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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

リリーフセンターの子供達と「コッコン」への小旅行

2018年1月21日(日)

毎年のこの時期には、リリーフセンターの子供達の研修旅行(field trip)があり、私も極力同行しています。
これまでもブログで紹介していますが、いつも子供達から元気を貰っています。
     2012年12月16日「モンドルキリ研修旅行」
     2016年2月21日「リリーフセンター研修旅行」
去年はたまたま日本に帰っていた時期だったので参加出来ませんでしたが、一昨年はベトナム、ラオス国境近くのラタナキリ、モンドルキリ方面に行きました。
そして今回は、1月17日から20日までの3泊4日の日程で、タイ国境近くの「コッコン」へ行きました。(実際は、私は19日には皆と別れてシェムリアップに帰るのですが)
「コッコン」と言う地名は一応知ってはいましたが、私にとって行くのは初めて。
そして、この「コッコン」には、何と海がありました。
カンボジアは日本の半分位の面積の国で、周辺をベトナム、ラオス、タイに囲まれています。ですから、海(南シナ海)に面しているのは南西部の極僅かな地だけです。
「シアヌークビル(コンポンソム)」と言う地が海に面していて、リゾート地として有名なのは知っていましたが、この「コッコン」が海に面しているとは全く知りませんでした。


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17日、朝5時にワゴン車3台に分乗して、シェムリアップの別々の場所から同時に出発しました。
2台は30人近くの子供達と子供達の先生のローウィンとチーの男女2名を乗せて博物館から出発。
もう1台はシェムリアップのビルさん、ジルさん夫妻の家から出発。
ビルさんは博物館で英語でガイドをし、ジルさんはリリーフセンターの子供達に英語を教えている人で、又、ネット上に「ランドマイン・リリーフファンド」を作ってアキラ氏の活動資金の大半を捻出しているアメリカ人夫妻であり、この2人無くしてはアキラ氏の活動も立ち行かない位の大きな存在です。
私は4時15分にシェムリアップのビルさんの家に集合と伝えられていたので、4時に住まいのゲストハウスを出てトゥクトゥクでビルさんの家に行きました。
そこには既に、ウェイ、スレイトーイ、スレインの3人の子供達が来ていました。
この子達は、一昨年高校を卒業と同時にリリーフセンターを離れて、今はシェムリアップの大学に通っています。
今回の旅行には、この3人と、後で合流するプノンペンの大学に通っているサーイの4人がOB,OGとして参加しました。
やがてビルさん、ジルさんが起きて来て、その後博物館のスタッフのソクンティア夫妻が幼子2人を連れて到着し計10人が1台のワゴン車に乗り込んでビルさんの家を出発。
途中ソクンティアの奥さんの両親を拾ったので計12名となり、荷物も一杯なのでかなりのギュウギュウ詰め状態。
でもこんなのはカンボジアでは当たり前、と言うよりまだ良い方かも。
しかし、この状態で2時間以上走ったので、車を降りた時には腰や首が曲がったままで正にエビさん状態(どんなんや)・・・暫く元に戻りませんでした。ハハハ
7時半に、コンポントム辺りの河畔で他の2台と合流し、そこで持参の弁当で朝食タイム。
8時に、3台揃って国道6号線を一路プノンペン方面へ向けて出発進行。
ここからは、ウェイ、スレイトーイ、スレインの3人が他の車に乗り移ったので、グッと楽になり、エビさん状態からやっと解放されました。ヨカッター
でも、これよりずっと後に、またエビさん状態を強いられる事になるのですが、それは後程に・・・。

シェムリアップからプノンペンまでの距離が約300キロ。
そのプノンペンの街に入る少し手前を右折して、コッコンに向かいます。
ここからは私にとって全く未知の道
何処をどう走っているのかさっぱり分からないまま、昼食タイムに。
立ち寄った食堂で、ウェイらの同級生でプノンペンの大学に通っているサーイが合流しました。
この子はとっても明るく元気な女の子で、せっせとみんなの給仕をやっていました。

食堂を出た後何箇所か立ち寄り、やがてコッコン州に入り、綺麗な浜辺に到着。
恐らくここまでの距離が、シェムリアップからおよそ600キロ位ではないかと思います。
時間は夕方の5時半。
その浜辺に車を止めて暫く遊び、やがて5台のモーターボートに乗り込んで向かいの島に渡りました。
島の名は、ウェイが言うには「キングアイランド」との事でしたが、後でネットで調べても出て来ませんので、真偽の程は分かりません。
その島の民宿に泊まる事になるのですが、ノーテンキな私はその事を全く知らなくて、私は車から降りた時に写真に夢中になっていた為皆が荷物を持ち出した事に全く気付かず、手ぶらのままモーターボートに乗り込んでしまいました。
15分位で島に到着し、モーターボートから上陸した所が民宿(まあ、船宿ですねえ)で、皆が大きな荷物を持っているではありませんか。その時になって初めてここに泊まるんだと気付いたのですが、後の祭り。
私は、旅の初日は着替えも洗面道具も一切無いまま過ごす事になりました。
ホントにドジな私です。
でもまあ、これ位のドジは私にとっては日常茶飯事なので、まあ良しと致しましょう。

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その島で一泊し、翌18日にはその島から別の島へ渡って海底探検。
ここいらの海は本当に綺麗で、肉眼でも海の底が見えるのではないかと思う位ですが、子供達は救命胴衣を付けて海に飛び込み、水中眼鏡で海の中を観察します。
子供達だけでなく、チー先生など大人も大はしゃぎで、何度も海に飛び込み私に写真を写せとせがみます。
私はデジカメに塩水が掛かっては大変と拒むのですが、あまりのしつこさに根負けし、いつの間にやらバシャバシャと写真を撮っていました。


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10時過ぎに泊まった島に戻り、シャワーを浴びてから車を止めている浜辺に上陸し、そこからコッコン州の他の場所の見学に向かいます。
夕方、「マングローブ・サンクチュアリイ・リゾート」へ。
そこは広大なマングローブの林で、これぞ熱帯とも言うべき場所でしたが、ここでアキラ氏が合流。
アキラ氏は地雷原に行っていたのですが、子供達の為に飛行機でこの地にやって来て、このマングローブ林に颯爽と登場したと言う訳です。
これまで、研修旅行にアキラ氏が参加した事は私が知る限り無いのですが、今回は特別と言う訳でした。
しかし、折角無理をしてやって来たアキラ氏ですが、たった一泊しただけで、私と一緒に翌19日にはシェムリアップに帰る事になるのですが、その話も後程に・・・・。


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その日の夜は、全員で浜辺で22時頃迄楽しく過ごしました。
子供達は日が暮れてもサッカーをする子、集団でゲームをする子、水と戯れる子、カラオケに興じる子、ダンスをする子、それぞれに楽しみ、大人達は缶ビールで大宴会。
アキラ氏もカラオケで何曲か歌っていました。
しかし私はと言うと、ビール片手に皆とワイワイ騒ぎながらも、頭の片隅である事に気を揉んでいました。


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それは、翌日の段取りでした。
実は10日程前に、シェムリアップ在住で日本のテレビ局のコーディネーターをやっている方から「アキラ氏のテレビ取材をさせて欲しい」との依頼を受け、それが旅行中の19日であった事から最初は断ろうと思ったのですが、アキラ氏にインタビューをしにやって来る人が日本のビックネーム2人だった事から、これはアキラ氏の日本でのPRにもって来いだと思い直し、アキラ氏を説得してこの取材を受ける事にしたのです。
そして、19日にアキラ氏とビルさん、私の3人が、シアヌークビルから飛行機でシェムリアップに戻り、午後3時半から博物館においてテレビ取材を受ける段取りだったのですが、何と航空チケットを予約してくれていたスタッフのソーパーリからお昼頃電話が入り、明日の飛行機の出発が3時間遅れると言うのです。
さあ、どうしたものか。
この後、先方のテレビコーディネーターの方やらシェムリアップの空港に迎えに来て貰うドライバーのバーンとの電話対応に追い捲られ、又、翌日になったらなったで次々と困難な状況に追い立てられるのですが、この続きは次回のブログに回します。
日本の超大物2人の名前も次回明かしますので乞う御期待。チャンチャン



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  1. 2018/01/22(月) 11:33:31|
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「バンテアイチュマール遺跡」及び「高田晴行小学校」訪問記

2018年1月14日(日) 

正月を挟んだ10日間位は、博物館は日本人客でごった返します。
しかしそんな中、日頃から不摂生な私は喉をやられて声が出なくなり、一番お客様が多いと思われる31日から1月3日までを博物館を休むと言う大失態を演じてしまいました。
その間にお越し頂いたお客様には、本当に申し訳ない事を致しました。
ここに改めてお詫び申し上げます。
てな事を言いながらも、普段もしょっちゅうサボっていますので、お客様には迷惑のかけっ放しなのですが。
日頃からビールで喉を消毒しているのに、声が出なくなるなんて困ったもんです。
その後は、それまで以上にビール消毒に励んでいますが、デヘヘ。

まあ本当は、11月4日頃引いた風邪が中々治らず、30日に一日中喋り続けた為翌日から声が出なくなったのですが、その風邪も、2ヶ月と1週間を要して今月10日頃やっと治りました。
そこで早速その10日(水)の日に、日本から来ていた小林幹二さん、それに元日に誕生祝をしてくれた若者グループの内のソンポア及びダリスと一緒にバーンの運転する車で、旅行に出掛けました。
小林さんは、お会いするのはこの時が初めてでしたが、以前からフェイスブックで繋がっていた方です。
バーンは、アキラ氏の協力者です。

私はいつの頃からか、水、土、日は基本的に博物館を休むと言う週休3日制を採り入れています。
これは、アメリカ人ガイドのビルさんに習ったものです。
もっとも、予約が入ればこの限りでは有りませんが。
そんな訳で、10日(水)は博物館をサボったと言う訳ですが、もっとも日本人客も5日を過ぎてからはぐっと減っていますので、10日もお客様はゼロだっただろうと自分で自分に言い聞かせています。ヘヘヘ

行った先はバンテアイミンチェイ州に在るバンテアイチュマール遺跡。
シェムリアップから北西に車で2時間ちょっと走った先です。
朝9時前にオールドマーケットのタプロムホテル前を出発し、国道6号線をシソポンまで行き、そこから北に走ってちょうど11時に遺跡に到着しました。
バンテアイミンチェイの地雷原には、以前来た事があります
それこそ、このブログの初っ端である2012年7月1日付けの「地雷原訪問」がそれです。
しかし、バンテアイチュマール遺跡に来るのは初めてでした。
この遺跡については色んな人から是非一度見学する様勧められていたのですが、中々機会が有りませんでした。
ですから、本当にラッキーでした。
ダリスやソンポアから、1月10日に旅行しようと誘われて「ああ、いいよ」と気軽に応えていたのですが、行き先は知らなかったのです。

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この遺跡は、12世紀末にあのアンコール・トムを造ったジャヤバルマン7世による建立だそうですが、かなり崩壊が進んでいて、有名な千手観音も現在修復中でした。
しかし、四面仏像は見る事が出来ましたし、また、精緻なレリーフが至る所に施されていて、確かに一見するに値する遺跡でした。


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2時間位を遺跡で過ごした後、道路向かいにある食堂で食事をしながら皆に、「折角ここまで来たのだから、この先にあるであろうアンピルという村の小学校に行こう」と提案しました。
前にNHKスペシャルで見たのですが、あの1993年の総選挙の時にUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の文民警察官としてカンボジア入りし、ポルポト派と思われる武装集団に襲撃されて殺害された私と同郷の岡山(倉敷)出身の警察官・高田晴行さん(当時33歳)の殺害された場所がバンテアイミンチェイ州のアンピルと言う村であり、その地に高田さんの遺族が小学校を建てたと言っていたのを覚えていて、そこに是非とも行きたいと思った訳です。
提案は満場一致で採用され、一路アンピルを目指して出発する所となりました。
食堂で、アンピルまでは約30キロと聞いたので、30分位で到着するだろうと思いながら道の両脇に広がるキャッサバ芋畑を眺めながら未舗装の道路を砂埃を舞い上げながら走ったのですが、行けども行けどもそれらしい小学校には辿り着けません。
あちこちで地元の人に尋ね尋ね、1時間位走ってやっとその「高田小学校」に辿り着きました。
思ったよりはこじんまりした小学校でしたが、2014年4月に完成したばかりとあって、まだ大変新しい学校でした。
校舎の前には慰霊碑も建っていました。
授業は午前中だけだった様で、子供の姿はありませんでしたが、高田さんの名前の付いたこの小学校が存続する限り、この村の人達の間にカンボジアの為に尽くした高田晴行さんの名前は語り継がれる事でしょう。


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17時半頃シェムリアップに戻り、スープチュナンダイの店で夕食を摂った後、カラオケに繰り出しました。
1月1日には声が出なくてカラオケを断念したので、この日はその時の借りを取り返すべく、いつも以上に唄いまくりました。
お陰で、また11日から声が出ません。そんなアホな


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  1. 2018/01/15(月) 11:35:11|
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タイ・チェンマイのランタン祭り

11月12日(日) 

10月31日から11月6日までタイに旅行したのですが、4日頃から風邪気味になり、帰国後完全に拗らせてしまって、3日間ダウン。10日、11日と2日間は何とか博物館で久しぶりにガイドを努めはしたのですが、今日もまだ完治せず、と言った具合です。
咳が出て、鼻はグズグズ、声はガラガラ。
その声は、初め浪曲師の広沢虎三(誰も知らんわな)だったのが、今は笑福亭鶴瓶位には回復してますが(どんだけの違いやねん)
前回のブログに書きました通り、10月25日にお寺で厄払いをして貰ったにも関わらず、まだ厄が落ち切っていないのか、或いは本当ならもっと酷くなる所が3日ダウンで済んだのか、真偽の程は定かではありませんが、まあ、何せシンドイです。
前にはしょっちゅう風邪を引いていたのに、最近は殆ど引いて無かったので、厄払いが却って災厄を引き寄せたとか・・・・ああ、仏様、ゴメンナサイ。こんな罰当たりな奴はホットケなんて言わないで下さい。ガハハ

さて、今回のブログは、そのタイ旅行について書こうと思います。


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今年の5月頃、シェムリアップに住む在住日本人仲間の氏本さんから、11月にタイのチェンマイで行われるランタン祭りを見に行こうと誘われ、来年の「アキラ氏日本平和学習講演会」が終わるまでは、他の事にエネルギーを注ぎたくない私としては、余り乗り気では無く、ランタン祭り自体に興味も関心も無かったので、最初は誘いを断っていました。
しかし、余りに熱心に誘う為、イヤイヤながらも氏本さんの顔を立てて行く事にしたのですが、これが行ってビックリ見てビックリで、今は本当に行って良かったと思っています。
と言いますのは、そのランタン祭りの、夜の闇を彩る幻想的な光の祭典にすっかり魅了されてしまったからです。
ロウソク(本当はロウソクではありませんが)の炎で照らされた数千個の灯籠が一斉に夜空に舞い上がり、風に流されてゆっくり遠ざかって行く光景は、まるで星々がシンフォニーを奏でているかの様です(ちょっとカッコ付け過ぎました)
まあ、何れにしても、生きている間にいいものを見せて貰いました。
一人でだったら、まず行く事は無かったでしょうから。

ランタン祭りと言うのは、コムローイ祭りとかイーペン祭りとか言うそうで、タイのチェンマイで毎年11月の満月の夜に開催される仏教のお祭りで、ブッダへの感謝の意味を込めて皆で一斉にランタン(コムローイ、灯籠)を打ち上げる行事との事です。
今はチェンマイの中心部から10キロ位の地にあるメージョー大学でコムローイを一斉に打ち上げる有料(100ドル位)のイベントが人気だそうですが、我々はそれには参加せず、1個150円から300円位のコムローイを5個買って、ターペー門近くのピン川に掛かった橋の上で午後7時きっかりに油紙に火を点けました。
一応開催時間は7時から1時となっていましたので、我々真面目な日本人は(ああ、氏本さんの奥さんと子供達はカンボジア人でした)、6時から橋の上に待機し、7時になるまで辛抱強く待ったのですが、周りの外国人たちはもう6時を過ぎた頃からあちらで1つ、こちらで1つと言う具合にフライングで上げてはいましたが。
この上げる作業が結構難しく、火を点けてコムローイの中の空気を十分暖めてからでないと、また風の流れも読まないと上手く上がらず、すぐに落下して燃えてしまいます。
あちこちで失敗もあり、他の人の失敗を見ては「このヘタクソ」と笑っていましたが、我々も5個の内2個失敗してしまいました。
まあ、紙が破れていた事が大きな失敗の要因ではあるのですが、このヘタクソ。
でもまあそういう失敗はあっても、夜空を焦がす光の祭典とも言うべきこの「ランタン祭り」は、一見するに十分値する感動的なショータイムでした。

この「ランタン祭り」見学が、今回の旅行のメインではあったのですが、その他にも今まで知らなかったタイの魅力に様々触れる旅となりました。
10月31日の朝、「ビレ・ボンタムバス」でシェムリアップを出発し、国境の街ポイペトへ。
同行者は氏本さんの家族4人(夫婦と9歳、4歳の男の子2人)と氏本さんの大阪の幼馴染である川口さん兄弟、そして私の7人。
私はタイに行くのはこれが2度目。1度目は2014年2月に日本に帰国する前にタイ・バンコクに立ち寄り2泊しましたが、その時も陸路でした。
このポイペトで出国手続きをし、それから歩いてタイ・アランヤプラテートの入国管理局に行き、入管手続きをしたのですが、ここで一大騒動が勃発・・・・。
でも、その事を書くと関係各位に迷惑を及ぼしますし、書く許可も得ていませんので、もし許可が出れば次回のブログにでも書きますので、余り期待せずに待っていて下さい。
さて、タイに入国した我々は、そこから車をチャーターしてタイ・バンコクのドンムアン国際空港へ。
そして夜の7時45分発のLCC航空「NOK AIR」に搭乗しチェンマイへ。
そのチェンマイに4泊し、「ランタン祭り」の他に古都であるチェンマイの街をそぞろ歩いたり、数多くのお寺や王様の別荘、庭園などを散策しました。
チェンマイでは、在住者であり、こちらも氏本さんの大阪の幼馴染で川口さん弟の同級生である山口千明さんに無料でガイドを引き受けて貰い、大助かりでした。
チェンマイ4泊の後はチャーターした車でチェンライに移動し、ここで2泊しました。
千明さんも一緒です。
チェンライでは、お寺巡りの他に首長(くびなが)族であるカレン族の観光村を訪ねたり、お茶畑やゴールデントライアングル(タイ、ラオス、ミャンマーがメコン川で接する地帯)を訪問したりと充実した時間を過ごしました。
勿論、夜飲み歩いたり、有名なタイ式マッサージを何度も受けた事は申すまでもありません。
チェンライ2泊の後、11月6日の朝、チェンライ空港からまた「NOK AIR」でドンムアン空港に飛び、そこから車を乗り継いでシェムリアップに帰り着いたのが夕方7時でした。

誰かが言っていましたが、トラベルとはトラブルと同義語だと言う事で、この1週間の間様々なアクシデントにも見舞われました。
同行者が、空港で他人の荷物と取り違えて、12時間余り気が休まら無かったとか、同じく空港で大事な思い出のナイフを没収されたりとか。(私も前に、カッターナイフやハサミを空港で没収された事がありますが。)
風邪を引いてしまった事もトラブルの一つでしょう。
何せ、タイでもチェンマイやチェンライは相当北部に位置し、カンボジアよりも大分寒かった為、殆ど全員が風邪を引いてしまいました。
あと、最後のカンボジア入国時にも、川口さん兄弟がビザを取る必要が有った為多少のトラブルはありましたが、それでも全体的には全て想定内のトラブルだったと思います。
怪我をしたとか、大金を盗まれたとか、時間に遅れて予定した事が出来なかったとか、そんな事は一つも無かったので良しと致しましょう。

面白いと言うか、行ってみて初めて知った事も幾つかありました。
兎に角タイは道が綺麗。
バンコクは大都会ですから、当然道も広く綺麗でしたが、チェンマイやチェンライの小都市でも、道はカンボジアに比べると遥かに綺麗でした。
それから、意外と物価が安い。衣料品や食料品など品数が多く、カンボジアよりも安い物が多くありました。
カンボジアから商売人が、交通費を払ってでもタイに買出しに来る理由が分かりました。
それから、大変面白いと言うか、ある意味怖い事が一つ。
朝の8時と夕方6時に国歌が流れて、国民は動きをストップしなければなりません。
歩いている人も、何か作業をしている人も、その場で暫く動きを止めるのです。
私が子供の時に見たテレビドラマ「時間よ、止まれ」の世界です。
国家、並びに国歌に敬意を表すという意味なのでしょう。
それから、これは面白くは無くて、むしろ腹が立ったし、この点はカンボジアの方が勝っていると思った事ですが、それは、タイのホテルには歯ブラシセット、フェイスタオルが置いて無いと言う事です。
カンボジアでは、どんなに安いホテルでも歯磨きセットやフェイスタオルは置いていますが、千明さんによると、タイでは大抵の所に置いて無いとの事。
実際我々が泊まった2つのホテルとも、バスタオルが1枚置いてあるだけで、歯磨きセット、フェイスタオルは有りませんでした。まあ、小さい石鹸とかシャンプー位は置いてありましたが。
この点は、カンボジアが勝っていると思った次第です。

まあ、そんなこんなで楽しい一週間を過ごしたのですが、帰って来てからは風邪でシンドイし、仕事も一杯溜まっていて、何かと気の滅入る今日この頃です。
憂さ晴らしに、パアッと飲みに行こうっと。デヘッ



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タイ・アランヤプラテートへの入国

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チェンライ空港からバンコク・ドンムアン空港へ  LCC NOCAIRチェックイン窓口

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チェンマイ美人とのツーショット

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カレン族(首なが族)の女性

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お茶畑で記念撮影



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  1. 2017/11/12(日) 19:55:23|
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「プノン・クロム」での宴

8月20日(日)

この1週間も、色々な事があって大変忙しい1週間でした。
まず、先週のブログで紹介しましたが、葬式騒音が意外な展開を見せ、日曜日から3日で終わると思っていたのに木曜日まで続き、その前の3日間と合わせて計8日間連続で早朝5時半からのお経に悩まされ、睡眠不足もいいとこです。
それでなくても日頃から眠りの浅い私なのに、この近隣の葬式騒音被害の為、もう体はガタガタです。
更には、博物館に来て下さる日本人のお客様が8月になって増え始め、特に日本のお盆の13日以降は驚異的な数で、館内が日本人だらけとなったりして私はてんてこ舞い。
まあ、嬉しい悲鳴ではありますが、体はガタガタ。
更に、今週は2014年に私の後で5ヶ月間博物館でガイドをしてくれた例の田辺美穂子さんが1年振りにカンボジアにやって来て、その対応に追われたり、カンボジアの若い連中に誘われて年甲斐もなく山へピクニックに行ったりて体がガタガタ。

まあ、そんな1週間で頭がボーッとしていますが(今週に限らず普段からボーッとしてはおりますが)、頑張ってこのブログを書こうと思います。
今日のブログのテーマは、そのカンボジアの若い連中と一緒に山へピクニックに行った時の話しです。

前から約束していたので、8月16日(水)に博物館から帰った後でオールド・マーケットのみやげ物店に行き、そこでカンボジア人の女の子2人(ソンポアとダリス)と、この日初めて出会った日本人のイマオシンヤ君と4人で2台のバイクに跨り、目的地の「プノン・クロム」を目指しました。
この時まで目的地が「プノン・クロム」とは知らず、と言うか聞き間違えではあったのですが、以前誘われた時「プノン・クーレン」と聞いたつもりだったので、16時半にオールドマーケットの店に集合と言われた時には「何でや」と思いました。
「プノン・クーレン」だったら博物館の先なので、私は何もわざわざシェムリアップの街まで戻らなくても博物館で待っていれば良かったからです。
でも、結果的には「プノン・クロム」で大満足でした。
最初に誘いを受けた時、折角若い連中が決めた事なので口出ししては悪いかなと思って、「プノンクーレンには1度行った事があるんで出来たら他のこれまで行った事のない所に行きたいのは山々だけど、折角の貴方達からのお誘いなので、文句を言わずに着いて行きますです、オヨヨ」とウジウジ思っていました。
それが実際は「プノン・クロム」であり、私が以前から一度行きたいと思いながらもまだ行った事の無い場所だったのですから、ホントにラッキーでした。


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「プノン・クロム」はトンレサップ湖近くの小高い山であり、夕日の鑑賞スポットとして有名な所です。
目的地に到着すると、他のカンボジア人の若者3人が待っていて、更に後から2人の若者がやって来て全部で9人(8人の若者と1人の高齢者一歩手前の熟年の私。2人以外はみんな前々からの知り合いです)で山へ登り、曇っていた為サンセットは見る事が出来ませんでしたが、下界の景色を楽しみながら持参した料理を食べました。
まあ、日本でやる「花見の宴」の感じです。
カンボジア人はしょっちゅう、こうした野外での宴会を楽しみます。
今日の場所はまあそれなりの観光スポットではありますが、何も無い川端とか道端で、家族や友達同士が集まって食事している光景をよく目にします。
外だけでは無く家でも、パーティと称してしょっちゅう宴会をやる国民でもあります。
この日集まったのは、30代前半のイマオ君以外は、カンボジア人全員20代です。
こうした若者達が、日本の様に盛り場やゲームセンターにたむろするので無く、外に出て景色を眺めながら親交を温める。
何て健全なんでしょうか。
みんながワイワイ話に花を咲かせながら、絆を深める。
この様なカンボジア人が私は大好きです。
もっとも私が一番好きなのは、その場で飲めるビールではありますが、チャンチャン


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「プノン・クロム」での宴を終えた後、最初の4人で街まで戻り、食事後、もう1人初めて会った日本人の女子大生・オオタマユさんを加えて5人でカラオケに行き、唄いまくって一日を終えました。

本当に楽しい一日だったのですが、体はもうガタガタです。




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  1. 2017/08/20(日) 13:55:35|
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鳥獣保護区「プレックトアール」訪問記

11月6日(日)



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11月3日の夕方、カンボジア人の友達チャイに誘われて、ロマンチックにも夕日の鑑賞に行きました。
まだ雨季が明けて無いので、夕方は雨が降っていたり曇っていたりで、今の時期美しいサンセットに遭遇するのは10回に1回の確立なのですが(かなりオーバーです)、やはり私の日頃の行いが良い所為でしょうか、この日はバッチリでした(チャイのお陰だとの説も有りますが)
シェムリアップでは、夕日の鑑賞スポットが幾つか有ります。
プノンバケンだとか、プレ・ループ遺跡、プノン・クロムなどは有名で、観光ツアーのコースにも組み込まれています。
しかしこの日行ったのは、観光客でなく現地のカンボジア人に人気の、チリウ村にあるトムノップ・トメイ(新しい堤防)と言う場所でした。
トンレサップ湖の堤防の一つで、プノン・クロムから3、4キロの所でした。
日没は17時半でしたが、その20分位前から地平線に沈み行く太陽を、うっとりしながら二人で眺め写真を撮りました。最後の最後で雲に阻まれたのがちょっぴり残念でしたが。
乾季だったら、もっと綺麗な夕日に逢えるでしょう。
「次は乾季に来よう。それも野郎同士でなく、絶対若い女の子と一緒に・・・。」
いい歳のオッサンが、そう心に念じながら、チャイとバイクに2人乗りしてその場を後にしました。


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さて、今回のブログも過去ネタです。
もう一ヶ月以上も前になりますが、先々月の9月25日(日)に、ボランティアで日本語教師をしている在住6年目の氏本義之さんに誘われて、トンレサップ湖の中にある鳥獣保護区「プレックトアール」に行って来ました。
氏本さんの教え子がガイドをしている旅行会社が企画した「プレックトアール訪問ツアー」で、参加したのは氏本さんの家族、カンボジア人の教え子、氏本さんが昔日本語を教えに行っていた孤児院「SCSAセンター」の日本人関係者とカンボジア人スタッフ、学生など総勢20数名で、朝7時にバスでメコン大学(氏本さんが日本語を教えている大学)を出発し、トンレサップ湖のボート乗り場チョンクニアに到着したのが7時半。
そこから大型ボートに乗り換えて2時間半、更に今度は小型ボート2艘に乗り換えて湖上の茂みを掻き分けながら進むこと1時間。
遂に目的地「プレックトアール」に到着しました。
しかし、そこは湖の中の大きな木に設けた観測所。
狭い場所ゆえ4人ずつ交替で木の上に登り、そこから湖上を飛び交う鳥、木に止まった野鳥の群れを双眼鏡や望遠鏡で観察しました。



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 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖であり、広さは乾季には2700平方キロメートルで、水深も1メートル程ですが、雨季には6倍にも膨れ上がり水深も9メートルに達するそうです。
これは、雨季に降る雨水とチベットの雪解け水が合流してメコン川に続くトンレサップ川に流れ込み、それが逆流して周辺の土地を侵食するからだそうです。
 そして「プレックトアール」は、そのトンレサップ湖の一角にありましたが、地図で見た限りではバッタンバン州の大地の上に存在している風な記載ですので、乾季にはひょっとしたら地表に出ているのかも知れません・・・違うかも知れませんが。
この日は雨季にも関わらず幸い好天に恵まれましたが、ガイドブックによると観光に適しているのは雨季明けの11月~1月の3ヶ月間だそう。
さもありなん。
乾季だと、もっと数多くの鳥をもっと楽な体勢で見る事が出来たかも知れません・・・違うかも知れませんが。
まあ、不平を言っている訳ではありませんが、鳥獣保護区でバードウオッチングをすると言うからには、大地にしっかり足を踏みしめて、双眼鏡片手に寝っ転がったりイナバウアー体勢を取りながら(何でやねん)野鳥を観察するんだろうと思っていましたので、少々予想が外れました。(きっちり不平を言ってますやん
まあそれは兎も角、トンレサップ湖のクルージングを楽しんだのは、カンボジアに来て早々の2011年4月以来であり、高床式住居や湖上生活者の様子を観察したのも、2012年6月に湖水に浸かったコンポン・プルックの村を訪ねて以来なので、それはそれでしっかり楽しめました。


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湖上のレストランでみんなで昼食を摂り、15時頃出発地のメコン大学に戻って来ました。


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トンレサップ湖では快晴でしたが、帰り着いてから後俄かに空が黒雲に覆われ、やがて土砂降りに。
本当にラッキーでした。やはり、私の日頃の行いの所為でしょう。
しかし、かねてから約束が有ったので、夕方には土砂降りの雨の中を出掛け、昼のグループとは別のグループに合流して大宴会。
他の仲間も加わって二次会にカラオケへ。
我が家に帰り着いたのは何と午前2時。
カンボジアに来て初めての午前様でした。
昼間鳥を見学に行っただけに、千鳥足でのご帰還でした。ちゃんちゃん





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  1. 2016/11/06(日) 19:49:25|
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