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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

4月もコロナで明け暮れる

2020年4月30日(木) 


今月も、先月に引き続きコロナ、コロナの毎日でしたが、皆様如何お過ごしでしょうか?

お元気な訳無いですね。
日本はカンボジア以上に深刻な状態で、感染者数は約1万4000人、死者も約400人。
(世界の感染者数は297万人、死者は20万人)
全国に緊急事態宣言が出されていて、多くの方が不安に苛まれ、色々と我慢を強いられている事でしょう。
私の故郷の岡山はまだ感染者数こそ23人とそれ程多くありませんが、それでも不要不急な外出を控えて、なるたけ家に居ようと皆んな頑張っている様です。
折角のゴールデン・ウィークも、海外どころか国内移動もままならない状況、本当にお辛いでしょうが、今は辛抱の時。
どうか皆様がコロナに感染されません様お祈りしています。

私はと言いますと、博物館が3月19日に閉鎖になってから以降何事にもすっかりやる気が失せ、このブログも書く気力が湧かなくて無駄に日だけが過ぎて行き、とうとう先月29日に「新型コロナに翻弄される毎日」のブログを書いてから、今回のブログは1ヶ月ぶりとなってしまいました。
誠に申し訳ありません。
まあ、これはコロナの影響でも何でも無く、単に人間が横着なだけと言う噂もありますが・・・。

まあ、それはさておき、現在のカンボジアのコロナの状況を記しておきたいと思います。
前回のブログで書きました通り、カンボジアでは3月7日にシェムリアップでカンボジア人初の感染者が出てからコロナに対する関心が俄に高まり、政府も矢継ぎ早に対策を講じる様になりました。
最初シェムリアップの学校だけが対象だった休講措置がやがて全国に拡がり、その後「アキラ地雷博物館」も含めて人の多く集まる公共施設や遊技場が閉鎖となり、また外国からの入国も7カ国(アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イラン、ベトナム)に対して禁止措置、その他の国に対してもビザや保険面でかなりの規制が加わり、実質的な鎖国体制。
今月4月はカンボジアの3つある正月(「1月1日」、「中国正月」、「クメール正月」)の中で一番盛大な「クメール正月」の月でしたが、13日から16日までの正月休みは延期となり、お寺でのお祭り行事も中止、いつもなら街中のあちこちで行われる無礼講の「水掛け」も影を潜めました。
本来なら正月には仕事が休みになり、多くの人が田舎へ帰省するのですが、今年は仕事が休みにならず、従って帰省する人も例年よりは少ないのですが、それでも帰省する人に対して政府は、正月前の10日に州間の移動制限を課すと言う強行手段に打って出ました。
この様に、新型コロナ感染防止対策が次々と繰り出される中で、カンボジアにおいては現在のところ、コロナは一応小康状態です。
政府発表によりますと、4月12日までの感染者数は122名ですが、その後新規の感染者が出ていませんので、今日現在の累計感染者数は122名のままです。
そして、死者はゼロとの事です。
もっとも、これはあくまで政府発表ですので、真実かどうかはイマイチ確証は持てませんが・・・。
そんな訳で、カンボジアにおける感染拡大は今の所一応食い止められている為、私も一頃程の感染に対する恐怖心は無くなりましたが、それでも数々の規制は続いていて博物館は閉まったままですし、観光客がゼロですのでガイドを始めとする観光客相手の商売は上がったり。
ガイドの中には友達が多くいますので、この人達の生活がこれからどうなるのか、気が気ではありません。


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       正月飾り

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正月の楽しみ  親戚や近所の人が集まって賭けゲームに興じる


私も含めて、カンボジア在住者で日本大使館に在留届を出している者に対しては、大使館からメールで新型コロナに関する情報が送られて来ています。
最後にそれを記しておきます。


1/27 中国・武漢からカンボジアのシアヌークビルを訪れていた中国人1名が新型コロナ
    に感染していた事が判明し、隔離された。第1号患者
2/10頃 日本が寄港を断ったクルーズ船「ウエステルダム号」をカンボジアが受け入れる
3/5 カンボジア在住で、最近フィリピンに渡航し、その後カンボジアに戻り、暫くして
   日本に帰国した三重県出身の男性が、新型コロナに感染していた事が分かり名古屋
   の病院に入院
3/7 その三重県出身の日本人と仕事仲間の、シェムリアップ在住のカンボジア人男性が
   新型コロナに感染・入院
3/10 コンポンチャムでクルーズ船に搭乗していた英国人女性が新型コロナに感染・入院
3/13 プノンペンにおいて2名の感染者   計7名
3/14 一時入国禁止措置 3/17~ イタリア、ドイツ、スペイン、フランス、アメリカ、
   イラン
3/14、15 新たに5名の感染者   計12名
     (プノンペン都5名、リバークルーズ船3名、プレアビヒア州2名、シェムリ
      アップ州1名、シハヌークビル州1名)
3/17 新たに12名  計24名  内11名はマレーシアの宗教行事参加者
カンボジア政府は新型コロナウィルスの国内での感染の拡大に伴い、(ア)学校の休校、(イ)公共施設の閉鎖(博物館、映画館など)、(ウ)集会(宗教行事、コンサートなど)の禁止措置を執るとともに、(エ)一部の国(米、仏、独、伊、西、イラン、ベトナム)からの入国規制措置、(オ)クルーズ船の入港禁止などの措置を講じ、人と人との行き来、接触の機会をできうるかぎり少なくする措置を講じています。
3/17、18 新たに13名(全員がマレーシアの宗教行事参加者)   計37名
3/19 新たに10名   計47名
3/20、21、22 新たに37名の感染者    計84名
3/23 新たに3名(カンボジア人、マレーシア人、フランス人)   計87名
ベトナム航空は、東南アジア諸国とベトナムを結ぶフライトを3/21以降(4/30迄の見通し)全面運航停止とすることを発表
3/23から4/5まで、タイとカンボジアの国境が閉鎖
3/24 新たに4名(英国人2名、米国人2名)  計91名
3/25 新たに5名(フランス人2名、カンボジア人3名、1人はシェムリアップ)
    計96名
3/26 新たに2名(シェムリアップでインドネシア人2名)  計98名
3/30 新たに4名(一人は日本から帰国したカンボジア人)  計107名
3/31 新たに2名(シェムリアップの感染者の妻と子供)   計109名
4/2 新たな感染者1名    合計110名
4/3 新たに感染者4名    合計114名
4/7 新たに1名       合計115名
4/8 新たに2名       合計117名
4/9 新たに1名       合計118名
4/10 新たに1名       合計119名
4/11 新たに1名       合計120名
4/12 新たに2名       合計122名
その後0
4/30             合計122名
(内訳はカンボジア人51名、フランス人40名、マレーシア人13名、イギリス人5名、中国人3名、ベトナム人3名、インドネシア人2名、アメリカ人2名、カナダ人2名、ベルギー人1名)



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  1. 2020/04/30(木) 10:58:47|
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大晦日ですので、今年1年を振り返ります。

2019年12月31日(火) 

本日は2019年の大晦日。
11月7日に着工したマイホームが遂に完成しました・・・と発表する筈でしたが、残念ながらまだ完成していません。
妻から聞いていた所では、12月30日か31日には完成するとの事だったのですが、
まだ一部工事が残っていて、部屋と玄関の扉も取り付けられていません。
予定より一日、二日延びそうです。
でもまあ、仕方が有りません。
カンボジアでは一日、二日どころか、工期が1ヶ月遅れたと言うのもよく有る話ですので。

むしろ、こんなに早く工事が進んだ事の方が驚きです。
なんせ、着工からまだ1ヶ月と3週間しか経っていませんので。
まあ、ちっぽけな家ではありますが、それでも3ヶ月やそこらは掛かると思っていました。
妻に任せっきりにしていたので、妻は最初から知っていたのでしょうが、私の方はてっきり完成は2月か3月位だろうと思っていましたので只々ビックリしています。

まあ、完成してはいませんが、明日の元旦には予定通り引っ越しをして、新年を新居にて過ごします。
ちょうど明日は、私の66歳の誕生日でもあります。
誕生祝いを新居にて開いて貰いますです、ウシシ。
いや、2020年はねずみ年です、チュー。(何のこっちゃ)


前置きが長くなりましたが、本日で2019年も終わりますので、ちょっとだけ1年を振り返っておきます。
今年の博物館での一番大きな出来事は、何と言いましても10月から11月に掛けて行った日本での「アキラ氏平和講演会」です。
春先から準備に取り掛かり、一番最初に決まっていた引き受け手から突然断られたりと紆余曲折は有ったものの、何とか成功裏に終える事が出来ました。
中でも一番の収穫は、綿貫姉妹とアキラ氏の21年ぶりの対面を実現出来た事です。
次なる大きな出来事と言えば、愛知県一宮市のNGO「ふれあいサロン/さん・さんガーデン」さんのお力添えで、博物館内に「アキラ・カフェ」がオープンした事です。
まだ11月7日にオープンしたばかりですので、そんなに効果が挙がっている訳ではありませんが、これから段々来館者の増大に寄与してくれるものと期待しています。
私の個人的な事で言えば、まず一番目は、3月から別居していた妻と子を呼び寄せて一緒に住み始めた事です。
言葉の壁があって、中々思う様に意思の疎通が図れず戸惑う事も多く有りますが、それでも何とか上手くやっています。
年の差30歳ですが、私の精神年齢が低いので寧ろ姉さん女房的に妻に頼り切っています。
(ハハ、よくもまあこんな恥ずかしい事を平気で書きますなあ)
そして2番目が、最初に前置きで書きましたマイホーム作りでしょうか。
去年の10月に結婚しましたが、翌月の11月に土地を買い、1年後に家作りに着工する計画を立てていました。

以上が2019年の大きな出来事です。
「2019年度の目標2つ」で書きましたアキラ氏からのミッションと、12月13日に引いた風邪は新年に持ち越しますが(ここは笑って下さい)、2019年はまずまず計画通りに進める事が出来ました。
2020年がどんな年になりますか。
私の中では大きな目標がありますが、それは又改めて発表致します。

それでは、このブログを読んで下さいました皆様、どうぞ、良いお年をお迎え下さい。




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  1. 2020/01/01(水) 03:09:12|
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チヒ ドムライ(象に乗る)

2019年6月2日(日) 

ここカンボジアは、今は雨季です。
今年は、例年より少し早目の先月初旬に雨季に入りました。
しかし、年々雨季、乾季の様相が変わって来ていて、雨季だからと言っても毎日雨が降る訳では無く、また乾季なのに降ったりもします。
と言う訳で、今日も朝からいい天気。

そんな中、先日の木曜日、博物館を休んで家族で象に乗る為に「アンコール・トム」に出掛けました。
子供の通う幼稚園が、何故か木曜日が休みなので(1週間の内、日曜と木曜が休みです)。

妻と子はカンボジア人ですから遺跡入場料はタダですが、私は外国人ですからチケットを買わなければ遺跡エリアには入れません。
遺跡チケット代は、1日券が今は37ドルも掛かりますので(以前は20ドルだったのですが、一昨年の2月から一遍に倍近くに値上がりしました)、結構負担が大きいので、私がチケットを買うのは2011年3月にカンボジアに住む様になってからこれがたったの3回目です。

普段博物館に行く時には、遺跡エリアの中を通り抜けて行くので、チケットチェックポイントを通過しなければなりませんが、係員も、私が遺跡見学に行くのでは無く、アキラ地雷博物館に行くという事を知っているのでフリーパスで通してくれます(最初は止められて、事情を説明しました)が、この日はきちんと買ったチケットを見せて、3人乗りのバイクで颯爽と遺跡エリアに入りました。

朝の9時前にはアンコール・ワット西門前を通り抜けて、アンコール・トムの南大門手前のプノン・バケンの登り口に到着しました。
ここに象の乗り場が在り、その象に乗ってプノン・バケンに登るのが今回の家族サービスの最大の目的だったのです。
しか~し、ナンと乗り場の係員曰く、象はもう皆んな出払っていて、次は15時半からだと言うのです。

そんな殺生な・・・。まだ9時ですやんか。
そんなに早よ来な、象には乗れんのですカイ。



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仕方無いので諦めて、15時半に出直す事にして、その後アンコール・トムのバイヨン遺跡、タ・プローム遺跡などを巡り、ゆっくりと食事もして、15時前には朝の象乗り場に戻って来ました。
しかしその頃には一天にわかに掻き曇り、稲光がして、今にも降り出しそうになりました。
更に、妻のチェンダーが象乗り場の係員から言われたのは、午後の乗り場はここでは無く、バイヨン寺院だって。

そんなアホな。
朝と話が違うでないの。
段々、訳が分からなくなって来ました。

妻と私との会話は、簡単なクメール語、英語、日本語(あくまで、どれも簡単な)、そしてスマホの翻訳サイトなのですが、どれも不完全であり、通じない事もよくあります。

本当に、朝、象は出払っていたのか?
午後の乗り場はここでは無くバイヨン寺院と言うのは本当か?

疑心暗鬼と悪天候に心が挫け、もう帰ろうかとよっぽど思いました。
しかし、折角ここまで待って帰ったのでは、必ず後悔する事になると思い直し、もう一度信じることにしてバイヨン寺院に引き返しました。
バイヨン寺院で象乗り場を探し、やっと見つけて係員に聞くと、今度は何とプノン・バケンに象で登るには、子供は12歳以上で無いとダメだとのたまうではありませんか。

もうホンマに訳分からん。

その頃には雨が降り出したので一旦近くの休憩所で雨宿りし、頃合いを見計らって諦めて帰ろうとしてプノン・バケンの前を通り掛かった時、そこに象が居るではありませんか。
もう一度近付いて係員に聞くと、プノン・バケンには登らないが、この周辺を20分程廻ってくれると言うのです。

もうそれでいい、上等、上等。

金は大人20ドルずつ、ここはカンボジア人も同額ですが3歳の子供は無料でした。
私は勿論、チェンダーもリャサーも象に乗るのは生まれて初めて。
2人が大喜びするので、ついつい私も象の背中で童心に帰り、楽しい20分を過ごしました。
たったの20分ですが、かけがいのないものとなりました。
ただ、リャサーはまだ3歳ですから、この事はどうせ覚えていないでしょうが。

紆余曲折の一日でしたが、象に乗るという最大目的はどうにか達成出来、満足して家路に着きました。
チャンチャン



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  1. 2019/06/03(月) 21:58:56|
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家族で過ごした初めてのクメール正月

4月21日(日) 

もう終わって数日が経ちましたが、4月14日から16日までがカンボジア人にとって最大のイベントであるクメール正月でした。
もう何度かお話ししました通り、カンボジアでは正月が3回あります。
1回目が世界共通の1月1日の西暦の正月、2回目が2月の中国正月(春節)、そして3回目が一番盛大に祝われるこのクメール正月です。
正月の始まりは年によって若干異なりまして、女神(デバター)が降臨する時とされ、今年は14日の15時12分でした。
私にとっては、家族と過ごす初めての正月。
部屋に正月用の飾り付けを施し、14日の15時12分に合わせて線香を手向け、妻と子と3人でカンボジア式のお祈りをして女神様の到来を祝福しました。
(本当は星飾りをして、そこに女神様が入って来るのですが、部屋の外にゲストハウスのオーナーが設えた星飾りがあるので、それで代用しました。)


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正月が始まってからは、迂闊に外に出られません。
全くの無礼講で水掛けが行われるのです。
発祥はタイのソンクラン(水掛祭り)の様ですが、大人も子供も大きな水鉄砲やバケツを抱えて街を闊歩し、通り掛かった人に平気で水をぶっ掛けます。
バイクで走っていれば転倒もしかねません。
数年前には危険だからと中止命令が出たのですが、もう完全に復活していて、今年は特に激しかったです。
うちは外に出ないと言う訳には行きません。
何せ、家族で迎えた初めての正月なのですから。
親戚と一緒にお寺(パゴダ)にお参りしたり、パーティに招かれたり、子供を遊技場に連れて行ったりと、それはもう出突っぱりでした。
その度に我が家も、どれだけ水の洗礼を受けた事か。
「オメエラ、ええかげんにせえよ」と、何度も怒鳴りつけました(言葉は通じませんが)。
でもそれなりに、楽しくはありましたが。



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今年の干支はイノシシですね。
カンボジアにも十二支は有りますが、日本のヒツジとイノシシの所がカンボジアではヤギとブタになります。他は一緒ですが。
ですから、カンボジアでは今年はブタ年。
街の到るところにブタの模型や絵が飾られています。
女神様も、ブタに乗ってお出でになりましたとさ。



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話は変わりますが、昨日20日は妻の35回目の誕生日でした。
かつては親友であり、今は義理の弟になりますソテアレンの家に、妻の兄姉妹3世帯とソテアレンの兄姉妹3世帯、それに私の若いカンボジア人仲間が集まって、ささやかなバースディパーティを行いました。
妻は戸籍の上では33歳ですが、本当は35歳だそうです。
カンボジアではよく数え年を使うので、最初は数え年を言っているものと思っていましたが、どうやら本当に35歳。
と言いますのは、干支がネズミとの事なので。
カンボジアの戸籍は、昔は非常にいいかげんで、日本の様に生まれてから2週間以内に出生届を提出しなければならないと言う決まりでは無く、必要に応じて村長に申告して書類を作って貰っていたので、申告を何かの都合でわざと違えたり、単純に間違えたり、村長の方が間違えたりして結構事実と異なっているケースが多いのです。
私の周りだけでも数人居ます。
ですから、妻のチャンディーも、昨日戸籍上は33歳になりましたが、本当は35歳になったと言う訳です。
前にブログに誤った情報を載せてしまいました事をお詫びし、訂正したいと思います。ナハッ



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  1. 2019/04/21(日) 20:19:01|
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「カフェHOC」開店4周年記念パーティに参加の記

2019年2月17日(日) 

寒い日本とは裏腹に、カンボジアでは毎日暑い日が続いています。
12月、1月は朝晩は結構涼しかったのに、今は夜中でも暑い毎日。
例年、3月、4月が一年中で最も暑い時期なのですが、今年は少々フライング気味です。

そんな中、4日前の2月13日(水)に、仲間3人と一緒にシェムリアップから西南約180キロの地バッタンバンに行って来ました。
このバッタンバンの地で、2009年からカンボジア人僧侶と一緒に孤児院を運営している岩田亮子さんが、その孤児院の自立プロジェクトの一環として、又、卒業生の雇用の場として立ち上げた「カフェHOC」の開店4周年記念パーティに出席する為に。

岩田さんの事は日本のテレビにも何度か取り上げられていますし、このブログにも数回登場頂いていますので、ご存知の方も多いと思います。
又、「アキラ地雷博物館・日本人応援団」の団員でもあり、応援団の呼び掛け人7人の内の1人としてプロフィールとメッセージを私のHP「アキラ地雷博物館・日本人応援団」の方に寄稿して貰っていますので、そちらを御覧頂くという事でこの場での詳しい紹介は割愛致しますが、兎に角凄い人です。

その岩田さんを訪ねて、2月13日の朝8時発のメコンバスに乗り込み、一路バッタンバンを目指しました。
一緒に行ったのは、カンボジア人の若い仲間のダリスとサッチャー。この2人とは、昨年5月にも一緒に「カフェHOC」を訪問しています。
もう1人は今井さんと言う日本人で、バッタンバンに1年間住んだ後、先月31日にシェムリアップに引っ越して来た人で、農業と水の浄化活動でアキラ氏を応援してくれているNPO法人「風のクリキンディ」の代表です。
この3人と一緒にバッタンバンに到着したのが午後1時。
普通なら、途中休憩を入れてもバスで3時間半位で到着する筈なのですが、何で5時間も掛かったかと言うと、途中で警察の検問に引っ掛かってしまったのです。
今まで、バスの故障により何時間も遅れたと言うのは何度か経験がありますが、検問で止められて何時間も到着が遅れたのは初めての経験です。
説明が無いので詳細は分かりませんが、サッチャーが言うには税金のステッカーを警察が指さしてドライバーに説教していたとの事なので、恐らくこのメコンバスの車輌が税金を滞納していたのでしょう。
まあここは、ユルさが売りのカンボジア。
これ位の事でピリピリしていたのでは、生きて行けません。
幸い、パーティは夜なのでのんびりとバスが動き出すのを待ちました。
乗客の多くは外国人でしたが、誰一人ドライバーや警察に食って掛かるでも無く、皆んなカンボジア慣れしているのか外に出てトイレを借りたり、タバコを吹かしたりしていました。
日本だったら、大変な事になっていたでしょうが・・・。
そんなトラブルを乗り越えて目的地バッタンバンに到着し、食事の後花屋に寄って、お祝いの花束を用意して「カフェHOC」を訪問したのが午後3時。
岩田さんを始めとするスタッフや日本から応援に駆けつけたメンバー数人が、7時から始まるパーティの準備に追われていました。
岩田さんに挨拶だけして、我々は直ぐにホテルに行ってチェックインし、私とダリスとサッチャーはバッタンバン観光に出掛けました。
と言ってももう何度も来ているし、時間も余り無いので行った先は「ワイナリー」と「コットンクラブ」だけでしたが。



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「コットンクラブ」は前にも一度訪問した事がありますが、元NHKの社員であった日本人の古澤敦さんが、地雷原を綿花畑に変えてオーガニックコットン製品を作って販売する事で、カンボジア人の雇用を生み出す為に立ち上げたNPO法人です。
その2箇所の見学を終えてホテルに帰り、7時キッカリに「カフェHOC」に参上しました。



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その時には客はまだまばらでしたが、その後大勢が押しかけてやがて満席となりました。
日本人だけでなく、10人近くの外国人の姿も見られました。
日本人は、カンボジア在住者だけでなく、この日の為にわざわざ日本から駆け付けた人も居まして、その中には岩田さんの90歳のお父上と、岩田さんの同級生、そして全国各地の岩田さんのファン総勢20名の方が、参加されていました。
4年間の活動ビデオ上映から始まり、子供たちの合唱やら日本からの応援団の方々の出し物、コマ回し、ビンゴゲームも有りました。
2時間余りの楽しい一時でした。食事も堪能しました。
参加者全員が岩田さんの活動を讃え、カフェ開店4周年を祝福していました。

この日が開店4年目と言う事ですから、オープンしたのは2015年2月13日です。
私は、開店直前でまだ工事中だった2015年1月と、2017年2月、2018年5月にこのカフェを訪れていますので、今回が4度目という事になりますが、来る度に料理の種類も増え、アイデアを次々と取り入れて、地域の皆様に愛されるカフェとなっている様に思います。
岩田さんの、カフェに掛ける熱い思いが伝わって来て感動しました。



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パーティの翌日の14日には、岩田さんと、日本から応援に駆け付けた20人の一行がチャーターしたバスに便乗させて貰って、一緒にシェムリアップに帰って来ました。
そして、レストランで昼食後、博物館を案内致しました。
岩田さんが博物館に来られたのは、これが2回目でしょうか。
前には、HOCの子供たちを一緒に連れて来てくれて、リリーフセンターの子供たちとの交流を深めて貰いました。



無題



岩田さんと私は同い年の65歳。
どちらが先にくたばるかは分かりませんが、生きている限りお互い今の活動を続けて行きたいものですねえ、岩田さん。
まあ、活動の内容は月とスッポンで、私がやっている事は岩田さんの足元にも及ばず、飲んだくれの日々ではありますが。ウガー




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  1. 2019/02/18(月) 00:00:47|
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