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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

お詫び

7月30日(月)
本日更新予定でしたが、前回の記事(いよいよ「ロンドンオリンピック」)中の写真が閲覧不能との連絡を受けまして調査しましたところ、私のパソコン以外は閲覧出来ない状態である事が判明致しました。現在原因調査中の為、更新は暫く延期させて頂きます。
更新をお待ち頂いている方には大変御迷惑をお掛けし、申し訳有りません。 (誰も待っていないか)         
もう二度と見るもんかなどと、ゆめゆめ仰らないで下さいませ。


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  1. 2012/07/30(月) 09:14:38|
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いよいよ「ロンドンオリンピック」

7月25日(水)
いよいよ明後日27日からロンドンオリンピックが開催されますね。
オリンピックと聞けば、自分が出る訳じゃないけど血が騒ぎます。
故国を離れていてもやはりそこは日本人、自ずと日本選手の活躍を期待してしまいます。
前は女子マラソンのQちゃん(高橋尚子)のファンだったけど彼女が居ない今は、同じく女子マラソンの重友梨佐選手と、5000メートルの新谷仁美を応援しています。2人とも同郷(岡山)であり、高校女子駅伝の頃から応援しているので。
重友選手の方は今年2月、オリンピックへの出場が決まる前、現在私の友人が校長をしている母校の備前市立香登小学校を表敬訪問しまして、その時の貴重な写真が有りますので掲載します。みんないい笑顔ですね。
重友4556KB
左から重友梨佐選手、養護の先生、教頭先生、私の友人の小山一好校長


それにしてもスポーツ選手はみんな素敵ですよね。爽やかだし、謙虚でひたむきだし。
比べるのも何ですが、何処かの国の傲慢不遜な政治屋とはエラい違いです。
 カンボジアからは何人の選手が出場するのか、周りのカンボジア人に聞いても誰も知りませんが、恐らく、あの猫ひろしに替わってマラソンに出場する選手と、多くても他にもう一人か二人くらいでしょう。
カンボジアでも、バレーボールは盛んであちこちでよく見掛けますし、サッカーも子供たちには人気のスポーツです。柔道なども日本人が教えていたりしますが、いずれもまだまだ本格的とは言えず、他のスポーツに至っては、その練習する場所さえ有りません。
貧しい国でも国策としてスポーツ振興に力を入れている国も有りますが、カンボジアは残念ながらそうした国ではない様です。

そう言えば、猫ひろし は今、何処を目指して「猫まっしぐら」してますかね。賛否が分かれたものの、一応マラソンカンボジア代表に決まった時には、これでカンボジアの事が日本でもより注目を集める様になると期待もしたんですがねえ。しかしサルならぬネコが木から落ちてしまって、そちらの期待は水泡に帰してしまいましたが。
折角カンボジア国籍を取ったんだから一層の事カンボジアに住んで、4年後を目指したらどうかなあ。そうすれば少しは反対していた人達の理解も得られると思うけど。
反対にオリンピック出場の為だけに国籍を取ったんであって、もう必要ないからとすぐに日本国籍に戻すなら、   怒るでホンマに (横山やすし風にこぶしを作り両腕を折り曲げ、片足を上げて・・・皆さんご一緒に)

オリンピックと言えば、今、石原都知事が8年後の東京誘致を目指して元オリンピック選手を多数動員し活発に活動を続けていますが、これには私は絶対反対です。
ブログで書くのはマズいかも知れませんが、敢えて書かせて貰います。
将来への不安から夢を持てなくなった日本人に夢と希望と活力を与え、更には経済効果も期待出来るかも知れませんが、でも震災復興が全く進んでいない東北や、原発被害を受けた福島の人達の事を考えたら、今はその時期では無いと思います。政府も相当の金を注ぎ込むでしょうが、その金があったら震災復興に充てろと私は言いたい。
最終選考候補に残ったイスタンブール、マドリードを押さえて開催地が東京に決まったら、 怒るで、ホンマに (もう一度横山ヤッさん風に)
賛成の立場の人は、このブログを読まないでね。
以上ロンドンオリンピックよもやま話でした。

前回の「カンボジア交通事情」は、文章が長過ぎて余り読んで貰えなかった様なので、これからは文章を短めにしようと思います。皆さん、どうぞ読んでくださいね。
読まんと、怒るで、ホンマに (もういいか)


バレーボール
 バレーボール


サッカー
 サッカー


九州プロレス
カンボジアのスポーツとは全く関係有りませんが、先日開催された「九州プロレス」の写真を、にぎやかしで掲載します。

  1. 2012/07/25(水) 07:53:15|
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カンボジア交通事情

昔の名前で出ています
昔の名前で出ています


7月20日(金)
さて、今回はこちらの交通事情について書きたいと思います。 
少し昔を知っている人に聞くと、やはり車、バイクが急激に増えた様です。ここシェムリアップやプノンペンは外国人客が多い為そうした車やバイクに加えて、バイクの後ろに客車を付けたトゥクトゥクと言う乗り物や、バイクの後部座席に客を乗せて走るバイクタクシー(モトドップ)が街の至る所で客引きをしていて、歩いていると必ず声を掛けてきます。
それにピックアップトラックと言って荷台に大勢の人を乗せた車や、トラクターの後ろに客車を付けた乗り物も人間を乗せて走っています。これは田舎だけでなく街でも結構見かけます。あとは長距離大型バスや乗り合いタクシー、普通のタクシーも少しずつですが増えて来ています。車は圧倒的にトヨタ車、それも何故かカムリがやたら多いのですが(普通車は殆どがカムリ)その他にもたまにレクサス、それに日産や三菱、ホンダ、いすずなどの軽四やトラックが時々走っています。兎に角日本車が一番多いです。しかしバスなど大型車になると韓国のヒュンデ自動車が幅を利かせています。それにベンツなどの高級車もたまに見かけます。しかしこれはあくまでシェムリアップやプノンペンの話で、田舎に行くとまだまだ車は少ないと思われます。
替わってバイクですが、やはりこれがこちらの乗り物の中心です。中古で800ドル前後、新車だと1200ドル以上して、こちらの物価水準からするとかなり高級品ですが(2、3か月分の生活費あるいはそれ以上)驚く位に普及しています。てっきりローンでも組んでいるのだろうと思っていましたが、聞くとみんな親戚から借金したり、貯金して買っているとの事です。このバイクもホンダやスズキと言った日本製が殆どです。それもスーパーカブの様なノンクラッチ、4速型の物ばかりです。たま~に所謂自動二輪車が走っていますが、これは殆どが外国人居住者の物です。この日本製のオートバイの排気量は100ccとか125ccでして、何故か日本の様な50ccとか70cc、90ccは見た事が有りません。

さて、ここからは私の知人の話でして、決して私ではありませんので、誤解なさらずに読み進めて頂きたいのですが、彼の愛車もこのホンダ100ccです。この愛車でもって彼は毎日30数キロの道をある場所へ通っています。遠くて大変なのですが、実は彼にとってはこのバイクに乗っている時間が至福の時なのです。
この国では交通ルールは滅茶苦茶です。子供がバイクに乗るわ、信号は無視するわ(こちらは車は右側通行ですが、右折する車は誰も信号を守りません)、反対車線にはみ出して平気で追い抜くわ、逆走するわと挙げれば切りが有りません。違反なのかどうかは知りませんが、3人、4人乗りは当たり前、中には小さい子を小脇に抱えて5人乗りする剛の者もいます。彼や私としては恐ろしくて出来ませんが、子供を人形か何かの様に扱っていてホントに器用なものです。人以外でも荷物を大量に荷台に積んだり、物凄く長い竿を持ったりとよくあんな事が出来るなと感心します。それらのバイクが右から左から前からウンカの如く湧き出てきます。左端を走っていても更に左を追い抜いて行きますし、ちょっと脇見をしようものなら前からの逆走車に肝を冷やします。油断も隙も有ったものではありません。
しかし、これが彼の性分に合ってます。左から追い抜かれると更に左を追い抜きますし、そうした走りの中で常にポールポジションを取る様いつも心掛けています。
日本では運転が荒いとか、ハンドルを握ると人格が変わるとか、運転に落ち着きが無いとか散々な言われ方をして来ましたが、こちらでは誰もそんな事は言いません。それが当たり前なのですから。 
『日本の赤い稲妻』として、尊敬すらされています・・・・。
 (ウソです。ヘルメットに赤いラインが入っているので、彼が自分で勝手にそう呼んでいるだけです、デヘッ)

この彼の愛車ホンダ100ccでもって、ある場所へと続く30数キロの道をフルスロットル(と言っても60キロまでしか出ませんが)で、彼は毎日一人でタイムトライアルしています。平均では40分位掛かりますが、上手く行くと30分を切ります。地元のバイクや車に混じって前をアメ車や韓国車、中国車が行くと抜かずにはおれません。スラローム走行もお手の物です。彼も私と同じく平和主義者なのですが、本性は好戦的なのかも知れませんね。何せ、一見温厚そうに見えますが、日本では部下に鬼と呼ばれていた時も有った様ですからね。コワイコワイ。 
カンボジアの道路はかなり舗装が進んではいますが、技術が未熟なのか、それとも次に仕事を受注する為にわざと手抜きをしているのかは分かりませんが、大雨が降るとあちこちに大穴が開きます。それに道路の端は赤土のままなので、雨が降ると道に流れ出し、それが乾くと砂埃になって舞い上がります。ですからマスク無しには走れません。現に気管支をやられる人が多くいます。それに舗装はされていてもかなりガタガタでここをフルスロットルで走ると、激しい振動の為尻が痛くて堪りません(彼曰く、痔が痛いのでは無いとの事です)。バイクの前かごもこの振動でこれまで2回も壊れて吹っ飛んだそうです。それでもスピードの快感には勝てないそう。もうすぐ還暦と言うのに、いい年こいて、ほんまにアホですね。
警察の取り締まりも結構やっていますが、これは主に両側のバックミラー(日本では片方だけ)と運転者のヘルメットのチェックをしていて、スピードには寛容な様です。初めの頃、前を行く白バイを恐る恐る追い抜いたりましたが、追い掛けて来なかったので・・・・。との事です。それに捕まっても反則金は5000リエル(日本円で100円)と安く、それにその場で切符を切られたら終了です。彼がバイクを買った翌日、訳が分からないまま一方通行違反で捕まりましたが、手続きは至って簡単。こうした点がこの国の一番好きなところだと彼が言っていました。ナンチャッテ。
今日も愛車ホンダ100ccに跨ったアラカン暴走族が、カンボジアの青空の下爆走を続けています。

なんて、ちょっと過激に書きましたが、事故はしてもされても大変なので、それには十分注意を払っていますこと、それに日本人として後ろ指を指されない様肝に銘じている事、彼に成り代わり付け加えておきます。
でもいい加減、目立って来ているかも・・・アブナイ日本人として。日本人の名誉を汚すなよ、アンタ。
繰り返しますが、決して私の事では有りませんので、誤解無き様に。ウヒャ
にしては、ある場所への距離が30数キロって、博物館への距離とまったく一緒だけど、アンタの正体はホントは・・・・イヤイヤ。

上の文章で一部訂正が有ります。
赤信号での右折の件ですが、こちらでは右折は違反では無いとの事です。彼は何故か信号だけは几帳面で、誰一人止まらない中一人赤信号で止まっていまして、後からやって来るのがどんどん右折していくのを見ながら「オメエラ、ええかげんにせえよ、みんな信号ムシかよ」とボヤいていましたが、彼がムチでした。名誉を傷つけましたカンボジア人関係各位には深くお詫びし訂正させて頂きます。
でもウインカーくらいはしっかり出してネ。と彼が言っていました。


昨年の洪水の日のトゥクトゥク
昨年の洪水の日のトゥクトゥク


4人乗り
4人乗り


5人乗り
5人乗り


逆走車
逆走も何のその


ピックアップトラック
ピックアップトラック


ピックアップトラック2
ピックアップトラック2


リヤカー車
ルーモー?(リヤカー車)


リヤカー車2
ルーモー2?


トラクター車
トラクター車


乗れるだけ乗れい
乗れるだけ乗れい


お坊さんの布教活動
お坊さんの布教活動


こんなのも
こんなのも


牛も行きます
ウシも行きます


舗装工事
舗装工事


昔の名前で出ています2
昔の名前で出ています2


  1. 2012/07/20(金) 10:32:15|
  2. お笑いネタ
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カンボジアミラクル

カンボジア・ティータイム
「カンボジア・ティータイム」


7月15日(日)
シェムリアップのオールドマーケット(プサー・チャハ)にあるみやげ物店「カンボジア・ティータイム」はオーナーが日本人であり、カンボジア人従業員の殆どが日本語がとても上手いので、情報収集にもってこいの為カンボジアに来た当初から暇があれば出掛けて行って、従業員と話したり日本人客と話したりする私行き付けの店です。
これまでもここで知り合った日本人客と意気投合し、帰国後も交流を続けている人が何人かいますが、その店でつい先週、何と我が実家のご近所さんであるNさん夫妻と出会ってしまったのです。
私の実家は岡山県岡山市東区瀬戸町。平成の町村合併の為今でこそ岡山市ですが、つい数年前迄は赤磐郡瀬戸町と言う人口12000人の小さな町でした。
その小さな町の住人とここカンボジアで出会ったのです。
 私のプチ自慢の一つに前の鳥取県知事で、菅内閣の時の総務大臣を務めた片山善弘氏が、私の中学の2年先輩で顔見知りと言うのが有りますが、このカンボジアで出会ったNさんも私の中学の3年後輩に当たるのです。
3年離れていますから顔を合わせた事は一度も無い訳ですし、今回が全くの初対面だった訳ですが、そんな人とカンボジアのそれもオールドマーケットの中のみやげ物屋で偶然出会うとは、こんな奇跡があるなんて信じられますか。
大都会東京の場末のスナックで、昔の恋人に出会うよりももっと奇跡かも知れません。 (うーん、ちょっと連想しにくいか)
正にミラクルとしか言い様が有りません。

そしてそう思っていた矢先、何と更なる奇跡が昨日起こってしまいました。
今度は京都に住んでいる娘の仕事仲間と言う、イラストレーターのタケウマさん夫妻と、同じく「カンボジア・ティータイム」で、ほんの1時間位居た間に出会ったのです。
やはり顔を見知っていた訳では無く、話をしていてその事実が分かったのです。
もう頭がくらくらして来ました。一度ならずも二度までもこんな事が起こるなんて・・・。
これをカンボジアミラクルと言わずして何と言いましょう。
カンボジアでなら、宝くじを買えば当たるかも知れません、売ってませんが・・・。


カンボジアミラクルと言えば、8世紀から12世紀に掛けて栄えたアンコール王朝が思い浮かびます。アンコールワットやアンコールトムが作られた時代、ここカンボジアは大変な繁栄をしていました。しかし、その後の近隣諸国からの度重なる侵略により国土は奪われ現在の規模となり、また1970年以降の内戦により国土は疲弊し経済発展は大きく遅れ、世界の最貧国の一つとなってしまいました。
しかし今、海外からの援助や国民の努力で次第に国力が高まりつつあります。
世界の耳目が集まり、年率6~7パーセントの経済発展を遂げつつあります。
そう遠くない将来、今再びカンボジアミラクルが起こるかも知れません。
しかし、無秩序の経済発展が多くの大切な物を失う両刃の剣となる事は、日本の例を持ち出すまでも有りません。人間の幸福は、物欲さえ満たせば得られるものでは有りません。
人間同士の絆や親子の情愛、自然に対する畏敬の念や環境保全、道徳規範、生活弱者に対する思いやり、教育、医療の充実、幸福追求権、自己実現の場の保障、争いの無い平和な社会・・・・
そうしたものを残し培ってこそ真の幸福な社会となるのです。
カンボジアには日本やアメリカを反面教師として、しっかり調和の取れた経済発展をして貰いたいと願っています。
アキラさん、頼みますよ。


今回はあまりのカンボジアミラクルに驚嘆し身が引き締まった為、いささか内容がマジになってしまいました。
次回は又くだけて行きます。


アンコール焼酎の店
隣の「アンコール焼酎の店」


ソピアの店
逆隣の「ソピアの店」


タケウマさんと私
後日博物館を訪れて下さったタケウマさんと私


タケウマ夫妻と私
タケウマさんご夫妻と


  1. 2012/07/15(日) 08:41:58|
  2. 出来事
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カンボジアの花

火炎樹
火炎樹


7月10日(火)
カンボジアで生活してみて、その暮らし易さに大変満足しています。
食べ物は美味いし、物価は安いし、周りはいい人間ばかりだし。
でも、いくつかの点で日本の方がいいなあと思う事が有ります。
外に出て、改めて気付く日本の良さと言ったところでしょうか。
その一つが月並みでは有りますが、日本の四季は美しく、季節季節で色んな花木や草花が咲き誇っていたなあと言う事です。
4月には桃や桜や沈丁花、つつじ、白蓮が、5月にはフジやアヤメやカキツバタ、さつきや薔薇が、そして梅雨の今頃は紫陽花やクチナシや花菖蒲、ユリが美しく咲いている事でしょう。しかしここカンボジアでは、常夏の国ゆえかそれ程花を見掛けない気がします。たまにハイビスカスやブーゲンビリアが街路や家の軒先にひっそり咲いているのを見るくらいです。
常夏の国と言っても、カンボジアにもそれなりに季節の移ろいは有ります。
一年中で一番暑いのが4、5月。この頃は日中40度近くになります。そしてその後が雨季となりほぼ毎日の様にスコールが降り、10月迄続きます。その次にやって来るのが乾季。
乾季には殆ど雨が降らず、洗濯物がよく乾きます。
でもやはりそんな乏しい季節変化の為か、この国の花木や草花の種類は決して多くありません。
もっとも日本の様に経済的に豊かで無い為、庭や街路に花を植えてそれを愛でる余裕が無いと言う事も有るでしょうが。何れにしても、美しい花に囲まれた日本人はそれだけで幸せだなあと改めて思います。

日本の良さでは無いのですが、外に出て改めて気付いた事がもう一つ有ります。
それは、私の頭のてっぺんが禿げ散らかして来ていると言う事です。
日本に居た時にも勿論気付いてはいましたが、洗面所が薄暗かった為、これ程までとは思っていませんでした。ところが、今住んでいるホテルの洗面所は明るく鏡も大きい為、頭の状態が物凄くよく見えるのです。
ゲッ、何じゃ、コリャア(またまた松田優作風に)   思わずのけぞってしまいました。
まさかここまで進んでいるとは。少なからずショックを受けています(半分マジ)。
やっぱりここカンボジアは熱心な仏教国ゆえ、カミに見放されたか。(ちゃん、ちゃん)
お後が宜しい様で。


ブーゲンビリア
ブーゲンビリア


ブーゲンビリア2
ブーゲンビリア2


プリメイラ
プリメイラ


蓮の花
蓮の花(プカー・チュー)


ハイビスカス
ハイビスカス


名前知らず3
コンプルーン?


名前知らず2
名前知らず


名前知らず
名前知らず

  1. 2012/07/10(火) 09:42:28|
  2. カンボジアの生活、文化、自然、果物
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「デング熱」

7月5日(木)
カンボジア在住1年3ヶ月の私も、遂に「デング熱」の洗礼を受けるところとなりました。そうです、あの蚊によって伝播される厄介な病気。
何で「デング熱」と言う名が付いたのかはよく知りませんが、まあ「天狗熱」なら男性の下半身の病気の様だし(これは私の説では無く、私の知人の説ですので悪しからず)それなりに名前の由来はあるのでしょうがそれはさて置き、最初の症状としては足裏と膝が痛くなりました。
前にも膝が痛くて歩けなくなり入院した事が有った為、今回もそれかと思って直ぐに病院に罹りました。
その時点では「デング熱」なんか想像だにしていなかったのですが、その後40度近くの高熱を発し、次第に手足や首の関節やら筋肉のあちこちが痛くなって来て、これは前とは違うぞと再度病院に罹り即入院となった訳です。先週の事です。
4日間入院し、その間点滴に繋がれっ放しでした。
一応血液検査の数値も下がり、1週間前の6月28日(木)に退院となった訳ですが、未だに膝が痛く湿疹も残っている為博物館はお休みしています。
ネットで調べると、「デング熱」は2回目をやると重症化するとか。これから一体どの様に身を守れば良いのやら。蚊に刺されないなんてカンボジアでは絶対不可能だし。
本当に悩ましい限りです。

今回の入院中の或る日、夜中に脇腹が痛くなって眠れません。
朝医者にその事を告げると便通の具合を聞かれたので、別にそれが原因で脇腹が痛いとは思わなかったものの確かに便秘ではあったので正直に申告したところ、何と浣腸する羽目になってしまいました。
浣腸なんて日本ではもうやる人は誰もいないでしょう?
私も幼稚園に入るか入らない頃、母親に「イチジク浣腸」をされた記憶は微かに有りますが、物心付いて自分の手でやった事など生まれてこの方一度も有りません。
58歳になって浣腸するなんて、ああ、おぞましい。
慣れない上、狭い個室で点滴の支柱を抱えながらの肛門へのブツの挿入に悪戦苦闘していると、いつの間にか床に血の滴がボタボタ落ち、手の甲が血だらけになっているではありませんか、ギョエッ。何じゃ、コリャア(松田優作風に)
一瞬何が起こったのか分からず動転しましたが、よく見ると点滴のチューブが外れてそこから血が噴き出しているのです。
老眼で見えない目で、やっとの思いで抜けたチューブを差し込み事無きを得ましたが、最初血を見てパニックを起こし掛けた時には思わず助けを呼ぼうかと思いました。
そしたら若い看護士に、私の租チンを見られるところでした。アブナイ、アブナイ。

それから、退院した日に表へ出ると、えらく「日の丸」の旗が立ち並んでいるので、てっきり私の退院を祝ってくれているのかと思ったら、何でも日本の皇太子がやって来ていた様です。
道理で先週から急にあちこちで道路工事をしていた訳です。皇太子が通る道を綺麗にして、良い印象を与えようとしたのでしょう。
まあ、日本とカンボジアの友好関係が増すなら、私にとっても嬉しいことですが。

今回は写真は余りにエグい為掲載を控えますが、想像して頂くのは一向に構いませんので、どうぞ御自由に。
(誰が想像するか、そんなもん)

  1. 2012/07/05(木) 18:50:07|
  2. 病気ネタ
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