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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

骨折未だ完治せず

6月18日(日) 

日本では、今の時期空梅雨で農作物の被害が心配されている様ですが、こちらカンボジアでもここの所雨が少なくて、今日も朝からいい天気です。
雨季に入ったのは例年より早く、4月から再々降り出して、5月の初めにはもう雨季に入ったと思われますが、6月には降る日と降らない日が半々位です。

さて、先週も相変わらず引き篭もり状態でしたので、ろくなブログネタが有りません。
よって、又もや面白くも何とも無いですが、足の骨折のその後の様子でも記すことに致します。
チェッ、つまんない、そんな話など読みたくも無いと仰るそこのアナタ、では、これから書く話とは全く関係無いですが、面白ネタを一つ紹介致します。
私のお笑いネタ自信作の「デング熱」です。これは絶対笑って頂けると思いますので是非お読み下さい。

話を元に戻しますが、これから書く文章を読んでやろうと仰る奇特な方の中には初めての方もいらっしゃるかも知れませんので、発端から書きますと、バイク事故により足を骨折しましたのが先月の10日でした。
最初行ったクリニックでは、骨折にも関わらずギブスを嵌めるでも無く、ただ薬を塗って包帯を巻き、後は毎日自分でこの作業をする様にとの事。
「治るのに3ヶ月、いやアンタは年寄りだから半年位掛かるかな」とのたまいました。
「ゲエッ、何でたかが骨折位で半年も掛かるんだよ、冗談じゃ無い」と憤りを感じ、別のクリニックを受診しグラスファイバーのギブスを嵌めて貰ったのが先月の16日でした。
ギブスを嵌めた当初は痛くて堪らず、足を床に着ける事も儘ならなかったのですが、その後少しずつ痛みも和らぎ、やがて、松葉杖を使っての外出も出来る様になりました。
ですから、殆ど引き篭もっては居たのですが、何日かは予約が入ったりして博物館にも出掛けましたし、アキラ氏に会いに行ったりもしました。勿論バイクには乗れないので、トゥクトゥクを頼んだりソテアレンにバイクに乗せて貰ったりして。
そして、事故から1ヶ月経った今月10日頃には痛みも殆ど感じなくなりましたので、この分ならもうギブスも外せるぞと思い、15日を外す日と決めました。
しかし、その15日にガイドの予約が入りましたので、急遽14日にソテアレンにクリニックに連れて行って貰い、ギブスを外しました。
まず、ギブスの上からレントゲンを撮り、骨が繋がっているのを確認した上で、大きなハサミでギブスを切って行きました。
ギブスの上からレントゲンが撮れるという事にまず驚きましたが、ハサミの先が身に当たり結構痛い事に驚き、身を切られるのではないかとビクビクしましたが、何とか完全に外れた時には緊張で固くなっていた全身の力が抜けて本当にホッとしました。

やれやれ、これで自由に動けるぞ・・・と思ったのですが、実はそうではありませんでした。
15日には早速バイクで博物館に出掛け、ガイドを1組こなしたのですが、まだ足がパンパンに腫れていて、1時間の立ちっ放しに足が悲鳴を上げました。
骨折の痛みはもう無いのですが、1ヶ月間ずっとギブスで固めていたので、その圧迫痛だと思われる足の痛みと腫れが残っています。
ですから、この日は1組だけで切り上げて帰宅し、16日から又休んでいます。
まあ、歩けはするのでちょこちょこ外出していますが、腫れだけで無く痛みも有り完治には程遠いのが現状です。
でもまあ、もう10日もすれば腫れも痛みも無くなって、完全復活出来るのではないかと期待している今日この頃です。


骨を折ったのは自業自得だったのですが、この動けない間、私の為に骨を折ってくれた人達が何人か居ます。その筆頭は何と言ってもソテアレンです。
ほぼ毎日、食事に出られない私の為に、嫁のチャントリアが作った料理を届けてくれました。
感謝、感謝です。
それから、何人かの人がお見舞いに果物を届けてくれました。
ドリアンやマンゴー、マンゴスチン、ランブータン、ロンガン、ドラゴンフルーツなど。
重なってしまい一人で食べるには余りに多く、お裾分けをしても尚多く、腐らせては勿体無いので一生懸命食べました。食べ切るのに本当に骨が折れました。

まあ、そんなこんなで、骨を折った後も骨を折って貰ったり、骨が折れる毎日でした。
ええい、何のこっちゃ。


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                レントゲン撮影

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  1. 2017/06/18(日) 11:42:04|
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骨折り損のくたびれ儲け

2017年5月22日(月) 

人の為に骨を折るのは、大変素晴らしい事だと常々考えていますが、自分の骨を折るのは何ら世の中の役に立たないばかりか、痛くて不便この上ないんで、全く無意味だと考えています。
にも関わらず、この度自分の骨を折ってしまいました。
いわゆる骨折というヤツです。
ああ、1月以来の不幸ネタの洪水、もう沢山です。

今月10日、日本のゴールデンウィークを挟んだ10日間、一日も休まず博物館でガイドの仕事をやり通したと威張ってブログをアップしたその日の夜、バイクで事故ってしまいました。

カンボジアに来てからのバイク事故は、これが4回目です。
最初が2013年12月10日。飛び出して来たバイクとぶつかって転倒し意識を失い、救急車で病院に運ばれそのまま入院。
「遂に身体も壊れちゃいました」
2回目が2016年7月26日。あの田辺美穂子さんをホテルに送り届けようとした瞬間、後ろから来たバイクに引っ掛けられて転倒し、かすり傷からばい菌が入ってその後浮腫を切開する羽目に。
ブログ復活第一弾「言い訳」
3回目が先月のクメール正月の最終日の4月16日。これは股の間に挟んでいた荷物が動いてバランスを崩して転倒し、胸を強打。
そして今回は、夜、小雨が降る中での正面衝突。

最初の2件は相手に非が有り、3件目は自損事故。
しかし、今回は完全にこちらに非があって、相手も足の小指の骨を折りました。
この事故で、さすがにバイクに乗るのが恐ろしくなりました。
まあ、これ位で済んだからまだしも、場合によっては命も落としかねません。
現にカンボジアでは、交通事故死亡者が年々増え続けています。
私の場合、博物館に行くのにバイクは欠かせませんので、乗らない訳には行きませんが、今までの様な熟年暴走族の走りは自粛して、安全運転に心掛けたいと思っています。
4回目の事故にして、やっとその事に気が付きました(遅い!)



DSCN2269.jpg


事故をした10日の夜、足は腫れていましたがまだ歩けたので、まさか折れているとは思っていませんでした。
翌日の11日には大事な予約が入っていたので、トゥクトゥクを呼んで博物館に行き、ガイドを1つこなしました。
そしてその後シェムリアップまで戻り、クリニックに行ってレントゲンを撮ったら骨折判明。
左足の甲の骨が折れていて、くるぶしを強打したのかエラく腫れています。
てっきりその場で石膏で固めるものと思っていたら、そのクリニックでは薬を塗って包帯を巻くだけ。明日からは自分で薬を塗って包帯を巻けとの事。
治るのは3ヶ月以上半年位先だとも。
冗談じゃ無い、たかが骨折位でそんなに長く掛かって堪るかと、素人判断ながら石膏で固めた方が絶対早く直る、それをしてくれる病院を探そうとクリニックを後にした瞬間から固く決意しました。
そして16日、友達のソテアレンに頼んで、別のクリニックに連れて行って貰い、石膏で固めました。本当は石膏では無く、グラスファイバーですが。
ネットで調べると、今は日本でも骨折治療は石膏では無くグラスファイバーで固める様です。
白いストッキング状のものを足に捌かせて、水を少し付けるだけで数分後ガチガチに固まるのです。
それを捌かせる時、3人掛かりで折れている足を容赦無く手で押さえつけ、弾力性の乏しいそのストッキング状のものを足の指先から膝に向けて数センチ単位で力任せに巻き上げて行くのですから、その痛い事ったらありゃしない。
もっと他に方法は無いのかよと思いながらも何とか痛みに耐えて、その治療を終えました。


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しか~し。

足を固めれば、痛みも前よりは感じなくなるだろうと考えていたのですが、おっとどっこい、前より格段に痛みが増しました。
前は引き摺りながらでも歩けたのですが、固めてからは足を地に着ける事も痛くて出来なくなりました。
前は、部屋の中では足を使って歩いていたのですが、固めてからは松葉杖無しには部屋の中でも動けなくなりました。
まあ、固めた2日目位から何とか立つ事は出来る様になりましたのでシャワーを浴びたりは出来るのですが、歩く事は今でもまだ出来ません。
事故をしてからもう直ぐ2週間。
当然ながら、ずっと博物館も休んでいて、そろそろ出掛けないと拙いぞと気が焦るのですが、何せ私の住まいは4階でして、(エレベーターなんて洒落たものは、カンボジアではホテルとか特別な所以外はまず有りません。)階段の上り下りは危なくて松葉杖が使えないので、外に出る事が出来ません。外に出てしまえば、松葉杖を使って何とかなるのですが。
そんな情けない日々を過ごしています今日この頃です。

来年には、私のこれからの残された人生の中で最大のイベントである「アキラ氏平和学習講演会」を控えております。
これからはその準備に専念したい、もうこんな不幸に付き合っている時間も心の余裕も無いので、1月から続いた不幸ネタは何としてももうこれを最後にしたいです。
治ったらお祓いでもして貰って、疫病神を追い払いたいと考えています。


話しは変わりますが、
カンボジアでは来月4日が地方選挙の投票日でして、一昨日から6月2日までの14日間が、選挙運動期間です。
聞くところによると、与党の人民党も野党の救国党もかなりの動員を掛けて運動を展開している模様です。
そして、いよいよ来年の今頃(7月か?)、総選挙が実施されます。
私は、日本の政治にも大変憂いを感じていますが、この国の政治体制にも危ういものを感じています。
何とか政治刷新が行われる事を願っています。
私自身は何も出来ないですけど、私の周りで政治を変えたいと頑張っている人々を応援したいと思っています。その人達が「骨折り損のくたびれ儲け」にならない様、祈っています。

やったー、上と下の文章が繋がったあ。骨はまだ、折れたままで繋がってないけど・・・。




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  1. 2017/05/22(月) 14:17:50|
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ブログ復活第一弾「言い訳」

10月9日(日)

7月17日に「ピンクパラダイスの夜再び」を書いたのを最後に、このブログ書きをすっかりご無沙汰してしまいまして大変申し訳ありません。
かれこれ3ヶ月間もサボってしまいました。

毎週日曜日にはこのブログを書く事をルーティーンにしていたのですが、一度気を緩めるとヨレヨレに緩んでしまったパンツのゴム状態になり、いつもユルユルでその方が返って履き心地がいいものですから、ついついズルズルと行ってしまいました。

書くことは嫌いでは無いのですが、好きな時に書くと言うのが一番気楽で、ルーティーンとして書くという事になると、忙しかったりこれと言ったネタが無い時などは苦痛になります。
ですから、一度気を緩めるとドンドン楽な方に走ってしまいます。
これはもう、私と言う自堕落な人間のいつものパターンです。

でも、こんな事では皆様に申し訳無いので、これからはパンツを止めてふんどしにし、紐を締め直して頑張りますので、どうぞこれまでの事はお許し下さい。
とは言いながらも、一度楽な状態を覚えてしまったので、いつ又ユルフンに快感を覚える事になるか分かりませんが、まあ取り敢えずは頑張りたいと思います。

話しは変わりますが、最近若い女性の間にふんどしが流行っているとか。
残念ながら、実物を見た事はありませんが・・・。
それにしても、ケッタイな世の中でんなあ。

まあ、それは兎も角として、ブログ復活後の最初のテーマを何にするか色々考えました。
3ヶ月の間に随分書きたいネタも溜まっています。
が、まあ取り敢えず、言い訳用に考えていた病気ネタを書かせて頂きます。

言い訳として考えていたのは、夏休みで学生のスタディツアーが増えて非常に忙しくなった事、或いは、本筋の博物館の仕事とは直接関係の無い個人的な頼まれ事が次々と重なり、それに忙殺された事、はた又、ケガをして気持ちが滅入った事などを上げつらえて同情を買う作戦に出ようと思っていたのですが、まあ、そんな言い訳を考えている内に、ついつい生来の横着心が蔓延して、まっいいか、来週から来週からと先延ばしにしている内に今日を迎えてしまったと言う訳です。
但しその間も、飲み会だけは相変わらず積極的に参加していましたが・・・。

まあ、そんな訳で病気ネタを書きます。
一体どんな訳やねん。



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実は、7月末にあのミホさん(詳しくは次のブログで紹介致します)がシェムリアップに遊びに来ていたのですが、彼女をバイクの後部座席に乗せてホテルに送って行っている時に、後ろから来たバイクにぶつかられて転倒し、足にかすり傷を負ってしまいました。
言っときますけど、この事故は完全に相手が悪いのです。その証拠に相手はあっと言う間に逃げて行きましたから。
彼女は殆ど無傷で、私の傷もこの時には全く心配する様なものではありませんでした。
血も流れていませんでしたから。
ところがです。
この傷からばい菌が入ったのか、2日後から足が腫れて来ました。
見る見るうちに腫れ上がってしまい、これはヤバイと病院に行って抗生物質を貰い飲んだのですが、1週間経っても腫れが引きません。
最初は痛くも何とも無かったのに、腫れたのと同時に痛みも出て来て歩くのも辛くなりました。
1週間後に別の病院を受診し、そこで貰った抗生物質が効いてやっと腫れが引きました。
しかし、傷口近くに2つのコブ(浮腫)が出来ていて、周囲の腫れは引いても尚、そのコブは一向に小さくなりません。
病院で相談すると、放置すると危険なので手術しようという事になりましたが、その日はもう夕方だったので翌朝改めて出直した所、いざ手術の段になって初めて提示された金額が350ドル。
冗談じゃない、手術と言っても内蔵の手術とかでは無くて、ただ体表面のコブをメスで切開して膿みを出すだけの簡単な手術で何で350ドルも払わにゅならんのじゃとアッタマ(頭)に来て、手術台から飛び降り、付き添ってくれていたソテアレンに相談して彼の友達の医者を頼り別の病院に行きました。
しかし、そこは総合病院で、幾つもの窓口をたらい回しにされた挙句に1日入院する様にと言われたので、そのソテアレンの友達の医者が更に別の病院を紹介してくれて、やっとその3つ目の病院で手術を受けました。
そこでの手術はあっと言う間に終わり、おまけに費用は薬代込みで40ドル。
350ドル病院が、如何にボッタクリ病院だったかが分かります。
手術はまず麻酔を打った後、2つのコブをメスで切開し、それから周囲を手で押して膿みを出しました。麻酔を打ったのでメスでの切開は全く痛くは無かったのですが、手で押す作業はめっちゃ痛かったです。
何度も何度も周囲を押して、膿みをこれでもか、これでもかと出した後、包帯を巻いて帰りました。
痛かったけどこれで一件落着と思ったのですが、そうは問屋が卸しません。
この後3日に一度消毒をして貰ったのですが、その消毒がまた痛い。
やっと閉じ掛けた傷口をわざわざハサミの先で押し開き、そこからガーゼを突っ込んで残っている膿みを吸い取る為にグリグリやるのです。
その3日に一度の消毒が半月続き、やっと終了となったので包帯を自分で外して水でゴシゴシした所、また足が腫れて来て消毒を再開。
そんなこんなで、ほぼ完治するまで2ヶ月掛かりました。
つまり、何とか治ったかなあと思ったのが先月末の事です。
治ったかなあとは思うのですが、それでもまだ今日現在傷口周辺はピリピリしていて、何だかヤケドした後の様な感じです。

ちょっとバイクで転んだだけだったのに、エラい大事になってしまいました。
日本だったらまず考えられない事です。
でもまあ、こんな事はいくらカンボジアでもそうそう無いだろうと思っていたら、何と自分もメスの切開手術をしたと言う日本人、カンボジア人が居るわ居るわ。
みんなやっぱりあのグリグリを経験しているのです。
カンボジアには特殊な細菌がいるんでしょうかねえ。
ほんと気を付けなくっちゃ。
そんな訳で、先日、雨季で冠水したどろ水の中で足の裏を切った時など、大した傷では無かったのですが直ぐに病院へ行って消毒して貰いました。
カットバンは常備しているのですが、これからは消毒薬も絶えずカバンに入れておかなければと思う今日この頃です。


このケガで気が滅入り、ブログ書きを怠ってしまいました。
なんちゃって・・・言い訳はもうええっちゅうに。




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  1. 2016/10/09(日) 16:13:46|
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痛かった「クル・クマエ」

2月10日(日)

前回、湿布療法の「クル・クマエ」について書きましたが、今回は指圧の「クル・クマエ」の登場です。
 一昨年膝が痛くて歩けなくなった事がありましたが、その折に罹ったのがこの指圧の「クル・クマエ」でした。
日頃からお世話になっているある在住日本人の方から以前、「身体に触るだけで寝たきりだった人が歩ける様になったりして評判になり、今やプノンペンからでも患者が押し掛ける程の凄腕の伝統治療士が居る」と聞かされた事があり、藁をもすがる思いでその日本人の方に電話すると、「自分も今治療を受けていて、今日はダメだけど、明日なら連れて行ってあげる」と言われ、痛くて堪らなかったのですが一日ガマンして、翌日トゥクトゥクで付いて行きました。
しかし何とその日は、カンボジアで月に4日ある「仏日(トゥガイ・セル)」だった為、治療費を全て寄進している程の熱心な仏教徒であるその「クル・クマエ」は、早朝からお寺に参拝していて一日中戻らないとの事でした。
オーマイガー! 
足が痛い上に更に頭をこん棒で殴られた思いでしたが、仕方ないので引き上げ、翌日出直して来る事に致しました。

この間激痛に夜も眠れず、食事もまともに摂っていませんでした。
部屋から出て階段を降りるのも、トゥクトゥクに乗り込むのも自分一人では出来ずに、何人かの肩を借りなければならない状態でした。

2日間の苦痛と空腹にじっと耐え、3日目の朝やっとその目指す「クル・クマエ」に出会う事が出来ました。
しかし早朝5時に予約していたトゥクトゥクがダブルブッキングで来なくて、6時に別のトゥクトゥクドライバーの運転でその「クル・クマエ」の所に着いたのですが、余りの人気者ゆえもうその時間には患者が8人位来ていて、紹介してくれた日本人の方も手首の治療を受ける為にその中に居ました。
もう少し早く着いていたらと予約をドタキャンしたトゥクトゥクドライバーを恨みながら、順番を待つ間も痛くて堪らず、同じ姿勢が取れずに寝たり起きたりしていました。
8時になってやっと私の順番が来たのですが、何とそのクメール人でごく普通のお婆さんである「クル・クマエ」が言う事に、「わたしゃこれから朝食タイム!」・・・(勿論日本語で言った訳ではありませんで、通訳してくれたクメール人に教えて貰いました)
オーマイガー!
「わたしゃこの間激痛タイム!」・・・
またしても頭をこん棒で殴られた思いでしたが、もうここまで来たら耐えるしかありません。

そして遂に待ちに待ったその「クル・クマエ」お婆さんに身体を触られ楽になると思った瞬間上がる叫び声。
「ギャー、止めてくれ~」。私の口から漏れた心からの叫び声でした。
そのお婆さん「クル・クマエ」はどうやら指圧師の様で、サイババか何かの様に手を当てただけで気を発して痛みを取り除く魔術師を想像していた私の期待は大きく裏切られるところとなりました。その指圧は恐らく、ツボを刺激するので普通の状態の人であっても痛いと思われるのですが、私に至っては激痛でもんどり打っている箇所を更に刺激されるので、痛いなんて生易しいものではありません。
「わたしゃ今度は悶絶タイム!」・・・
これまで献血も100回以上していて注射とかは案外平気な私なので、どちらかと言うと痛みには強いと思っていましたがとんでもない。
恥も外聞も捨てて「ギャー、グオー、ストップ、ストップ」と叫んでいましたら、回りの客は声を立てて笑っています。
「テメエラ、殺シタロカ」
『てなもんや三度傘』の藤田まことじゃないけれど「どたま(頭)かち割ってストローで血ぃ吸うたろか」
「鼻の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか」
と思いました。
ウソです。そんな事考える余裕も有りません。頭の中は真っ白です。
これも後から考えた事ですが、プノンペンの「トゥスレン博物館」に行った時数々の拷問シーンを描いた絵の中に、やっとこで生爪を剥がすものや、ペンチで乳首を引き千切るものがありましたが、あんな事をされたら私だったらある事無い事何でも喋り早く楽になりたいと思ったでしょう。
痛みと言うものが如何に恐ろしいかつくづく思い知らされました。
その点、戦前の戦争反対者などが、拷問に耐えながら非転向を貫いたと言うのは本当に凄いなあと改めて思いました。
もう一つ、2人以上子供を産んだ女性も立派です。1人目で出産の痛みは分かっているのに、その痛みを乗り越えて2人目、3人目を出産するのは並大抵では有りません。やっぱり女性は強いなあ。

話を元に戻しますが、あんまり痛がるものですからさすがの「クル・クマエ」お婆さんも、「1回ではダメなのでもう一度夕方4時に来てくれ」と言い、その場は引き上げる事になりました。しかし一向に良くなっていません。
ホテルの部屋に帰ってよくよく考えましたが、「もう一回くらいでは痛みが無くなるとは思えない、あと何回もこんな痛い治療は耐えられない」との結論に達し、4時に迎えにやって来たトゥクトゥクのドライバーに、行き先を変更してある病院に連れて行って来れと告げました。
ここはその前年、日焼けによる火傷の時入院した病院です。高いのは分かっていますが、この痛みは金には換えられません。
夕方病院で診察を受け、そのまま入院し、退院したのは2日後の昼。その間ずっと痛み止めやら解熱剤、腫れを抑えるなどの点滴を受けました。
お陰で、それまでの痛みは何だったのかと言う位に病院に入って直ぐに治まり順調に回復しました。
しか~し、退院する時の請求額を見てビックリ仰天、目が点に。
ナ、ナ、ナント1432ドル。私の生活費2か月分超が吹っ飛んだ~。

これが最初の「クル・クマエ」との出会いの顛末ですが、決してこの「クル・クマエ」お婆さんを否定するものでは有りません。私が罹った時の状態が悪かったのであり、他の症状であれば恐らく絶大な効果を発揮した事でしょう。現に患者が引きも切らないのですから。
「クル・クマエ」万歳!

今回はそれどころでは無かったので、掲載する写真が有りません事お許し下さい。


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  1. 2013/02/10(日) 11:53:37|
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カンボジアの伝統療法士 「クル・クマエ」について

子供の治療
右側の、一見そこらの普通のオッサンに見える裸の男性が、高名な「クル・クマエ」です。


2月3日(日)
私ももう直ぐ還暦を迎えますが、同年代が集うと話題はいつも病気自慢。
「わしゃあ最近血圧が高うていかんぜよ」「そいつぁ気の毒だがや。おいらは糖尿で毎日注射ば打っちょりますたい」「そりゃまた大変ですねえ、うちは神経痛で手足が痺れていかんのどすえ」
まあこんな感じで、このトシになるとあちこち身体にガタが来ています。
先週も突然軽度のギックリ腰になり、歩くのも苦痛な為博物館を2日間休んでしまいました。
この間にも大切なお客様が数人お出で下さっていて、ガイドが出来ずに申し訳無く思っています。
カンボジアでの生活ももう直ぐ丸2年を迎えますが、この間随分色々な病気に悩まされて来ました。
最初の1ヶ月はよく腹を下していましたが、それは何とか克服出来たと思ったら、その後はしょっちゅう風邪を引いています。それも一度引くと中々治りません。
あと、膝痛、肩こり、デング熱などなど。高血圧も有りますが、これにはアイマスクして気が付かない事にしています。毎日薬を飲み続けるのが大変なので。
この国では他にマラリアだのアメーバ赤痢だの狂犬病だの或いは交通事故だの気を付けなければならない病気やケガが色々有り、戦々恐々です。
カンボジアは本当に住み易くて大好きな国なのですが、一人暮らしゆえ病気やケガをした時だけは本当に心細くなります。ですから病気やケガが無い様にしなければなりません。 (誰がケがないねん)
でも無理なので、誰か日本のお医者さんが、シェムリアップに住み着いてくれませんかねえ。プノンペンにはいらっしゃいますし、歯科医さんはシェムリアップにも松本さんと言う女医さんがいらっしゃるんですけどねえ。
 
 さて前置きはこれ位にして、今回書こうと思っていますのはカンボジアの伝統療法士「クル・クマエ」についてです。
カンボジアでも当然西洋医学も有れば東洋医学も有りますが、独特なのはこの「クル・クマエ」と言う伝統的な治療法を習得した達人が行う古来から続く医療施術です。
これにも色々有る様でして、お経を唱えて除霊する方法だとか、コ・クチョールと言って背中や患部に薬を塗った後コインでこすりつけて赤いみみず腫れを作るもの(相当痛そうですが、血行が良くなり、後は随分スッキリするそうです)、チョップ・クチョルと言って瓶の中を火で炙り、真空状態にしたもので、背中や患部を吸引させるもの(ジャッキー・チェンの映画で見た事が有ります)などが有りますが、私が関わったのは指圧を使う方法、それと湿布薬を使う方法です。
 一昨年、膝が痛くて動けなくなった時に指圧の「クル・クマエ」に掛かり、もう2度と来るもんかと思ったのですが(その話はまた次回書きます)、昨年デング熱の後遺症で、手首と膝が痛く、一般の病院で治療を受けていましたが中々良くならずに困っていた時、別の「クル・クマエ」を紹介され行ったところ、特別の湿布薬を貼る事によって治りました。
そこは普通の民家に簡易ベットがいくつか並べられていて、患者も大勢来ていました。
最初線香を噛み砕き、その唾を患部に吹き付けます。ペッペッペッって。恐らく仏の魂を吹き込んでいるのでしょう。
何じゃそりゃ、汚ったねって思いつつ見ていると、今度は薬草らしき物や何かの液体を混ぜて、擂り鉢で味噌の様なペースト状の薬を作ります。
それを脱脂綿に薄く伸ばして塗りつけて、それを膝と手首の患部に当て包帯を巻き付けて終了。お代は気持ちと言う事で、包帯代やらの実費込みで5ドルだけ渡しました。
唐辛子成分のカプサイシンでも入っているのか次第に熱くなって来て、何だか効いて来ている気がします。
2日後にもう一度来る様に言われて引き上げましたが、2日後にはほぼ完全に痛みが無くなっていました。
正直この時までは、「クル・クマエ」なんてどうせ日本の加持祈祷の類で信用出来ないと思っていましたが、見直しました。
「クル・クマエ」万歳。


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足の治療
足にペッペッペッ    「誰がケがないねん」

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  1. 2013/02/03(日) 14:31:45|
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