させられた今の状態で選挙をやっても、何ら公正な選挙になる訳がありません。
フンセンさんに要望するなら、党首を今すぐ解放し、救国党を復活させてからの総選挙を行う様要望するのでなければ意味がありません。
カンボジアは今、日本と同じく民主主義の危機的状態にあります。
ヨーロッパ諸国は、このカンボジアの姿勢に抗議の意味を込めて一定の距離を取りつつありますが、日本政府は従来と同様友好姿勢を取り続けています。
カンボジアの国民の多くは日本政府に対し、もっとフンセンさんにガツンと言ってくれと願っています。
日本の外交姿勢が問われています。

これらの問題が解決しない事には、私の憂鬱な気持ちは一向に晴れません。
飲み呆けて顔は笑っていても、心の中では泣いています。
と言いつつ、これから飲みに出掛けますが。
よ~し、どんちゃん騒ぎしてくるゾォー。



DSCN4115.jpg
4月13日の朝、カンボジアの若い仲間と一緒に、お供え物を持ってお寺へお参りに。

DSCN4114.jpg
4月9日の夜、BBQの店で行われたアキラ氏及びCSHDの隊員達の新年パーティに、森山夫妻と共に参加。

DSCN4132.jpg
4月14日の夜、田島さんんと一緒にホテルの新年パーティに参加。



後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
>


  1. 2018/04/15(日) 13:49:44|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

エイプリルフール

2018年4月1日(日)

あれっ、テレビで日本の安倍首相とカンボジアのフンセン首相が揃って謝罪会見をしている。
安倍首相
「皆さん、申し訳おまへんでした。ワテは、これまで国民の為と言いながら、ホントは国民のことなんかちっとも考えておまへんでした。」

何で関西弁なんやねん

「そもそも政治家になったんは、じいさんの岸信介と私自身の野望を実現する為でんねん。
今の憲法を変えて、日本をワテら長州が作った明治維新後の強い国、秩序のある国、アメリカに頼らずとも自分の国は自分で守れる国にしたいと思ったからでんねん。そうは言っても一遍には出来まへんので、実現する迄はアメリカさんの言うこともよう聞くし、金を提供してくれる財界の言う事もよう聞く。そもそも、民主主義なんてものは行き過ぎてはいかんのです。
国民の自由なんて、無制限に認めていては秩序が乱れてしまうんです。適当には認めるけど肝心な所では閉める。
そうでおます、明治憲法が理想でんねん。ワテらが、右向け右と号令を掛けたら、みんなに従って貰わなあかんのです。自分個人より、お国の為を思って貰わなあかんのです。
森友の籠池はんも、日本会議のメンバーであって、元はワテとおんなじ考えの同志でしたんや。
自分の幼稚園で子供に教育勅語を暗誦させて、アベ首相ガンバレと言わせてたんやさかい。
でっから女房の昭恵も、小学校の名誉校長を引き受けたんですねん。そしたら籠池はんがヘタ打って、詐欺がバレてもうた。こりゃ早いとこ潰さんと、こっちに火の粉が振りかかる。そんなんで今、徹底的に潰しに掛かってんですわ。
森友を優遇せいなんて、直接ワテが役人に指示したりしてまへん。そんなヘタ打ちますかいな。
証拠が残ることなんてせんでも、周りがみんなやってくれますねん。
そうなる様に今は役人の人事権を内閣人事局でガッチリ押さえておますし、内閣も仲間で固めてますねん。こないだの集団的自衛権の行使容認問題の時も、内閣法制局長の首をすげ替えて無理矢理法案を通しましたし、国会で近畿財務局の不正が追及された際、それを突っぱね続けた理財局長の佐川を論功行賞で国税庁長官に抜擢したんですわ。
もっとも、佐川は決裁文書の改竄問題が発覚したんで責任を取らせて辞めさせましたが。
そうそう改竄と言ったら、防衛省の南スーダン日報問題、働き方改革での厚生労働省の労働時間データの捏造問題などが次々と明るみになりましたが、これも決してワテが命じた訳ではありまへん。
役人がワテにゴマを擦る為勝手にワテの気持ちを忖度したんです。
もっとも、元を辿れば全部ワテがこうなる様に仕向けたんですが。
働き方改革と言えば、ワテも口では働く人の為の改革と言いましたが、全くのウソでんねん。
全部財界の要望でんねん。全部ではありまへんな、残業時間の制限とか一部は労働側の要望も取り入れて国民を丸め込んでおいて、高プロとか裁量労働制の枠拡大とかの財界の強い要望にも応える。国民は割と簡単に騙せますねん。
今、戦後最大の好景気で、失業率も低下し有効求人倍率も全国であまねく1倍を上回っている。
しかし、好景気なのは大企業だけで、中小企業や一般庶民はヒィヒィ言っている、しかし、そんなこたあ知ったこっちゃ無い。都合のいい数字だけを出して言葉で言いくるめておけば大丈夫。
景気がいいのは、アベノミクスで円安が進み輸出企業が空前の利益を上げているからです。
しかし、儲けた企業は投資や賃金に廻さず内部留保に廻してしまうので、内需は一向に上向かない。
求人倍率が高いのは大半が高齢者と、非正規雇用の求人が増えた為ですが、これもいい数字だけを示しておけば、国民はワテを信用してくれはる。楽なもんです。

これまでワテも、やりたい放題やって来ました。
国家秘密保護法、盗聴法、共謀罪、教育基本法の改悪、道徳授業の導入、武器輸出の解禁、
集団的自衛権の容認、原発再稼動と原発輸出、核兵器禁止条約反対・・・。
着々と戦争が出来る国作りへの環境整備が整って来ました。
口では、戦争なんてしたいとは1ミリも考えていない、あくまで抑止力ですわ、その為に社会保障費は削ってでも防衛費を増強し、自衛の為の軍事力増強に力を入れてますねんとうそぶいていますが、本当は北朝鮮を武力で制圧してやろうと思てますねん。中国とも戦ってやろうて思てますねん。
死ぬのは一般国民だけで、ワテらは痛くも痒くもありまへん。現にワテのじいさんは、戦争遂行に大いに加担してA級戦犯になりながらも、戦後、総理大臣になったんですから。
財界も、戦争になれば大いに儲かるので、ワテの尻を叩きますのや。
戦争をやりたい人間なんて、この国には一人も居ないなんて言いはしますが、本当はウソです。
軍需産業は儲けたくて仕方ないんです。
苦しむのは弱い立場の女、子供、戦争に借り出された一般人であり、特権階級は高見の見物を決め込んでいればいいだけですし、仮に何か責任が問われても、ゴマカセるんですねん、この国では。今まで上の人間は誰も責任なんて取っていないでしょ。
下の者に責任を押し付ける事は得意でも、上の者は責任なんて取らなくていいんです。
切腹でもすればまだ悪いながらも潔しと言う事になるんでしょうが、そんな潔さなんてワテらの辞書にはありまへん。

これら全部、ワテの目指す強い国作り、国民に戦前の様な忠君愛国、滅私奉公精神を植えつける為の手段でしてん。
それに対して、もし批判する輩がおっても、私の取り巻きの連中が、あれは左翼だ、反日だ、非国民だと言って潰してくれる。
沖縄でも、そう言う宣伝をバンバンやって、国に逆らう連中は潰して来ましたんや。
適当にアメもなめさせて。
ワテはそもそも坊ちゃん育ちですから、庶民の気持ちなんてものは分かりまへんし、分かろうとも思いまへん。
何の苦労もしてまへんし、学校でロクに勉強もしてまへん。
ただ、喋るのは子供の時から得意でしてん。ウソも100遍言えば本当になるとのナチスの宣伝相のゲッペルズの教えの通り、ウソでも自分で本当と信じ込んで、口で相手を言い負かして来ましたんですわ。
首相になった今でも、自画自賛でウソばっかり言ってますが、国民は簡単に騙せましたんや。
本当にもう一歩の所まで来てました。
じいさんと私の夢である自主憲法制定も、必ずやり遂げる積もりでやって来ました。
憲法9条を骨抜きにして死文化させれば、国民の大半は現憲法に固執する必要が無いと考えて自主憲法制定に賛成してくれる。
現憲法はアメリカの押し付けだから、独立国としては自主憲法が必要なんだと言っていますが、これも本当はウソです。
戦後の多くの日本人が、これまでこの憲法を誇りに思い、大事にして来たのですから、立派な日本の憲法なのです。今はアメリカ自身が9条を無くして軍事力を増強し、アメリカの負担を軽くする様に言って来ているのですから、今憲法を改正したらそれこそアメリカの押し付けに屈した事になるんですが、そんな事は一切表には出しまへん。
いつもはアメリカ様様と言いながら、この憲法についてだけはアメリカの押し付けに屈せず独立国として自主憲法を制定しようと呼び掛けて来ましたんや。
まあ、これを2枚舌とか御都合主義とか言うんでしょうな。

しかし、もうあきまへん。
森友、加計問題で支持率が急降下し、5パーセントになってしもうた。
森喜朗さんの時と一緒ですわ。
こうなったらもうあきまへん。
自民党内が言う事を聞かんようになった。下駄の雪の公明党も一緒。
みんな我が身可愛さで、表だってワテの事を批判して来る。
今まではヘイコラしていたくせに、ワテに付いていたら次の選挙で負けるかも知れんと、みんな手のひら返しですわ。
こうなったら、もう引退するしかおまへん。
ワテは反省なんかしてまへんで。前回もそうでしたが、ワテは引き際は早いんですわ。
一度引っ込んで、又次のチャンスを待ちますわ。
ほな、サイナラ


フンセン首相
「ワシも、実は国民の為でなく、自分と自分の家族の為、そして人民党の為に政治を私物化してきた」

こっちは日本語や

「30年以上この国を牛耳って、独裁政治を押し進めて来た。民主主義を謳いながら実際は民主主義を蹂躙して来た。私服を肥やし、ワイロを横行させ、国民には貧しさを強いて来た。選挙で不正を働き、敵対勢力は力で潰して来た。去年は野党・救国党の党首・ケムソカを国家転覆罪の容疑を掛けて逮捕し、その救国党そのものを解散させたし、政権に批判的な英字新聞社「カンボジア・デイリー紙」や複数のラジオ局を潰してやった。しかし、ワシもこれまでだ。何故なら、国連が介入して来た。今までの選挙の不正の証拠を握られて、今年7月の総選挙で選挙監視団を送ると言って来た。そうなったら、もうおしまいだ。幾ら中国の力を借りようとも、国連の目を欺く事は不可能だ。こうなったら潔く引退する。これがワシの美学だ。ほな、サイナラ


ウヒョッ、2人だけかと思ったら、トランプさん、プーチンさん、習近平さん、キムジョンウンさん、シリアのアサドさん・・・。大統領だけで無く、フランスの極右政党のルペン党首など、世界の名だたる強権政治家が、みんな国民に謝罪している・・・・


ガタッ、
何やねん、人が気持ちよお寝て、ええ夢見てたのに。
クソッ、今日は4月1日か。





後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
>


  1. 2018/04/01(日) 12:43:27|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ