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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

遺跡訪問ツアー

記念撮影
プラサット・プラムの前での記念撮影

8月26日(日)
今回は、前回の「カンボジアのテレビ事情」の続きを書くつもりでしたが、20日(月)に博物館の子供たちとコーケー遺跡群他の「遺跡巡りツアー」に出掛けましたので、それについて書かせて頂きます。

この日は博物館の仕事を休んで、「リリーフセンター」の大半の子供たち、それに数人のスタッフと一緒に、休暇中の子供たちの思い出作りの旅に出ました。と言っても勿論車でですが。
「コーケー遺跡群」はシェムリアップの北東に位置し、博物館からは約160キロの距離。
2台の車に分乗して、総勢40人位で出掛けましたが、アキラ氏とアキラ氏の3人の子供達は地雷原に行っていて不参加です。
子供たちは、ピックアップトラックの荷台で音楽に合わせて歌ったり踊ったりと、それはそれは賑やかにはしゃぎ回ります。道行く人々が一々振り返り、それを見て更にはしゃぎます。大きい子も小さい子も、みんな元気一杯。
途中タイヤがパンクして立ち往生したものの、しかし手馴れたもので、子供達が手分けしてタイヤ交換し、事無きを得ました。
初め、私は行き先を勘違いしていて、タイ国境の「プレアヴィヒア遺跡」に行くものと思っていました。アメリカ人のビルさんに聞いた時、「ケッコー」に行くと言ったので、私はてっきりプレアヴィヒア近くにそう言う村が有るものと思っていました。
しかし本当は「コーケー」だったのです。確かにプレアヴィヒア州内ではあるのですが、「プレアヴィヒア遺跡」はそこからまだかなり遠くにあります。まあ、「プレアヴィヒア遺跡」も有名ですが、「コーケー遺跡群」もかなり有名で一度は行ってみたいと思っていましたので、勘違いしていたものの大満足でした。
6号線をプノンペン方向に進み、ノムダイクの村で左折し、どこまでも広がる田園風景とパームやしに心を奪われながら、またアンコール王朝発祥の地である「プノンクーレン」山を正面に、側面に見ながら未舗装の赤土道を進むこと数時間で最初の遺跡「プラサット・プラム」(五つの寺院)に到着。出発後4時間が経過していました。
その後「プラサット・ニエンクマウ」(黒い貴婦人)、「プラサット・チェン」を経て、一番有名な7段ピラミッド型寺院の「プラサット・トム」に辿り着きました。
立て看板には、英語とクメール語の説明書きが有り、拙い英語力で読んだところ、この地に928年から944年頃まで王都が有ったとありました。
また、この周辺には至る所に、地雷撤去済みを表す政府系地雷撤去団体・CMACの看板が立っていました。最近まで地雷原だった事が窺えます。
「プラサット・チェン」の見学を終え車に乗り込む前、別に珍しくもないのに牛が群れを為しているのに気を引かれ、写真を撮ろうとカメラを構えたところ、耳の下に激痛が走りました。イタタタタッ、思わず手で払いのけたところ今度は手に激痛が。
何とハチに刺されたのです。
敵もさる者、限りを尽くして刺し続け、結局1匹のハチに3、4箇所刺されました。
異変に気付いた子供たちが、日本語で「あぶない、あぶない」と叫びながら直ぐにハチの巣の有る木の下から私を連れ出してくれて、それ以上刺される事はありませんでしたし、大人が持っていた薬を直ぐに塗ってくれたお陰で、腫れあがったものの大事に至らずに済みました。
スズメバチだったら大変でしたが、小さいハチだった様で、みんなにそれ程迷惑を掛けずに済みやれやれです。しかし、それにしてもハチに刺されるとは、お寺に参ったのにしてはバチ当たり。 (このダジャレもイマイチやなあ)
帰りには、「天空のラピュタ」のモデルとも言われる「ベンメリア遺跡」に立ち寄り、多くの日本人観光客とも出会いながら見学する事1時間半。
暗闇迫る夕方6時頃、その地を後にし帰途に着きました。
帰りは行き以上に子供たちがはしゃぎ回り、暗闇の中大音量の音楽と子供たちの歓声で、道行く人々の視線を感じながらシェムリアップに無事帰り着きました。
雨季にも拘わらず天気にも恵まれ、心地良い疲れが後に残りました。しかし、それともう一つ残ったものが・・・。
後日子供たちが私の顔を見る度に、耳の下を手で払いのけるしぐさをしながら「あぶない、あぶない」と日本語で叫びます。完全にからかわれています。
おめえら、ええかげんにせえよ。

尚、デジカメのバッテリー切れの為、肝心な「プラサット・トム」(7段ピラミッド型寺院)及び「ベンメリア」の写真が有りませんことお詫び申し上げます。
どうでもいい牛なんかの写真を撮ろうとした為に、ハチに刺されるわ、バッテリーは切れるわで全くのアブハチ取らず。ついてな~い。


パンク修理
パンク修理


途中の買い物
途中の買い物


到着
途中休憩


CMACの看板
CMACの看板


食事タイム
食事タイム


プラサット・プラム
プラサット・プラム(5つの寺院)


プラサット・ニエンクマウ
プラサット・ニエンクマウ(黒い貴婦人)


プラサット・チェン
プラサット・チェン

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  1. 2012/08/26(日) 10:49:40|
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カンボジアのテレビ事情

博物館にある「AKIRA」製のテレビ
博物館にある「AKIRA」製のテレビ

8月19日(日)
今回のテーマはテレビです。
今やっているNHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」や、映画「ALWAYS三丁目の夕日」でも出て来ますが、日本に初めてテレビが登場したのは1953年(昭和28年)で、私はそのテレビと同級生で有り、テレビの申し子と言ってもいいでしょう。
どうでもいいですが、人間界の同級生にはユーミン(松任谷由実)や小林幸子、石田純一、ルー大柴、関根勤らが居ます。
てな訳で、私はテレビっ子、テレビ大好き人間です。
と言っても、当時は大変高価だった為簡単には手が出せず、私の家にテレビがやって来たのも私が小学校に上がるか上がらない頃だったと思います。
評論家の大宅壮一に、「一億総白痴化」とバッサリ切り捨てられ、「テレビばかり見ていると人間がバカになる」と言われたテレビですが、そのテレビにどっぷりと浸かり、確かにいい加減バカになってしまいました。
 子供の頃よく見ていたのはプロレスや相撲、「月光仮面」、「怪傑ハリマオ」、「少年ジェット」、「七色仮面」、「隠密剣士」、「スチャラカ社員」、「てなもんや三度笠」、「鉄腕アトム」、「エイトマン」に、海外の「スーパーマン」や「怪傑ゾロ」、それにNHKの「ジェスチャー」や黒柳徹子の「魔法のじゅうたん」、人形劇「ひょっこりひょうたん島」、ドラマ「ふしぎな少年」他にも色々有り、挙げたら切りが有りません。思い出すと本当に懐かしいですが、同世代以外の人にはさっぱり分からないでしょうね。それまでは爺ちゃんと、ラジオで浪曲やラジオドラマの「赤胴鈴之助」、「まぼろし探偵」をよく聞いていましたが、こう考えると自分も年寄りの仲間入りしている事を実感します。
 
さて、ここカンボジアの都市部でも、現在テレビはかなり普及しています。と言ってもまだまだブラウン管テレビが主流ではありますが。
私が住んでいるシェムリアップの街中では、携帯電話と並んでテレビは必須アイテムです。ケーブルテレビ会社が複数有り、チャンネルも70~80局有って、映画専用チャンネル、スポーツ専用チャンネル、経済ニュース専用チャンネル、NHK、CNN、BBC、中国、台湾、香港、韓国、ベトナム、タイ、カンボジア放送、その他色々有ります。もっとも沢山有っても言葉が分からないので、殆どのチャンネルは私にとっては無用の長物ですが。
でも韓国のチャンネルは好きだなあ、韓流ドラマやKポップが見れるので・・・。
私がよく見るのは、その韓国のチャンネルとNHK、たまにカンボジアのチャンネル、それに映画ですが、その話はまた次回書きますね。
 テレビ受像機もピンキリで、先日私の知り合いの日本人は、オリンピックを見る為に36ドル(約2900円)で、17型のブラウン管テレビを買ったと言っていました。安ッスー
日本製の最新の薄型テレビも街の電気店やデパートで売っていますが、これは少々値が張り、寧ろ日本で買うより高いので中々手が出ない様ですが、サムスンやLGなどの韓国製は日本製よりも安く、こちらの方が買われている様です。
それに、何処の国なのか余り知られていず、中国だと言う人もいますが「AKIRA」と言うメーカーが有り、ここの製品は割と安い為結構普及しています。
博物館の薄型テレビも実はこの「AKIRA」製であり、時々お客さんから「アキラさんがやっている会社ですか?」と聞かれるのですが、うちのアキラさんとは全く関係有りません。
アキラさんは決してそんな商売はしていません。
金属探知機で金(IRON)は探していますが、金(MONEY)は儲けていませんので念の為。
ちゃんちゃん。(イマイチ面白く無かったなあ)

ちなみに私の部屋のテレビはアイワ製です。
それから、これまでの話は都市部の事であって田舎に行くと電気も通って無く、バッテリー発電の所が多いのでやはりまだまだテレビの無い家は多いですし、たとえ有っても、主にDVDとかビデオを見ているそうです。
でも、その方がひょっとしたら幸せかも知れませんよ。
テレビなんて見出したら切りが無いですし、上手く活用しないと(非常に難しいですが)ホントに人間がバカになってしまいますので、誰かさんの様に・・・。
いやいや、貴方の事では有りませんよ、私の事です。

ア~ア、また長くなってしまったなあ。

「AKIRA」製の電気ポット
因みに、我が家の電気ポットも「AKIRA」製です

  1. 2012/08/19(日) 09:08:13|
  2. カンボジアの生活、文化、自然、果物
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コウモリを食らう

8月12日(日)
まず最初に訂正がございます。
7/25付け『いよいよ「ロンドンオリンピック」』の記事の中で、カンボジアからの出場選手が1人か2人と書きましたが、本当は6人も出ていました。水泳とテコンドーと陸上と柔道の4種目に6人で、柔道には日本人が指導した選手が出場したとの事です。ウソっばちを書いて、カンボジア政府並びに関係各位の名誉を傷つけました事、深くお詫び申し上げます。それにしても結構やるね。
 それと、このブログに掲載の全ての写真をダウンサイジングしました (エッらい手間が掛かりましたが) ので、前の記事の中で見る事が出来なかった写真も見る事が出来ると思いますので、どうぞ皆様、最チェックして下さい。

コウモリ
コウモリ

さて今回の記事は、お約束通りアキラさんに関してです。
 
カンボジアの人々が悪食であると言う話は前回致しましたが、アキラさんも例外ではありません。それどころか、更にその上を行っています。
 少し前のある日、バッタンバンと言うタイ国境の地で地雷撤去活動を終え、博物館に戻って来ていたアキラ氏が、私に、「夕べいっぱい鳥を捕まえたので、一緒に食べますか?」と聞くのです。
手をバタバタさせて「とり、OK?」と言うので、そんなもん食えるワイと「OK」と言って博物館の屋外キッチンに付いて行くと、そこに居たのが何とコウモリ数十匹。
「どこが鳥やねん」と突っ込みたくなりましたが、もう後の祭り。
今更食えないとも言えず、「OK、OK」と顔を引きつらせながらも笑顔で答え、アキラさんがコウモリ1匹ごと包丁で捌いて行くのをじっと見ていました。
まず羽を落とし、皮を剥ぎ、身の多い胴体部分と骨の多い頭や羽の付け根などをバラバラにし、胴体から肝臓以外の内臓を取り出し捨てます。これが下ごしらえです。
この作業をマメに延々続け、終えると今度は鍋に油を引いて色々な調味料、何かの葉っぱ、唐辛子、ニンニクなどと一緒に炒めます。料理の腕前もホントにプロ並みです。
アキラ氏によると、地雷撤去活動の隊員達は交代で料理当番をしているので、誰もがこうした料理が出来るとの事です。
しかし、アキラ氏の腕前はその中でもやはり一番でしょう。
出来上がった料理を他のスタッフ達も呼んでごはんと一緒に食べましたが、味は鶏肉の様で、思ったよりも格段に旨かったです。
後で友達のカンボジア人何人かに話したところ、一部の人、特に女性はさすがにカンボジア人であっても嫌そうな顔をしましたが、一部の人は酒のつまみとしてよく食べると言っていました。
コウモリはヤシの木によく集まるそうですが、アキラ氏が捕まえたのは博物館の中の実のついた庭の木で、夜中に実を食べに一杯集まったので木に網を掛けて捕まえたとの事です。
さすが10年のキャリアを持つ元少年兵のアキラ氏だけの事はあります。
この人はホント何をやっても生きて行けるでしょう。
でも、ホンマに 「どこが鳥やねん」。


コウモリ3
コウモリを捌くアキラ氏


コウモリ2
同じくコウモリを捌くアキラ氏


アヒル
これはアヒルです


料理当番
料理当番のデマイナー(地雷撤去人)


 
  1. 2012/08/12(日) 09:08:55|
  2. 博物館関連
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カンボジアの食料事情

8月5日(日)
写真が閲覧出来ない状態になり御迷惑をお掛けしましたが、何とか見て頂ける様になりました。
ブログの会社に問い合わせをしておりましたが回答が無いので、自分で写真のサイズが大き過ぎるのかと当りを付けて、サイズを小さくしたところ上手く行きました。
これからブログを始める方はどうぞ御参考に。


カエル
カエルのパック詰め


さて、今回はカンボジアの食料事情について書きたいと思います。
 カンボジアはかつては大変豊かな農業国でした。
米なんかも輸出していて、第二次世界大戦直後の日本が食糧難に喘いでいた時には、この国から無償で日本に米が提供されていた歴史もあるくらいです。
果物なんかも豊富で、バナナやパパイヤ、マンゴー、ココナッツが至る所に実っています。
 しかし、ベトナム戦争時のアメリカによるカンボジア国内を通るホーチミンルートへの爆弾投下により、農業が破壊され、その後の長きに渡る内戦で食糧事情は悪化の一途を辿るところとなりました。
それが原因かどうかは別にして(ここまで書いといて、そりゃ無いだろ)、カンボジアの人々は今でもやたら何でも食べます。ハッキリ言って、ゲテモノ食いです。
ヘビでもカエルでもトカゲでも、クモでもアリでもネズミでも、ワニでも犬でもサソリでも・・・・。
今は食料も豊富であり、米も再び輸出出来る様になっていますが、それでも昔の名残なのか兎に角何でも食べます。カエルなんて街のスーパーで、パックに入れて平気で売ってる位なんですから、 ウヒャーッ。
もっとも日本でも戦時中や戦後の食糧難の時代には同じ様なものだったと思いますが、それがこちらでは今なのです。
と言っても決してカンボジア人を野蛮だとケナシテいる訳ではありません。寧ろ日本人より遥かにサバイバリーで逞しく、尊敬にさえ値すると思う位です。 (少しゴマすり)
それにしても凄いです。
コオロギやタガメは街の虫マーケットで売っていて、スナック代りに食べますし、コブラでも、ナマズでも雷魚でも孵化直前のアヒルの卵でも・・・・・食うわ、食うわ。
 皆んなが食え食えと言うものですから、私も一度だけ孵化直前のアヒルの卵を、目をつぶって食った事がありますが、味は兎も角、毛や骨の感触が舌先に伝わり、グロテスクな形が蘇って卒倒しそうになりました。 (よく卒倒するヤッチャなあ)
カンボジア人は女の子でも、これを疲れた時のエネルギー補給として、一度に3個でも4個でも平気で食います、 ドヒャーッ。
そんな中でもアキラさんはもっと凄いです。
何せジャングルの中で10年間生きて来た人ですから、その生命力たるや尋常ではありません。
もっと凄い物も食べますが、その話は又次回。
では、また。

今後は週1回の更新、週間ブログを目指して参りたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。
そのうち旬刊になり、やがては月間になったりして・・・・。いやいや、何とか週間ブログとして更新に努めて参りますので、どうか皆さん、読んで下さいね。



卵2孵化直前のアヒルの卵
卵孵化直前のアヒルの卵2


ブタ
三匹の子豚?


コオロギ
コオロギの佃煮


鶏
鶏のラインダンス


さそり
さそり酒

  1. 2012/08/05(日) 09:34:14|
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