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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

新型コロナに翻弄される毎日

2020年3月29日(日)

昨年の12月に中国の武漢で発生したと言われている新型コロナウィルス感染症が、近隣諸国から今や世界中に拡がって大変な事態を引き起こしています。
今日現在の世界の感染者数はおよそ57万人であり、中でもイタリア9万2000人、アメリカ8万5000人、中国8万1000人、スペイン7万2000人、ドイツ4万8000人、フランス3万7000人、イラン3万5000人が際立っています。
日本でも患者数が2000人に迫り、ここに来て感染爆発が心配される状況になって来ています。

そんな中、カンボジアも例外ではありません。
1月、2月はまだ比較的のんびりした状況で、1月27日に第1号患者(中国・武漢からカンボジアのシアヌークビルを訪れていた中国人)が出現したとの報道があってから以降、コロナの話題はほぼ途絶えていました。
まあ、2月10日頃日本が寄港を断ったクルーズ船「ウエステルダム号」をカンボジア政府が受け入れて、フン・セン首相が得意満面でマスクもせずに乗客と握手を交わしたと言うのがニュースになりはしましたが。

しかし、3月になって状況が一変します。
まず3月5日に、シェムリアップ在住で最近フィリピンに渡航し、その後シェムリアップに戻り自身の経営する「送り出し機関」で数日間仕事をした後日本に渡った三重県出身の男性(この人とは、まだ一度も顔を合わせた事はありませんが、昔同じゲストハウスに住んでいた事があり、一応知り合いです)が、名古屋のセントレア空港で新型コロナ患者と確認され入院、そしてその男性の経営するシェムリアップの「送り出し機関」の共同経営者と生徒達44人が検査を受け、その内の1人である共同経営者のカンボジア人男性(この人とは何度か会った事があります)の感染が確認され入院。
この、私も知り合いのカンボジア人男性患者が、カンボジア国内での2人目のコロナ患者という事になり、カンボジア人患者第1号と言う事になります。
そして、これを受けてシェムリアップの学校は一斉休校となり、私の娘の通う幼稚園も休みとなりました。
その後、日を追うごとにカンボジアのあちこちで患者が出現する様になり、そしてその患者の殆どが外国人か、外国からの帰国者である為、14日にはイタリア、ドイツ、スペイン、フランス、アメリカ、イランに対する入国禁止措置が発令され、続いてカンボジア国内の全ての学校の休校、博物館、映画館などの公共施設の閉鎖、宗教行事、コンサートなどの集会の禁止、クルーズ船の入港禁止などの措置が次々と打ち出されました。
これにより、「アキラ地雷博物館」も19日から閉鎖となってしまいました。
それで無くてもその前から来館者が激減していたのに、閉館となっていよいよ収入源が断たれてしまいアキラ氏も頭を抱えています。
シェムリアップの街も、観光客の激減によりみやげ物店などの多くがシャッターを下ろしていて、普段観光客でごった返しているオールドマーケットも今や青息吐息。
これがいつまで続くのか、本当に悩ましい限りです。
カンボジアでは、政府からの休業補償や生活支援策など望むべくもありませんので、長引けばホントに死活問題です。
27日現在のカンボジアの患者数は98名との事でしたので、恐らく今日は既に100名を超えているでしょう。
世界的に見ればまだ少ないですが、でもこれもあくまで政府の発表した数字であり、本当はもっともっと多いと言うのがもっぱらの噂です。
何せこの国はフン・セン独裁体制ですので、情報統制など朝飯前ですから。

私自身も、このコロナ禍で色々と苦難を強いられています。
当初の予定では、3月25日から4月28日までの1ヶ月超、妻と子供を初めて日本に連れて行き、桜を見せたり、仲間や親戚に紹介する積りでした。
また、東京始めあちこち観光にも連れて行く積もりでいました。
ですから、2月には妻と子のパスポートを作り、3月に入ってビザも取得し、飛行機のチケットも購入済みでした。
しかし、3月7日にシェムリアップで初の感染者が出て、又日本での感染拡大をネットニュースで見るにつけ、家族を危険に晒す訳には行かないとの思いから12日に断腸の思いで日本行きのキャンセルを決断しました。
又、18日には岡山から中学時代の同級生が夫婦でカンボジアに来る事になっていましたが取り止めとなりましたし、その他複数の知人や予約のお客様のキャンセルが相次ぎました。
それぞれが大変楽しみであり、計画も綿密に立てていただけに、気持ちが大きく落ち込みました。新型コロナ憎しの思いで一杯です。
しかしまあ、私の気持ちの落ち込みなど高が知れています。
カンボジアでも日本でも、そして世界中でこの新型コロナによって命を脅かされている人が大勢います。
一刻も早い終息を祈るばかりです。




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  1. 2020/03/29(日) 19:56:45|
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「新年早々帯状疱疹を患う」の巻

2020年2月9日(日) 

ついこないだ新年を迎えたと思ったばかりなのに、もう1月も終わり既に2月も2週目です。
本当に早いですねえ。
皆さんは、1月をどの様にお過ごしになられましたか?
新年を迎えて気持ちを新たにし、夢を描いたり、今年の目標や計画を立てられた方も多いのではないでしょうか。
1月とは年の始めであり、希望に向かって船出する大切な月です。

ああそれなのに、それなのに・・・
私はと申しますと、何と大変な病を患い、ずっと床に臥せっていました。
そんな訳で、このブログも12月31日以降全く書く事が出来ませんでした。

な~んちゃって。
それは半分ウソで、横着してブログを書かなかった事の言い訳です、ごめんなさい。
ですが、病気になったのは本当です。

1月1日に新居に引っ越し、家族3人で正に希望に向かって船出し、1月9日にはその新居で100人超の友人、知人、親戚に集まって貰って、(その中にはアキラ氏を始め博物館関係者も大勢来てくれましたが)お披露目パーティをしたところまでは良かったのですが、その目出度さの裏で実は病が着々と体を蝕んでいたのでした。


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12/10日頃に引いた風邪が1月になっても治り切らないで、体調が優れず博物館も休みがちな中で、1/6日頃に足の大腿部に発疹が出ました。
そしてそれは痒いのでなく、痛いのです。

もう何かお分かりでしょう。そうです、「帯状疱疹」です。
日本でも、ナイナイの岡村隆史やハイヒール・モモコ、大相撲の逸ノ城などの著名人が発症したと言ってはワイドショーなどで取り上げられた為結構名前の知られた病気です。
ネットで調べると、「『帯状疱疹』とは、水ぼうそうウィルスの再感染のことであり、子供の頃に罹った水ぼうそうのウイルスが、神経の中に生き残り(潜伏感染)、それが再び活性化して起こる疾患です。疲労、ストレスなどが引き金になります。」とあります。
私の場合はそれ程重症化しなかったので入院はしませんでしたが、人によっては入院するケースも稀では無い様です。

1月7日には予約があって博物館に出て久しぶりにガイドしたのですが(それまでは風邪で長いこと休んでいました)、その後から大腿部の発疹だけでなく胸や後頭部、腰の辺りも擦るとピリピリと痛く、体全体が重だるく歩くのも辛くなりました。
これはヤバいと翌8日にいつも行くローカルのクリニックでは無く、日本人経営の大き目な病院に行き、そこで予想通り「帯状疱疹」と診断されました。
ここで5時間おきに飲む錠剤と発疹に塗る軟膏を処方されたのですが、9日の新築パーティの為にわざわざ遠隔地のタケオから駆けつけてくれた妻の両親や姉妹などのカンボジア人、またパーティに参加してくれた友人のカンボジア人、そして妻のチェンダー、勿論彼女もカンボジア人ですが、これらカンボジア人が総掛かりで、「西洋医学に頼るので無く、「クルクマエ」の所に行け」とのたまうのです。
「クルクマエ」とは、これまでも何度かこのブログで取り上げましたが、カンボジアの伝統療法士の事です。
私としては、日本人経営の病院できちんと病名も告げられ、薬も処方されたのだから何も非科学的、迷信的な「クルクマエ」の所に行く必要は無いと、最初は抵抗していたのですが、何せ多勢に無勢で、終いには「はい、喜んで『クルクマエ』の所に行って来ます」と言ってしまい、パーティ終了後の夜の9時過ぎに、妻のバイクに乗せられて家から5キロ程先の結構有名らしい「クルクマエ」の自宅に連れて行かれました。

カンボジア人は兎に角、「クルクマエ」と「タイガーバーム」が大好きです。
「タイガーバーム」とは中国生れの軟膏で、ありとあらゆる症状に効く万能薬と思われていて、腹が痛い時には腹に塗り、肩が凝った時には肩に塗り、胸が苦しい時には胸に塗ります。
今回の話の流れで「タイガーバーム」は一切無関係なのですが、かねてより、いつか機会があったら書こうと思っていたので、ついでに書きました。テヘッ
それは兎も角、昔経験した「クルクマエ」では、指圧であったり薬草を布に塗って巻きつけたりだったのですが、今回のは正にこれぞ「クルクマエ」。
薬草を口に含んで、何やらお経を唱えながら唾と一緒にペッペッと発疹に吹き付けるだけなのです。
これを朝晩2回ずつ10日間通い続けました。
するとアラ不思議、何と発疹がほぼ綺麗になりました。
カンボジア人に聞くと、西洋医学では発疹が消えるのに1ヶ月は掛かると言うのですから、あっぱれ「クルクマエ」です。
お金も、毎回ほんの気持ち程度のお礼と最後に果物などのお供えと少し多目のお礼をしただけなので、病院で支払うよりも遥かに安くて済みました。
これからは、病気になったら病院に行かずに「クルクマエ」の所に行こうっと・・・・。
まあ、それは冗談です。
カンボジア人には悪いですが、今回は上手く行ったとはいえ、ああした治療(?)がいつも上手く行くとは日本人の私にはどうしても思えません。


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発疹は1月18日にはほぼ綺麗になったのですが、その後もチクチクした痛みは続き、体が本調子になるまでにその後もかなりの時間を要しました。
よって、1月いっぱい博物館は休みました。
この間、お客様には多大な御迷惑をお掛け致しました。
また、このブログも長いことお休みしてしまいました。
ここに謹んでお詫び申し上げます。
これからは、また真面目に取り組んで行きたいと思います。
・・・と言いながらも、恐らく又生来の横着病が出て、しょっちゅう博物館もブログも休むのでは無いかと容易に想像が付きますが、どうぞ御容赦下さい。では、また。




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  1. 2020/02/09(日) 20:58:08|
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我が持病の「本態性振戦」

2019年6月16日(日) 

突然ですが、「本態性振戦」って、聞かれた事ありますか?
これは、私が長年患っている病気の名前です。


皆さん、こんにちは。
私は今、愛する妻と子供をカンボジアに残して、単身岡山の実家に帰って来ております。
と言いましても、20日にはもうカンボジアに戻りますが。
父が昨年5月に93歳で他界し、母も認知症とパーキンソン病を患ってケアホームに入っていますので、実家にはもう誰も住んでおりませんで空き家状態ですが、電気と水道はそのままにしていますし郵便物もここに届くので、帰国の折には必ずここを利用します。

今回は、4月に急逝した中学の時の同級生の悔やみに家を訪問する事、来月91歳になるケアホームの母を見舞う事、年金の手続きの為年金事務所を訪問する事などが主な目的で、8日の夜にカンボジアを発ち日本に帰って来たと言う訳です。
カンボジアも雨季に入っていて雨の日が多いですが、日本も多くの地域が入梅していて同じ様に雨の日が多いです。
但し、岡山はまだ入梅していませんで、今日も一日中晴れでしたが。

そんな訳で、今回のブログのテーマはカンボジアを離れ、全く関係の無い私の持病の話しです。
こんな時でもないと、この様な病気の話など書く機会はありませんので、申し訳無いですがどうぞお付き合い下さい。

さて、この「本態性振戦」。
どんな病気かと言いますと、字を書く時やコップを持つ時、或いはボタンを掛ける時に手が震える病気です。
「本態性」と言うのが原因不明を表し、「振戦」と言うのが震えを表す言葉なので、要するに原因不明の震えと言う訳です。
原因不明と言っても、高血圧が多少関係しているのではないかと勝手に思っていますが。
私も40歳を過ぎた頃から高血圧症になり、その頃から「本態性振戦」の症状が現れて来ましたので。
もっとも、その頃はまだ「本態性振戦」と言う病名も医者の間ですら一般的では無く、脳神経外科でCT検査をして、脳が少し萎縮しているからそれが原因かと言われた位でした。
そこから数年後、新聞の広告欄に手の震えを抑えるサプリメントの紹介記事が出る様になり、そこで初めて「本態性振戦」と言う病名に行き着きました。
その頃読んだ病気の解説書によると(今回改めてネットで検索して見ましたが、その記載が見つからないので正確では無いですが)、副交感神経が異常に興奮してアドレナリンが出過ぎている為に起こる症状で、その為手が震える様な事を書いていました。
その新聞広告で見たサプリメントを手に入れて試しもし、又、病院で処方された血圧降下剤の一種のβブロッカーを飲みもしましたが殆ど効果は無い為治療は諦め、気長に付き合う事にしました。まあ、命に別状は無いですから。

只、大変不便であり、恥ずかしい思いをします。
何せ、書いた字が「みみずが這った」どころか「ムカデがのたうち回った」様な字になり、自分でも読めない事がよくあるのですから。
人前で書く時には、手が震えているのを怪訝な顔で見られるので、「これは本態性振戦と言う病気の為です」と大抵先に言う事にしています。そうでないと、こいつはアル中(アルコール中毒)かと疑われてしまいますので。

皆さん、私は確かに酒飲みですが、本当にアル中ではありませんので、どうか、どうか信じてやって下さい。

若い人は分からないでしょうが、今から43年前に起きた航空機の輸入を巡る贈収賄事件・ロッキード事件で国会の証人喚問に呼ばれた全日空社長の若狭得治が、宣誓書に署名する際に手が震えて字が書けない状態となり、それがテレビ画面に大写しされてセンセーションを巻き起こし、あれは極度の緊張の為だと報じられましたが、後から私が思うに、彼も本態性振戦を患っていたのではないかと考えています。

本態性振戦の患者は日本にも相当数居る様ですが、その割にはまだまだ病名が認知されていません。
皆さん、どうかこの病名が広く知れ渡る様にお力をお貸し下さい。
でないと、いつまでもアル中と疑われて肩身の狭い思いをしますので。
もう一度言いますが、私は決してアル中ではありませんので、くれぐれも誤解無き様お願い致します。
あと、製薬会社の関係者の方は、早く特効薬を開発して下さい。


以上、心よりお願いして、今日のブログを終了致します。
チャン、チャン。




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  1. 2019/06/17(月) 08:29:14|
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骨折未だ完治せず

6月18日(日) 

日本では、今の時期空梅雨で農作物の被害が心配されている様ですが、こちらカンボジアでもここの所雨が少なくて、今日も朝からいい天気です。
雨季に入ったのは例年より早く、4月から再々降り出して、5月の初めにはもう雨季に入ったと思われますが、6月には降る日と降らない日が半々位です。

さて、先週も相変わらず引き篭もり状態でしたので、ろくなブログネタが有りません。
よって、又もや面白くも何とも無いですが、足の骨折のその後の様子でも記すことに致します。
チェッ、つまんない、そんな話など読みたくも無いと仰るそこのアナタ、では、これから書く話とは全く関係無いですが、面白ネタを一つ紹介致します。
私のお笑いネタ自信作の「デング熱」です。これは絶対笑って頂けると思いますので是非お読み下さい。

話を元に戻しますが、これから書く文章を読んでやろうと仰る奇特な方の中には初めての方もいらっしゃるかも知れませんので、発端から書きますと、バイク事故により足を骨折しましたのが先月の10日でした。
最初行ったクリニックでは、骨折にも関わらずギブスを嵌めるでも無く、ただ薬を塗って包帯を巻き、後は毎日自分でこの作業をする様にとの事。
「治るのに3ヶ月、いやアンタは年寄りだから半年位掛かるかな」とのたまいました。
「ゲエッ、何でたかが骨折位で半年も掛かるんだよ、冗談じゃ無い」と憤りを感じ、別のクリニックを受診しグラスファイバーのギブスを嵌めて貰ったのが先月の16日でした。
ギブスを嵌めた当初は痛くて堪らず、足を床に着ける事も儘ならなかったのですが、その後少しずつ痛みも和らぎ、やがて、松葉杖を使っての外出も出来る様になりました。
ですから、殆ど引き篭もっては居たのですが、何日かは予約が入ったりして博物館にも出掛けましたし、アキラ氏に会いに行ったりもしました。勿論バイクには乗れないので、トゥクトゥクを頼んだりソテアレンにバイクに乗せて貰ったりして。
そして、事故から1ヶ月経った今月10日頃には痛みも殆ど感じなくなりましたので、この分ならもうギブスも外せるぞと思い、15日を外す日と決めました。
しかし、その15日にガイドの予約が入りましたので、急遽14日にソテアレンにクリニックに連れて行って貰い、ギブスを外しました。
まず、ギブスの上からレントゲンを撮り、骨が繋がっているのを確認した上で、大きなハサミでギブスを切って行きました。
ギブスの上からレントゲンが撮れるという事にまず驚きましたが、ハサミの先が身に当たり結構痛い事に驚き、身を切られるのではないかとビクビクしましたが、何とか完全に外れた時には緊張で固くなっていた全身の力が抜けて本当にホッとしました。

やれやれ、これで自由に動けるぞ・・・と思ったのですが、実はそうではありませんでした。
15日には早速バイクで博物館に出掛け、ガイドを1組こなしたのですが、まだ足がパンパンに腫れていて、1時間の立ちっ放しに足が悲鳴を上げました。
骨折の痛みはもう無いのですが、1ヶ月間ずっとギブスで固めていたので、その圧迫痛だと思われる足の痛みと腫れが残っています。
ですから、この日は1組だけで切り上げて帰宅し、16日から又休んでいます。
まあ、歩けはするのでちょこちょこ外出していますが、腫れだけで無く痛みも有り完治には程遠いのが現状です。
でもまあ、もう10日もすれば腫れも痛みも無くなって、完全復活出来るのではないかと期待している今日この頃です。


骨を折ったのは自業自得だったのですが、この動けない間、私の為に骨を折ってくれた人達が何人か居ます。その筆頭は何と言ってもソテアレンです。
ほぼ毎日、食事に出られない私の為に、嫁のチャントリアが作った料理を届けてくれました。
感謝、感謝です。
それから、何人かの人がお見舞いに果物を届けてくれました。
ドリアンやマンゴー、マンゴスチン、ランブータン、ロンガン、ドラゴンフルーツなど。
重なってしまい一人で食べるには余りに多く、お裾分けをしても尚多く、腐らせては勿体無いので一生懸命食べました。食べ切るのに本当に骨が折れました。

まあ、そんなこんなで、骨を折った後も骨を折って貰ったり、骨が折れる毎日でした。
ええい、何のこっちゃ。


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                レントゲン撮影

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  1. 2017/06/18(日) 11:42:04|
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骨折り損のくたびれ儲け

2017年5月22日(月) 

人の為に骨を折るのは、大変素晴らしい事だと常々考えていますが、自分の骨を折るのは何ら世の中の役に立たないばかりか、痛くて不便この上ないんで、全く無意味だと考えています。
にも関わらず、この度自分の骨を折ってしまいました。
いわゆる骨折というヤツです。
ああ、1月以来の不幸ネタの洪水、もう沢山です。

今月10日、日本のゴールデンウィークを挟んだ10日間、一日も休まず博物館でガイドの仕事をやり通したと威張ってブログをアップしたその日の夜、バイクで事故ってしまいました。

カンボジアに来てからのバイク事故は、これが4回目です。
最初が2013年12月10日。飛び出して来たバイクとぶつかって転倒し意識を失い、救急車で病院に運ばれそのまま入院。
「遂に身体も壊れちゃいました」
2回目が2016年7月26日。あの田辺美穂子さんをホテルに送り届けようとした瞬間、後ろから来たバイクに引っ掛けられて転倒し、かすり傷からばい菌が入ってその後浮腫を切開する羽目に。
ブログ復活第一弾「言い訳」
3回目が先月のクメール正月の最終日の4月16日。これは股の間に挟んでいた荷物が動いてバランスを崩して転倒し、胸を強打。
そして今回は、夜、小雨が降る中での正面衝突。

最初の2件は相手に非が有り、3件目は自損事故。
しかし、今回は完全にこちらに非があって、相手も足の小指の骨を折りました。
この事故で、さすがにバイクに乗るのが恐ろしくなりました。
まあ、これ位で済んだからまだしも、場合によっては命も落としかねません。
現にカンボジアでは、交通事故死亡者が年々増え続けています。
私の場合、博物館に行くのにバイクは欠かせませんので、乗らない訳には行きませんが、今までの様な熟年暴走族の走りは自粛して、安全運転に心掛けたいと思っています。
4回目の事故にして、やっとその事に気が付きました(遅い!)



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事故をした10日の夜、足は腫れていましたがまだ歩けたので、まさか折れているとは思っていませんでした。
翌日の11日には大事な予約が入っていたので、トゥクトゥクを呼んで博物館に行き、ガイドを1つこなしました。
そしてその後シェムリアップまで戻り、クリニックに行ってレントゲンを撮ったら骨折判明。
左足の甲の骨が折れていて、くるぶしを強打したのかエラく腫れています。
てっきりその場で石膏で固めるものと思っていたら、そのクリニックでは薬を塗って包帯を巻くだけ。明日からは自分で薬を塗って包帯を巻けとの事。
治るのは3ヶ月以上半年位先だとも。
冗談じゃ無い、たかが骨折位でそんなに長く掛かって堪るかと、素人判断ながら石膏で固めた方が絶対早く直る、それをしてくれる病院を探そうとクリニックを後にした瞬間から固く決意しました。
そして16日、友達のソテアレンに頼んで、別のクリニックに連れて行って貰い、石膏で固めました。本当は石膏では無く、グラスファイバーですが。
ネットで調べると、今は日本でも骨折治療は石膏では無くグラスファイバーで固める様です。
白いストッキング状のものを足に捌かせて、水を少し付けるだけで数分後ガチガチに固まるのです。
それを捌かせる時、3人掛かりで折れている足を容赦無く手で押さえつけ、弾力性の乏しいそのストッキング状のものを足の指先から膝に向けて数センチ単位で力任せに巻き上げて行くのですから、その痛い事ったらありゃしない。
もっと他に方法は無いのかよと思いながらも何とか痛みに耐えて、その治療を終えました。


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しか~し。

足を固めれば、痛みも前よりは感じなくなるだろうと考えていたのですが、おっとどっこい、前より格段に痛みが増しました。
前は引き摺りながらでも歩けたのですが、固めてからは足を地に着ける事も痛くて出来なくなりました。
前は、部屋の中では足を使って歩いていたのですが、固めてからは松葉杖無しには部屋の中でも動けなくなりました。
まあ、固めた2日目位から何とか立つ事は出来る様になりましたのでシャワーを浴びたりは出来るのですが、歩く事は今でもまだ出来ません。
事故をしてからもう直ぐ2週間。
当然ながら、ずっと博物館も休んでいて、そろそろ出掛けないと拙いぞと気が焦るのですが、何せ私の住まいは4階でして、(エレベーターなんて洒落たものは、カンボジアではホテルとか特別な所以外はまず有りません。)階段の上り下りは危なくて松葉杖が使えないので、外に出る事が出来ません。外に出てしまえば、松葉杖を使って何とかなるのですが。
そんな情けない日々を過ごしています今日この頃です。

来年には、私のこれからの残された人生の中で最大のイベントである「アキラ氏平和学習講演会」を控えております。
これからはその準備に専念したい、もうこんな不幸に付き合っている時間も心の余裕も無いので、1月から続いた不幸ネタは何としてももうこれを最後にしたいです。
治ったらお祓いでもして貰って、疫病神を追い払いたいと考えています。


話しは変わりますが、
カンボジアでは来月4日が地方選挙の投票日でして、一昨日から6月2日までの14日間が、選挙運動期間です。
聞くところによると、与党の人民党も野党の救国党もかなりの動員を掛けて運動を展開している模様です。
そして、いよいよ来年の今頃(7月か?)、総選挙が実施されます。
私は、日本の政治にも大変憂いを感じていますが、この国の政治体制にも危ういものを感じています。
何とか政治刷新が行われる事を願っています。
私自身は何も出来ないですけど、私の周りで政治を変えたいと頑張っている人々を応援したいと思っています。その人達が「骨折り損のくたびれ儲け」にならない様、祈っています。

やったー、上と下の文章が繋がったあ。骨はまだ、折れたままで繋がってないけど・・・。




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  1. 2017/05/22(月) 14:17:50|
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