川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

「『水祭り』 スマホ水没 後の祭り」後編

11月27日(日)  

先週のブログで、「一体どうなってんねん」と書きました天候不順問題ですが、その後も相変わらずで、もう11月も終わろうという今になってもまだ雨季の様な天候が続いています。
本当に「どうなってんねん」。

雨が降るとバイクに乗るのが大変です。
前に住んでいた3年間では、カッパを着ていても雨が浸み込んで濡れ鼠となり、気持ちが滅入ってしまって、憂さ晴らしの為に何度カラオケとビア・ガーデンに行ったことか(何のこっちゃ)。
しかし、今年は日本から持って来たカッパとは別に、カンボジアで売っているポンチョ型カッパを買ったので大助かり。


DSCN1012.jpg

このポンチョ型カッパはゴム生地が分厚いので、水が中に浸み込みません。
ですから、今年の雨季は前の3年間程苦痛では無く、よってカラオケとビアガーデンに行く回数が随分減りました・・・ウソつけ、このォ。
それから、雨季の話題でもう一つ。
先日博物館に来られたシンガポール在住の日本人の方が仰っていましたが、シンガポールは雨季と乾季がカンボジアとは間逆だそうで、今、雨季に入った所だそうです。
ホンの御近所さんなのに、不思議ですねえ。


さて、前置きはこの位にして、予告しました先週のブログの続きを書きます。
「水祭り」初日の13日には、「さくらくろ一座」の面々と一緒に祭りを楽しみましたが、2日目の14日は、親友のソテアレンとチャントリア夫婦と一緒に会場に出掛けました。
2日目は15時からボートレースの決勝戦が行われた筈ですが、平日でしたので昼間は「アキラ地雷博物館」で真面目に本業をこなし、夜になって出掛けました。
この日は花火も打ち上げられるという事でしたし、夜空には何と68年ぶりのスーパームーンが煌々と照り輝いていて、いやが上にも心浮き立ち、足が地につかない、美空ひばりの「お祭りマンボ」でも唄い出したい位のルンルン気分の夜でした。
しかし、この祭り2日目のルンルン気分の夜に、正に足が地につかないトンデモナイ悲劇が起きてしまいました。
そのトンデモナイ悲劇とは一体何か?
既に題で「スマホ水没」と白状してますので、皆さんお分かりだと思いますが、そうなんです、私の体ごとスマホを水没させてしまったのです。

当日は、ソテアレンとチャントリアとは会場で落ち会う事にし、王宮前のロータリーのモニュメントを集合場所に決めました。
私の方が先に着いたので、2人によく分かる様にとモニュメントの台座の上に立ち、携帯電話で連絡を取りながら彼らの到着を待ちました。
四方は昨日と同様人の群れで、モニュメントの台座にも隙間無く人が腰掛けています。
私は僅かの隙間に辛うじて立って、ここにいるぞと言わんばかりに一生懸命手を振っていたのですが、前に人が押し寄せて来たので一歩だけ後ずさりしました。
その瞬間、携帯に「うっ!マンボ」との声を残して(オマエは明石家さんまか)、ドボーン。
モニュメントの台座の内側の、土と思っていた所が実は水だったのです。
前々からそこが土だと思っていたかどうかは記憶が定かではありませんが、少なくともその瞬間は土だと思って足を降ろしたところ、足が地に着かなかったという訳です。
その水を張った箇所は結構深く、完全に体が水没してしまいました。
左手にデジカメと扇子を持ち、右手には携帯を握りしめていて、落ちる瞬間左手は上に上げたのですが、携帯を持った右手はしっかり水の底を押さえていました。
周りに居た人々は一瞬何が起こったか分からずザワついていましたが、雫をボタボタ垂らしながら立ち上がった私を見て、クスクスと笑い声が聞こえて来ました。
穴があったら入りたい、いや、今穴から出て来たところだ」とか、「ポンチョ型カッパを着とけば良かった」とか馬鹿な事を考えながら、照れを隠して苦笑い。
周りに日本人が居なくて、知らないカンボジア人ばかりだった事がせめてもの救いでした。
知り合いが居たら、恥ずかしさは数千倍だったでしょう。
この後暫くしてやって来たソテアレンとチャントリアは、「大丈夫ですか、お父さん」と心配してくれましたが、目はしっかり笑っていました。


DSCN1138.jpg
王宮前のロータリーにあるオブジェを昼間写しました。14日の夜には、この周辺は人で溢れていました。

DSCN1132.jpg
オブジェの大写しです。

DSCN1131.jpg
この緑色のものは土に生えた雑草では無く、水に浮かぶ水草でした。ここにドボンしたドジな私。


思えば私の人生は、太宰治風に言うと「恥の多い生涯を送って来ました」です。
子供の時からドジばかりで、水に落ちただけでも何度有るか分かりません。
特に忘れられないのが、大学時代に酔っ払って、気が付いたら何故か警察に保護されていて散々説教された後、その交番を出て下宿に向かって歩いている途中、再び酩酊状態に陥って橋の上からそのまま真冬の川にドボン。
あの時も死に掛けましたが、もう一つ死に掛けたのが、会社員時代に上司や同僚と夜釣りに行き、防波堤の防護柵の鎖に体を預けて釣竿を垂れていた時です。真っ暗な中でホンの50センチ体を移動させた所、有ると思った鎖がそこだけ途切れていて、預けた体を支える物が無く、そのまま今度は真冬の海にドボン。
この時は服を何枚も重ね着していて、その服が水を吸って重たくて、泳ぐどころか身動きもままならず、一人だったら間違いなく死んでいたでしょう。
まあ、そうした命に関わる大事件に比べたら今回は死ぬ程の事では無かったのですが、私の代わりにスマホが死んでしまいました。
と言っても、スマホの死に気が付いたのは、この時よりも何時間も後の事ですが・・・。


DSCN1100.jpg
ロータリー前の夜の雑踏

DSCN1110.jpg
コンサート会場も人で溢れていました。

ドボンの後まず確認したのは、携帯電話が無事かどうかでした。
何せ、手に持ったまま完全に水没させたのはこの携帯電話だったからです。
しかし、携帯は奇跡的に無事でした。
デジカメは水に漬けなかったので当然無事であり、この2つの無事にすっかり気を良くして、腰に巻いたウエストポーチの中に入れていたスマホの事は完全に忘れていました。
パンツがビチョビチョで気持ちが悪いのも我慢し、ソテアレンとチャントリアと3人でワイワイ言いながら飯を食ったりコンサートを見たりして「水祭り」の会場で陽気に1時間程過ごし、それから家に帰って、ようやくウエストポーチの中の物を点検しました。
名刺や手帳、メモ帳など紙類はビチョビチョで、書いた字も滲んでいてそれはそれでショックを受けましたが、それでも財布の中は無事で、「ああ、やれやれ」と安心した直後にケースに入ったスマホに目が止まり、「ああ、そうだった。スマホを入れていたんだ」と初めて気が付いて、恐る恐る電源を入れた所、「ゲッ、ヤバイ、起動しない」。
ドボンした後、スマホの電池を直ぐに抜いておけば、ひょっとしたら無事だったのかも知れないのですが、もうそんな事を言っても後の祭り、水祭り
(この後修理に出したのですが結局回復せず、データが全て消失してしまいました。)
意気消沈した私は、もう何もする気がせず、その夜は早々と床に着きましたが、夜中の0時を過ぎてから、傷ついた心に更に拍車をかける様に、大量の花火が打ち上げられるではありませんか。
「何でこんな夜中に花火を上げるねん、安眠妨害や、責任者出て来~い」。
心打ちひしがれた私には、夜中の花火は騒音以外の何物でもありませんでした。
「一体この国はどうなってんねん。気候もおかしいけど、やる事もおかしいやんか」。
カンボジアに八つ当たりする私でした。

5年もの間待ちに待った「カンボジアの水祭り」だったと言うのに、自分が水に落ちるという、とんだ落ちの付いた形で失意の内に終わった今年の「水祭り」でした。
ああ、嘆かわしい。




後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで







スポンサーサイト
  1. 2016/11/27(日) 09:53:15|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「『水祭り』 スマホ水没 後の祭り」前編

11月20日(日)

日曜日にブログをアップするつもりで原稿は書いていたのですが、部屋のWifiの不具合によりネット接続が出来ずに、2日遅れのアップとなりました事お詫び申し上げます。

さて、カンボジア気象庁の発表では、10月末にはもう雨季が明けたとか。
しかし、11月に入ってもしょっちゅう雨が降っていて、「いいや絶対まだ雨季は明けていない」と思っていましたが、13日からの「カンボジアの水祭り」の開催にピッタリ照準を合わせた様に、12日の夜の豪雨を最後にその後1滴も降らなかったので、川広気象庁は13日を雨季明けと発表致しました。
しかーし、何と18日に又豪雨に見舞われ、そして今日20日も、降りはしなかったものの今にも降り出すかの様に、空一面黒い雲に覆われました。

一体どうなってんねん。

アメリカでは次期大統領に傲慢で排外主義者のトランプが選出され、ヨーロッパでは極右勢力が台頭し、日本も数に物を言わせた強権政治がまかり通り、正に政治の世界も異常ですが、気象の世界も異常続きでホントに困ったものです。



まあそれは兎も角、今回のブログのテーマはその「カンボジアの水祭り」です。
「水祭り」と言うのは、ウィキペディアによりますと、「雨季明けを祝うお祭りで、雨季から乾季に変わる11月の、満月の前後3日間に渡って豊かな大河の恵みに感謝するもの」との事です。
プノンペンとシェムリアップで開催され、メインイベントとしてボートレースが実施されます。
近隣のタイやミャンマー、ラオスには名前のよく似た「水掛け祭り」と言うのがありますが、これは4月に行われる新年のお祭りです。カンボジアでも取り入れられていて、カンボジア正月の時には水を掛け合ったり、白い粉を顔に塗り合ったりします。
よって、「水祭り」と「水掛け祭り」は、似て非なるものですので念の為。

私はカンボジア在住通算4年目ですが、「水祭り」に出会えたのは実は今回が初めてです。
在住1年目の2011年には、国内が洪水被害に見舞われた為中止、2012年にはシハヌーク前国王の死去に伴い中止、2013年にも理由は忘れましたが中止で、3年間住んでいたにも関わらず一度も「水祭り」には出会えませんでした。
今年やっと、その待ちに待った「水祭り」に出会えるという事で、前々から随分楽しみにしていました。
そして遂に今月13日に、「水祭り」初体験を果たしました。




当日はカンボジアの誇る美女軍団「さくらくろ一座」(本名・ソンポアとその仲間達)のメンバーと私の8人で、15時からのボートレースに遭わせてシェムリアップ川の会場まで見学に行きました。


水祭り10 (2)

水祭りん6



川沿いの通りには露店が所狭しと並んでいて、道や橋、そして河原は人で埋め尽くされ、今から始まるボートレースを今か今かと待ちわびています。
何処の国も同じの様で、観客には不要の市長の長~い挨拶に興ざめしたものの、15時を少し回った所で号砲一閃、ボートレースが始まりました。
2艘の手漕ぎボートによる対抗戦で、各チーム20人(推定)の漕ぎ手が懸命にオールを掻き、勝ったチームが明日の決勝戦に進出します。
どの組も息を飲む接戦で、職場や仲間で構成されたそれぞれのチームが、各々の名誉を賭けて懸命に戦っています。
あれは名誉を賭けているのでは無く、単に豪華商品目当てなのだとの冷めた見方もありますが。


水祭り7

水祭り4

水祭り12 (1) (1)

水祭り12 (2)


私はボートレースに大変興味があったのですが、一緒に行った若い子達は、レースが始まる前からもう疲れたと言って、通りに面したレストランに入って腹ごしらえ。

水祭り3

私も付き合わない訳には行かず、結局レースは20組(推定)中3、4組しか見れませんでした。
少々心残りでしたが、まあ、その後も人の波を掻き分けながら通りを歩いて、「水祭り」の雰囲気を満喫しました。
そして、この日は食事の後、メンバーの内の4人でカラオケ「ピンクパラダイス」に行きました。
私は前日も他のカンボジア人仲間8人と「ピンクパラダイス」で唄いまくり、帰宅したのは朝の2時半。
つまり、「ピンパラ」連チャンでした。

水祭り10 (1)

この日はさすがにカラオケは2時間程で終了し、再度「水祭り」会場に戻り、夜の祭り会場を散策しました。


水祭り2 (2)

水祭り1 (5)

水祭り8

水祭り5



そして翌日。
「水祭り」は3日間続くので、文字通りお祭り騒ぎが大好きな私は、過去3年間の見れなかった分を一気に取り戻そうと、翌日も性懲りも無く見学に行ったのですが、ここで予想だにしなかったトンデモない悲劇に見舞われます。
悔やんでも後の祭り、水祭り。


そのトンデモない悲劇については、申し訳無いですが紙面の都合で次回に廻します。
ハハハッ、これで来週のブログテーマは悩まなくて済むぞ、ラッキー。
しかし、起こった事は超アンラッキー。



後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで







  1. 2016/11/22(火) 14:11:21|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

映画三昧の日々

11月13日(日)



DSCN0973.jpg


先週の日曜日に、日本人男性とカンボジア人女性の結婚披露パーティがあり、出席して来ました。
日本人とカンボジア人のカップルは、私が知ってるだけでも10組以上あり、これから益々増えるでしょう。私も急がねば・・・ハハハ。



DSCN0976.jpg




さて、今回のブログは映画の話題です。
私も日本に居た時には映画が好きで、よく見に行きました。
岡山では、通常1800円の映画のチケット代が、毎月1日、或いは男性なら月曜日が割引値段の1100円(以前は1000円)になるので、その日を狙って行ったものです。
60歳を超えてからは、老人割引で何時行っても1100円となり超ラッキーでした。
私が子供の頃には地元の町内にも映画館が在ったのですが、斜陽産業となり潰れてしまい、映画を見るには20キロ近く離れた岡山の街までJRで行くか車で行くしかありませんでした。
結構労力を要したのですが、それでもよく行ったものです。
因みに私は、「岡山市民劇場」と言う会員制の演劇を見る会にも入会していて、芝居もよく見ました。中学時代の仲間がアマチュア劇団の代表を務めていたので、その劇団の芝居もよく見に行ったものです。



ところが、カンボジアに来てからは、映画館はあってもオバケものばかりやっている映画館であったり、個室に供えた大型テレビでDVDを観賞する様な映画館であったりで、殆ど見る事はありませんでした。
まあ、1度だけその個室で3D映画を見たのと(ピンク映画ではありませんので念の為)、日本人会が主催した映画鑑賞会で日本映画を2、3本見ただけでした。
しかし、今年の1月にカンボジアに再上陸した際に、新しい映画館「プラチナム・シネプレックス・シェムリアップ」と言うのがオープンしていると言うのを耳にしました。
そこでの観賞料金は、普通映画で3ドル、3D映画だと5ドル+メガネ代1ドルの計6ドルだそうです。日本に比べると断然格安です。
おまけに、中は綺麗で3スクリーンあり、席も階段状になっている上音響効果も抜群とか。



DSCN0990.jpg

DSCN0992.jpg



実はその映画館で、今月5日から9日までの5日間、国際交流基金アジアセンターとカンボジア日本大使館共催の下、「日本映画際2016」と言うのが開催され、日本映画10本が無料で公開されました。

5日(土) 1アニメ「バケモノの子」 2「ちはやふる・上の句」 3「クリーピー・偽りの隣人」
6日(日) 4「築地ワンダーランド」 5アニメ「心が叫びたがってるんだ」 6「あん」
7日(月) 7「家族はつらいよ」
8日(火) 8「モヒカン故郷に帰る」
9日(水) 9「殿、利息でござる」 10「ちはやふる・下の句」

の10本で、私はこの内の6本見ました。
ホントは10本全部見たかったのですが、残念ながら今回は6本に止まりました。
全て最新の映画で、英語とクメール語の字幕付きで、見た映画のどれもがみんな面白かったです。
意外に日本人は少なく、殆どがカンボジア人の若者でしたが、悪人が死ぬシーンや感動的なシーンでは拍手が起こったり、愉快なシーンではけたたましい笑い声が場内を席巻しました。
この催しは昨年からプノンペンで始まり、今年はプノンペンとシェムリアップで開催され、来年からも継続されるそうです。
何と嬉しい事か。
やはり映画は映画館で見るのがいいですよね。エーガ、エーガ
(注:岡山弁では、「良い」を「ええ」と言います)
来年は、絶対10本全部見るぞォ、何せタダだし・・・。



DSCN1003.jpg

DSCN1001.jpg



後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで






  1. 2016/11/13(日) 12:04:09|
  2. 出来事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

鳥獣保護区「プレックトアール」訪問記

11月6日(日)



DSCN0955.jpg


11月3日の夕方、カンボジア人の友達チャイに誘われて、ロマンチックにも夕日の鑑賞に行きました。
まだ雨季が明けて無いので、夕方は雨が降っていたり曇っていたりで、今の時期美しいサンセットに遭遇するのは10回に1回の確立なのですが(かなりオーバーです)、やはり私の日頃の行いが良い所為でしょうか、この日はバッチリでした(チャイのお陰だとの説も有りますが)
シェムリアップでは、夕日の鑑賞スポットが幾つか有ります。
プノンバケンだとか、プレ・ループ遺跡、プノン・クロムなどは有名で、観光ツアーのコースにも組み込まれています。
しかしこの日行ったのは、観光客でなく現地のカンボジア人に人気の、チリウ村にあるトムノップ・トメイ(新しい堤防)と言う場所でした。
トンレサップ湖の堤防の一つで、プノン・クロムから3、4キロの所でした。
日没は17時半でしたが、その20分位前から地平線に沈み行く太陽を、うっとりしながら二人で眺め写真を撮りました。最後の最後で雲に阻まれたのがちょっぴり残念でしたが。
乾季だったら、もっと綺麗な夕日に逢えるでしょう。
「次は乾季に来よう。それも野郎同士でなく、絶対若い女の子と一緒に・・・。」
いい歳のオッサンが、そう心に念じながら、チャイとバイクに2人乗りしてその場を後にしました。


DSCN0948.jpg



さて、今回のブログも過去ネタです。
もう一ヶ月以上も前になりますが、先々月の9月25日(日)に、ボランティアで日本語教師をしている在住6年目の氏本義之さんに誘われて、トンレサップ湖の中にある鳥獣保護区「プレックトアール」に行って来ました。
氏本さんの教え子がガイドをしている旅行会社が企画した「プレックトアール訪問ツアー」で、参加したのは氏本さんの家族、カンボジア人の教え子、氏本さんが昔日本語を教えに行っていた孤児院「SCSAセンター」の日本人関係者とカンボジア人スタッフ、学生など総勢20数名で、朝7時にバスでメコン大学(氏本さんが日本語を教えている大学)を出発し、トンレサップ湖のボート乗り場チョンクニアに到着したのが7時半。
そこから大型ボートに乗り換えて2時間半、更に今度は小型ボート2艘に乗り換えて湖上の茂みを掻き分けながら進むこと1時間。
遂に目的地「プレックトアール」に到着しました。
しかし、そこは湖の中の大きな木に設けた観測所。
狭い場所ゆえ4人ずつ交替で木の上に登り、そこから湖上を飛び交う鳥、木に止まった野鳥の群れを双眼鏡や望遠鏡で観察しました。



DSCN0869.jpg

DSCN0833.jpg

DSCN0837.jpg

DSCN0841.jpg

DSCN0863.jpg

DSCN0845.jpg


 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖であり、広さは乾季には2700平方キロメートルで、水深も1メートル程ですが、雨季には6倍にも膨れ上がり水深も9メートルに達するそうです。
これは、雨季に降る雨水とチベットの雪解け水が合流してメコン川に続くトンレサップ川に流れ込み、それが逆流して周辺の土地を侵食するからだそうです。
 そして「プレックトアール」は、そのトンレサップ湖の一角にありましたが、地図で見た限りではバッタンバン州の大地の上に存在している風な記載ですので、乾季にはひょっとしたら地表に出ているのかも知れません・・・違うかも知れませんが。
この日は雨季にも関わらず幸い好天に恵まれましたが、ガイドブックによると観光に適しているのは雨季明けの11月~1月の3ヶ月間だそう。
さもありなん。
乾季だと、もっと数多くの鳥をもっと楽な体勢で見る事が出来たかも知れません・・・違うかも知れませんが。
まあ、不平を言っている訳ではありませんが、鳥獣保護区でバードウオッチングをすると言うからには、大地にしっかり足を踏みしめて、双眼鏡片手に寝っ転がったりイナバウアー体勢を取りながら(何でやねん)野鳥を観察するんだろうと思っていましたので、少々予想が外れました。(きっちり不平を言ってますやん
まあそれは兎も角、トンレサップ湖のクルージングを楽しんだのは、カンボジアに来て早々の2011年4月以来であり、高床式住居や湖上生活者の様子を観察したのも、2012年6月に湖水に浸かったコンポン・プルックの村を訪ねて以来なので、それはそれでしっかり楽しめました。


DSCN0855.jpg

DSCN0890.jpg


湖上のレストランでみんなで昼食を摂り、15時頃出発地のメコン大学に戻って来ました。


DSCN0892.jpg


トンレサップ湖では快晴でしたが、帰り着いてから後俄かに空が黒雲に覆われ、やがて土砂降りに。
本当にラッキーでした。やはり、私の日頃の行いの所為でしょう。
しかし、かねてから約束が有ったので、夕方には土砂降りの雨の中を出掛け、昼のグループとは別のグループに合流して大宴会。
他の仲間も加わって二次会にカラオケへ。
我が家に帰り着いたのは何と午前2時。
カンボジアに来て初めての午前様でした。
昼間鳥を見学に行っただけに、千鳥足でのご帰還でした。ちゃんちゃん





後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで





  1. 2016/11/06(日) 19:49:25|
  2. 旅行、探検ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「サンボー・プレイ・クック遺跡」探訪記

10月30日(日)


短時間ではありますが、ほぼ毎日雨が降っています。
一昨日は日中にパラつき、昨日は夕方に2時間位降って、夜中にも更に降った様ですが、今は快晴です。
雨季が明けるのはもう少し先でしょうか。

 明日31日がハロウィンとかで、ここシェムリアップでも一昨日からパブストリート辺りは大変な賑わいとか。仮装した若者たちで通りが埋め尽くされているとのことです。

さて、今日のブログも随分過去ネタですが、やはりミホさんがカンボジアに来ていた7月23日(土)に、そのミホさん、それから6月に結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦であるソテアレン、チャントリアと一緒に車をチャーターして、「サンボー・プレイ・クック遺跡」に行った時の話しを書きます。



DSCN0468.jpg



「サンボー・プレイ・クック遺跡」と言うのは、シェムリアップの街から南東に約170km、コンポントム州に在る古い遺跡です。
何れは、アンコール遺跡群、プレアヴィヒア遺跡に続いて、カンボジアで3番目に世界遺産登録されるであろうと言われている遺跡でして、私も前々から是非一度訪ねたいと思っていました。
ミホさんが来ると言うので、何処に連れて行こうかと色々考えた結果、先の「サマキ・トロピアン・クロサーン小学校」に加えてここを選びました。




DSCN0465.jpg

DSCN0466.jpg



当日は、雨季であるにも関わらず朝から快晴。
8時にシェムリアップを出発し、途中ソテアレンとチャントリアを新婚夫婦の住む家の前で拾い、現地到着が10時半。
この時がミホさんとの2年ぶりの再会であるチャントリアは、ミホさんからたっぷりの結婚祝いを貰い、終始ニコニコ顔。

現地では、あの吉川舞さんと現地ガイドのボティア氏が待ってくれていました。
吉川舞さんは、日本のテレビにも取り上げられた事のある有名人で、2008年からカンボジアに住み着き、初めJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チーム)とNGOであるJST(アンコール遺跡の保全と周辺地域の持続的発展の為の人材養成支援機構)の両方で広報並びにスタディツアーの企画運営に携わり、2013年に独立して「ナプラワークス」と言う会社を立ち上げ、「サンボー・プレイ・クック遺跡」の観光案内とそれによる収益でもって遺跡の修復、周辺地域の発展に寄与している人物です。

彼女とは、私も日本人会での集まりなどでこれまで何度か会った事があり、6月にミホさんの指示で猫ひろしの写真を撮りに「リラックス・リゾート・ゲストハウス」に行った時、偶然、その後結婚する男性と2人で食事に来ていて、2年ぶりに会いました。
しかも、何とその後に御主人となる男性が、実は前に地雷原見学に案内した事のある人でした。

その吉川舞さんと現地ガイドのボティア氏から、途中食事休憩を挟みながらたっぷり5時間、しっかりガイドして貰いました。
この遺跡は、7世紀初頭、前アンコールの真臘時代の首都として、イシャナバルマン1世によって建造されたヒンドゥ教の寺院群で、辺りは森に囲まれ、大まかに分けて4つのグループ、130以上ものレンガ造りの遺跡から成り立っているとの事でした。
ミホさんは森の中を歩くので大喜びだし、ソテアレンは自分のガイドの仕事に活かそうと、舞さんの説明を一言一句聞き逃すまいと、それはそれは熱心にメモを取っていました。
そんな中で私とチャントリアだけは、説明を聞くのはそこそこに、撮影ポイントを求めてあちこち歩き回り、自撮りに夢中になっていましたが。
八角形の祠堂や巨木が絡みつく祠堂など、へとへとになりながらもしっかり見学し、16時に遺跡を後にしました。


DSCN0463.jpg

DSCN0460.jpg

DSCN0477.jpg



帰りに、来る時に見つけた「アツ小学校・中学校」で記念撮影。


DSCN0479.jpg

DSCN0481.jpg


この「アツ小学校・中学校」と言うのは、「サンボー・プレイ・クック遺跡」から目と鼻の先にあり、あの1993年の総選挙の時、UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の選挙監視団の一員として参加し、ポルポト派の襲撃によって命を絶たれた国連ボランティアの中田厚仁さん(25歳)の両親が、息子の生きた証として彼を顕彰する為に建てた学校です。
その学校がカンボジアの何処かにあるとは知っていましたが、まさかこんな所にあるとは露知らず、来る途中に偶然「アツ」と言う日本語表記の学校を見つけて、もしかしてと思い舞さんに確認したら、やはりそうでした。
私は、博物館でのガイドの時、いつもこの中田厚仁さんと、同じくポルポト派によって殺害された岡山出身の文民警察官だった高田晴行さん(33歳)の話しをしているので、ああ、この地が中田さん終焉の地かと感慨一入でした。
いつかは、高田さんの終焉の地であるバンテアイミンチェイ州アンビル村も訪ねたいと思った次第です。そこにもやはり、高田さんの両親によって建てられた小学校があるそうです。

こんな余禄の付いた「サンボー・プレイ・クック遺跡」探訪ドライブは、何事もなく無事終了致しました。




後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで



  1. 2016/10/30(日) 11:23:13|
  2. 旅行、探検ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
次のページ