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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

本日のお客様

5月27日(月)・28日(火)

今回の「本日のお客様」は、2日間に渡っておりますが悪しからず。
まず27日の最初にお越し頂きましたお客様は
ピースインツアー
ピース・イン・ツアー企画の「スナーダイ・クマエ孤児院」訪問スタディツアー参加の6名様。
熊本の池田さん、大阪の後藤さん、神奈川の吉野さん、藤原さん、千葉の林さん、広島の豊岡さんです。

次に東京の女性にお出で頂いたのですが、写真は辞退されました。
その次が
Sさん家族
Sさん家族でした。

そしてその次が
東京の筒井さん
東京の筒井さんでした。

同時に
東京の秋山さんと福岡の松沢さん
東京の秋山さんと福岡の松沢さんにも、一緒に説明をお聞き頂きました。

最後が
ベトナム在住の杉田夫妻と東京の渡辺さん
ベトナム在住の杉田夫妻と東京の渡辺さん親子でした。

以上が5/27(月)のお客様でしたが、以下は5/28(火)のお客様です。

まず最初にお越し頂いたのが
北海道の松野さん
北海道の松野さんでした。

そしてその次が
神奈川の上野さん他
神奈川の上野さん、田中さん、大阪の熊野さん、仙台の加藤さんの4人組でした。

そして最後が
山梨の岩崎さん
山梨の岩崎さんでした。カンボジアには何度も来られていて、アキラ氏にも会った事がお有りとか。

御来館頂きましたお客様には、心よりお礼申し上げます。今後とも御支援、御鞭撻の程、宜しくお願い致します。


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孤児院ボランティア・岩田亮子さんの巻

岩田亮子さん
岩田亮子さんとカンボジア人スタッフ2人


5月26日(日)

先週御案内の通り、今回は、バッタンバンの孤児院で孤軍奮闘中の、岩田亮子さんの御紹介です。
カンボジアでは、孤児院と言っても必ずしも親の居ない子供たちが対象では無く、貧困や病気、虐待など様々な事情を抱えた子供たちが、親元を離れて生活している施設です。
大抵の場合、政府からの援助は無く、色々な国のNGOやカンボジア人の篤志家が身銭を切って運営しています。
シェムリアップには、日本人が運営している孤児院も何箇所か有りますが、バッタンバンには恐らく1箇所も無いと思われます。
岩田さんがボランティアをされている孤児院は、バッタンバンの「HOPE OF CHILDREN」(HOC)。
カンボジア人のお坊さんが作った孤児院です。
最初はお寺の中にあったそうですが、2011年に今の場所タコック村に移転しています。
岩田さんがその孤児院を手伝う様になったのは、2009年7月から。
日本でJALの国際線スチュワーデス(所謂スッチー)だった岩田さんが、何故カンボジアの孤児院で働く様になったのか。それもボランティアですから、全くの無報酬で。
そこには物凄い人間ドラマが隠されている訳ですが、私の筆力では十分お伝え仕切れませんので、関心を持たれた方は是非ご本人から直接伺って下さい。

ヒントを申しますと
1 前々から東南アジアへ、支援物資を送ったりの活動をされていた。
2 早期退職制度を利用して、45歳の時退職された。
3 日本に居た時、日本語教師の資格を取得されていた。
4 手の届く国際貢献をしたいと言う強い思いを、かねてから持たれていた。

以上です・・・って、これだけじゃあさっぱり分からんわなあ。
兎に角、55歳の時カンボジアに単身乗り込まれ、それも余り日本人の居ないバッタンバンで、孤児院と言う右も左も分からない全く未経験の分野で、設立者のお坊さんとたった二人きりで運営に携わられたのです。
凄い勇気、決断力です。
世話をしている子供たちは、下が3歳から上は18歳迄で、人数は50人。
多い時には100人近く居たそうですが、孤児院の生活に馴染めなかったり、卒業したり、また新しく入ってきたりで人数は流動的です。それでも50人と言うのは、二人で世話するには大変な数です。幸い卒業した子供たちの中から2、3人の優秀な子がスタッフとして残って手伝っていますが、それでも人手が足りてるとはとても言えません。
そんな中、資金不足を補う為に自給自足を目指して米作り、野菜作りにもチャレンジされ、お坊さん、岩田さんとも全く農業未経験のお二人が、見よう見まねで田植えをし野菜の種を蒔かれたそうです。今では年間2トンの米を収穫し、バナナ、マンゴー、パパイヤ、ヤシ、米の育たぬ時期に冬瓜、豆類、とうもろこし、マッシュルーム、葉物野菜など収穫されている様ですが、米も1ヶ月で1トンを消費すると言う事ですから、決して足りているとは言えませんが。
また更には、運営資金の確保と、土地を提供してくれたタコック村に対する雇用支援を目指して、敷地内に縫製工房を設立し、そこで村人の女性数人が、日本の子供向けの可愛いリュックサックとポーチを作っていました。日本の或る企業が、この孤児院に対する支援の一環として、一括して購入してくれるそうです。
これとて、企業経営、縫製などの専門知識の全く無い岩田さんが、子供たちの世話で忙しい中、色んな人の伝手を頼り、独自に勉強されて行っている訳ですから大したものです。
しかし、カンボジアならではの様々な困難を抱えていて、トタン屋根の為工場内が蒸し風呂状態であったり、周辺に虫が多くて、その虫が梱包した製品の中に入って税関で引っ掛かったりと、日本では考えられないトラブルが色々有る様です。
設立者のお坊さんも凄い人で、敷地内に建っているゲストハウスなどの建物は、お坊さんと子供たちの手作りだそうです。
子供たちの宿舎は、イギリスとイタリアのNGOが資金を提供してくれて建った様ですが。
子供たちは数キロ先の学校に通っていますが、バッタンバンはまだまだ治安が悪く、子供の誘拐などの危険がある為、2台のトゥクトゥクを購入して、卒業生スタッフの運転で学校への送り迎えをしていました。
また子供たちは、学校から帰ると孤児院内に作られたパソコン教室で、パソコンの勉強もするそうです。先生は卒業生スタッフとか。
あと、現在寺子屋も建設中で、私の居る「アキラ地雷博物館」の中の「リリーフ・センター」同様に、ここでも子供たちに学校とは別に独自の教育を施そうとしていました。

運営資金が十分と言えない中で、色々アイデアを出し、身体を動かし前向きに取り組むこの方の、私と同い年とは思えないそのバイタリティに、只々圧倒されます。
物腰柔らかく、上品で笑顔の絶えないこの方の、何処にその様なエネルギーが秘められているのか。
田中千草さんと言い、赤尾和美さんと言い、この岩田亮子さんと言い、カンボジアで活躍する女性恐るべし。
ここにもまた、輝ける日本人がいました。


所有のトゥクトゥクで学校から帰って来た子供たち
孤児院所有のトゥクトゥクで学校から帰って来た子供たち

孤児院全景  建築中の寺子屋
孤児院全景、
 この空き地が雨季になると田んぼになります。     建築中の寺子屋、 廃材利用です。


子供たちの宿舎(男子寮)  子供たちの宿舎(女子寮)
子供たちの宿舎(女子寮)                  子供たちの宿舎(男子寮)

縫製工場外観  縫製工場内
縫製工場外観                         縫製工場内


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本日のお客様

5月24日(金)

本日の日本人のお客様は7組いらしたのですが、奥ゆかしい方が多くて、写真を撮らせて頂いたのは4組の方だけでした。
最初お二人の女性がいらしていたのですが、写真は有りません。
最初に写真を撮らせて頂いたのが
HISのスタディツアー
HIS企画の「ユネスコ関連施設訪問スタディツアー」参加の東京の宮川さん、倉地さん、Yさん、中山さんでした。余り時間は無かったのですが、熱心に話しを聞いて頂きました。

次にお越し頂いたのが
東京のYさんとKさん
東京のKさんとYさんでした。

その後の女性お一人は写真を辞退され、その次にお出で頂いたのが
埼玉の小林さん
埼玉の小林さんでした。

その次の男性3人組が写真を辞退され、最後にお出で頂いたのが
埼玉の武田さんと東京の野上さん
「ヤマトゲストハウス」からお越しの埼玉の武田さんと東京の野上さんでした。
このお二人も非常に熱心で、閉館間際まで館内を見学して下さいました。


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バッタバタのバッタンバン紀行

像
バッタンバンのシンボル「ター・ドンボーン・クロニューン坐像」


5月19日(日)

昨日まで3日間、カンボジア第二の都市バッタンバンに旅行に行って来ました。
バッタンバンはシェムリアップから西南170キロに位置し、途中休憩30分を含めてバスで3時間半を要しました。
16日の朝9時半にシェムリアップを出発し、バッタンバン到着が午後1時でした。
バッタンバンはポルポト派が最後まで支配していた地であり、タイ国境近くには今でも地雷が数多く残っていて、アキラ氏達もしょっちゅう地雷撤去に入る場所です。
私はこれまでパイリンやバンテアイ・ミンチェイに行った時に通った事はありましたが、滞在するのは今回が初めてです。
郊外は恐らく、ポルポト時代の爪跡が今でもあちこちに残っていて発展も遅れていると思われますが、州都は実に落ち着いた雰囲気であり、植民地時代のフランス様式の建築物が数多く残っていて異国情緒を醸し出し、街の中心部を流れるサンカー川の河畔は散歩や憩いの場として最適です。夕方には涼を求めて大勢の街の人、特にアベックが河畔に集まり、通りや公園に設えられたベンチに腰掛けて寛いでいました。
またバッタンバンは有数の米どころであり、バスで通った道路沿いには広大な農地が広がっていました。ここの米は品質が良くて、シェムリアップで毎日食べている米よりは大分美味しかったです。

そもそもバッタンバンに行く事になった経緯はと申しますと、現在シェムリアップの山本日本語学校で勉強中のチャネットと言うバッタンバン出身の23歳のカンボジア青年がいまして、その彼が17日に従兄弟の結婚式が郷里のバッタンバンであるので帰省するが、その結婚式に自分のバッタンバン時代の日本語教師であった、50歳位のとっても美人の日本人女性が出席するので一緒に来ないかと誘われた為です。別に美人と言う言葉に引かれた訳ではなくて(ホンマかいな)、その人が孤児院でボランティアをされていると言う言葉に興味を覚え、是非ともお会いしたいと思ってチャネットとのバンタンバン二人旅に出発した訳です。
チャネットとは、JHCと言う旅行会社で日本人向けのガイドをしている私の友人のソテアレン(このブログにも度々登場しています)の紹介で、今月の7日に知り合ったばかりです。
山本日本語学校の理事長は、日本語学校だけでなく、レストランと旅行会社のJHCを経営していて、生徒は授業料は無料ですが、まず3ヶ月コースで勉強した後自社のレストランで3ヶ月働き接客を勉強する事が義務付けられています。その後1年コースに移行しみっちり勉強した後、それぞれがガイドになったりホテルに勤めたりと習得した日本語を活かして職に就くと言う訳です。
チャネットはシェムリアップに出て来てから今が4ヶ月目であり、3ヶ月コースを終えてレストランで働いています。寮で生活していますが、その寮にJHCで働くソテアレンも居て先輩としてチャネットの面倒を見ていて、私がソテアレンをビヤ・ガーデンに誘った時に一緒に連れて来たのがチャネットだったのです。
そしてその場で、今回のバッタンバン行きが決定しました。

しかし、ここから話しがややこしくなりますが、その私がお会いしたいと思っていたバッタンバンで孤児院のボランティアをされている美人の女性とは、何とバッタンバン行きのバスで一緒になったのです。チャネットがバス乗り場で、「せんせ~い」と呼び掛けて駆け寄り、私に紹介してくれた人がその方でした。その方がシェムリアップに来ていた事はチャネットも知らなかったので、全くの偶然、と言うか奇跡の様な出会いでした。しかもその方は5月13日(月)にシェムリアップに出て来て、ひょんな縁から私の友人の「CBF」の古川さんらとその日の晩一緒に食事をしていたのです。古川さんに連絡が入った時私も「CBF」に居て、その電話を聞いています。その電話を掛けて来た人はその方ではなく別の人ですが、その方も隣りに居て、私も電話を受けた古川さんの隣りに居たと言う訳です。私は都合が悪くてその席には出席出来ませんでしたが、タイミングが合っていればその時にお会いしていたでしょう。
ここでは運命の歯車が狂った訳ですが、その後一度狂った歯車に何らかの大きな力が働いて、劇的な出会いをもたらしてくれた訳です。今まで何度もこのブログで紹介している正に「カンボジア・ミラクル」が、又しても起こりました。
しかもです。17日の結婚式の話はその方には伝わってなく、チャネットの勝手な思い込みであって、その方は結婚式に出席する予定など当然持っていませんでした。ですから、下手をすれば私の一番の目的が果たせずに終わるところだった訳です。
しかもその結婚式は、17日から始まって我々が出席するパーティは3日目の19日だと、バッタンバンに到着してから言うではありませんか。何じゃ、そりゃあ。
チャネットの日本語能力がまだ発展途上なので、彼が間違えて言ったのか私が聞き間違えたのかよく分かりませんが、19日まで滞在すれば帰りが遅くなってしまうので、結局結婚式には出席せず当初の予定通り昨日の昼過ぎにシェムリアップに帰って来ました。
結婚式には出席出来ませんでしたが、街の中をチャネットのバイクで案内して貰ったり、自分の足で歩いたりして、あちこち見学する事が出来ました。
16日には午後から3時間程大雨が降った為、その方に連れて行って貰う約束だったこちらが本場の「ファー・カンボジアサーカス」(通称バッタンバン・サーカス)には行けませんでしたが、でもその分チャネットの仲間の青年たち5人と一緒に、ナイトクラブやカラオケを梯子し、夜のバッタンバンを存分に楽しみました。
17日にはその方の働いている孤児院を訪ね、色々とお話しを聞かせても頂きました。
その方は名を岩田亮子さんと仰いますが、私と全くの同い年でした。
でもJALの元国際線スチュワーデスだったと言うだけあってさすがにお美しく、実年齢より大分若く見えました。
その詳しい御紹介は、次週させて頂きたいと思います。

当初の予定とは大分違うバッタンバン旅行でしたが、でも紆余曲折はあったものの、最大の目的はどうにか果たせたので、満足の行く旅でした。

バッタンバン大学2  バッタンバン国立大学
バッタンバン国立大学                     大学のキャンバス

大学でのチャネット  チャネットと像
バッタンバン大学でのチャネット               ター・ドンボーン・クロニューン坐像の前のチャネット

像へのお参り  像での楽器演奏
坐像前でのお祈り                        坐像での楽器演奏

ナッ・マーケット  寺院
ナッ・マーケット                         ワット・サンカー

河畔の公園  モニュメント
河畔の公園                           あちこちにあるモニュメントの一つ

チャネットの仲間と  ナイトクラブにて
チャネットの仲間と焼肉屋にて                 ナイトクラブにて

ナイトクラブのショー2  ナイトクラブのショー
ナイトクラブのショー                        ナイトクラブのショー

泊まったホリディゲストハウス  キャピトルバス乗り場
泊まったホリディゲストハウス  1泊5ドル          キャピトルバス乗り場


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本日のお客様

5月14日(火)

昨日、今日、明日とカンボジアではシハモニ国王の誕生日をお祝いしての祝日。
リリーフセンターの子供たちも学校が休みなので、昨日は「クバール・スピアン」へビルさん、ジルさん、スタッフと一緒に遊びに出掛けました。私は留守番。
今日は一転して子供たちは、館内で掃除のお手伝いをしていました。
そんな中今日の日本人客は、やはりローシーズンで3組のみと少なめでした。
でもこれ位の方が、私にとっては楽チンですが・・・。

最初のお客様は
東京の齊藤夫妻
東京の齊藤御夫妻でした。
早朝からいらしていて、私が博物館に着いた時にはもう帰られるところだった為殆どガイド出来ませんでしたが、熱心な方で事前に本で勉強してから来られていました。この後一之瀬泰造の墓とキリングフィールドにも行かれると仰っていました。齊藤様、ガイド出来なくて申し訳ありませんでした。

次にお出でになったのは
香川の新井夫妻
香川の新井御夫妻でした。
カンボジア人ガイドが30分でやってくれと言うので余り十分なガイドは出来ませんでしたが、それでも熱心に聞いて頂きました。

最後が
大阪の新井さん
大阪の新井さんでした。
本当はクロマーツアーズの企画で4名で来られていましたが、あとの3名は写真を辞退されましたので新井さんお一人に写って頂きました。
今気が付いたのですが、偶然にも香川の新井御夫妻と同姓でした。親戚ではないですか?

本日のお客様は以上3組のみでした。
皆様、今がゆっくり説明を聞いて頂けるチャンスです。
大勢のご来館をお待ちしております。


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とろけるような甘~いカンボジア生活

スヴァーイクティッヒとマンゴーシェーク
スヴァーイ・クティッヒとマンゴーシェーク


5月12日(日)

もう何度かこのブログで取り上げましたが、カンボジアは南国フルーツの宝庫で様々な果物を味わう事が出来ます。
先日も友人のソテアレンが実家の庭で実ったジャックフルーツとマンゴーをどっさり届けてくれました。
ジャックフルーツは、大きいものになると長さが6、70cm位のものまであり、それはそれは驚くほどの大きさです。私が貰ったものはその半分位の大きさでしたが、それでも中にはミカンの房状の、大きな種を包んだ甘い実がたっぷり詰まっていて、一人で食べ切るのに4、5日掛かりました。

木になるジャックフルーツ  ジャックフルーツの中身
木に生るジャックフルーツ                     ジャックフルーツの中身  

またマンゴーは、私の一番好きな果物でして、そのとろける様な甘さは毎日食べても決して飽きの来ない甘さであり、幸せ感マックスです。
そのマンゴーにも色々種類があるようで、「スヴァーイ・クティッヒ」という名のマンゴーは、カンボジアマンゴーの王様とも言われ、他の追随を許さない極上品だそうです。
私がその事を知ったのは、一級建築士としてUNESCO遺跡保存オフィス建設の為カンボジアに赴任され、その後シェムリアップでカンボジア人の御主人と一緒にJST(アンコール遺跡の保全と周辺地域の持続的発展のための人材養成支援機構)と言うNGOを運営している小出陽子さんと言う女性が雑誌に書かれた文章からです。彼女はシェムリアップで「カフェ・モイモイ」と言うレストランも経営していて、そのレストランで「スヴァーイ・クティッヒ」を提供していると言う事でした。しかし、その時期は4月中旬から5月中旬まで。
私がその記事を目にしたのは昨年6月だった為、普通のマンゴーはまだ出回っていましたが、王様は既にお隠れでした。
その為私はこの1年間、毎日「スヴァーイ・クティッヒ」「スヴァーイ・クティッヒ」と頭の中で呪文の様に唱え続け、その登場を今か今かと待ち焦がれていました。
そして遂に先だって、その「カフェ・モイモイ」で感激の対面を果たしたのです、「キング・オブ・マンゴー」に。
長い道のりでした。涙に咽んだのは言うまでもありません(ほんまかいな)
確かにその味には気品とコクがあり、得も言われぬまろやかな甘さで、口の中が「ワンダーランド・オブ・カンボジア」状態(どんなんや~)。正に至福の瞬間です。
今年も旬の時期はあとわずかですが、悔いが残らぬ様「カフェ・モイモイ」に通い詰めたいと思っています。
日本の皆様には誠に申し訳無いですが、この極上品のマンゴーが、レストランで食べてもたったの1.5ドル。
円安が進んだとは言え、それでも日本円にしてたったの150円で食べられるのです。ああ、皆さんにも食べさせてあげたいなあ。楓さん、貴方の分もしっかり食べておくからね、イ・ヒ・ヒ。

スヴァーイクティッヒとランブータン  料理「干し魚とマンゴー」
スヴァーイ・クティッヒとランブータン              料理「干し魚とマンゴー」

普通のマンゴーとスヴァーイクティッヒ
普通のマンゴーとスヴァーイ・クティッヒ。  見た目では中々区別がつきませんが、へたの大きさが違うようです。

ここで話は変わり、次の話題は一昨日の10日に行われた結婚式です。
花嫁はノンノンと言う、日本人経営のレストラン「かぐや姫」で働くカンボジア人女性です。
彼女の兄のソヴィアも、日本人経営の「カンボジア・ティータイム」と言うみやげ物店で働いていて、そのソヴィアとは私がカンボジアに来た当初からの知り合いで親しくしていますが、彼等の兄の結婚式が2011年9月に有り、その時に初めてノンノンとは知り合いました。その時の彼女の美しさが目に焼きついて頭から離れず、彼女自身の結婚式にも是非とも出席したいと、その時からずっと1年間(以上)願い続けて来ました。
そして、遂に一昨日対面しました、「プリンセス・オブ・カンボジア」に。
ホントに可愛いかった~。

ノンノン
初めて会った時のノンノン

ソヴィアの兄  ソヴィア
ソヴィアの兄の結婚式                       ソヴィア   

と言う事で、懸命な皆様には既にお分かりでしょうが、「ノンノンの結婚式」と掛けて、「スヴァーイ・クティッヒ」と解く。
その心はどちらも「とろける甘さの顔と味」。
もう一つ、「どちらも1年間待ち続け、やっと念願叶いました」。

なぞかけはイマイチでしたが、本当にどちらも一級品でした。
ノンノンと「スヴァーイ・クティッヒ」の将来に幸多かれ。

新郎新婦
新郎新婦

新婦のノンノン
新婦のノンノン

ノンノンと花田礼子さん
ノンノンと花田礼子さん


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「本日のお客様」

5月9日(木)

5月6日迄は日本がゴールデン・ウィークだった為連日日本人来館者でゴッタ返し、てんてこ舞いだったのですが、7日(火)は何と日本人客ゼロ。極端な落ち込み様でした。
よって、通常は火曜日のお客様を「本日のお客様」として取り上げるところをそれが叶わず、昨日は私が博物館を休んだ為、今日のお客様を「本日のお客様」として取り上げる事に致しました。
明日は友達の結婚式が有り又博物館を休む為、今日しかもう日が無いのです。
しかし、今日も何と朝9時に御夫婦1組が来られた後客が途切れ、ひょっとして「本日のお客様」史上最低の1組のみとなるかと心配しました。
しかも12時頃昼食を摂りに奥に引っ込み、帰って来ると一人の日本人客がトゥクトゥクに乗り込んだところ。
ゲッ、何でこうなるの。折角の2組目を逃し、もうダメかと諦めかけたところへ14時頃、13名のツアー客が来館され何とか格好が付いたと言う訳です。
15時には早々に引き上げた為、その後来られたお客様がいらしたかどうかは定かでは有りませんが・・・。

最初のお客様は
東京の秀島夫妻
東京の秀島夫妻でした。1時間たっぷり説明をお聞き頂きました。

そして次にお越し頂いたのは
水牛
水牛です・・って、そんな訳は無いですよネエ。写真が少ないので参加して貰いました。

本当は
HISスタディツアー
HIS企画の「日本ユネスコ協会連盟支援先訪問スタディツアー」に参加の13名の皆様でした。
こちらも1時間、熱心に話しを聞いて頂きました。

最後にやはり写真が少ないので賑やかしに、可愛い写真を掲載致しますね。
猿
これはアキラ氏が、自分の子供の為に地雷原から連れ帰ったお猿のベイビーです。現在シェムリアップの事務所で育てています。

本日お越し頂いた皆様、有難うございました。又のお越しをお待ちしています。


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「アンコール小児病院」赤尾和美さんの御紹介

看板
「アンコール小児病院」のロゴマーク


5月5日(日)

今回のブログには、遂にあの「アンコール小児病院」の看護師・赤尾和美さんに御登場頂きます。
前々からお話ししています様に、私がここカンボジアにおいて尊敬する2人の日本人女性が居まして、お一人は「アナコット・カンボジア」を主宰する田中千草さんですが、もうお一人がこの赤尾和美さんです。(勿論、カンボジア人で私が尊敬していますのはアキラ氏ですが)
お二人とも、自分の持てる時間の殆ど全てを、自分の為で無く人の為に使っている方々でして、正にボランティアの鑑です。
(実はこのブログ記事を載せるに当たり、赤尾さんに掲載許可を頂くべく事前に内容をチェックして頂いたところ、自分はちゃんと給料を頂いてやっているのでボランティアではありませんと言われました。でもそれは謙遜でしょう。私から見たら、それは給料の対価としての仕事どころでは決してありません。)
私なんかにはとても真似が出来ない、そんな凄いお二人です。
色んな方からお話しを伺い、立派な人だなあ、是非一度お会いしたいなあと思いながらも、中々お会いする機会がありませんでした。
ところが遂に今年の2月、お会いする事が出来ました。
博物館にやって来た日本人のお客様の団体が、どうしても赤尾さんにお目に掛かりたいと言われたので人を介して赤尾さんに連絡を取り、その日の1時間しか空きが無いと言うそのタイミングで私も便乗してお会いしました。
御本人は思っていたよりも小柄で、何処にそんなパワーが有るのかという感じの、ごく普通の気さくな女性でした。
私は感激の余り思わず涙が溢れて来て、言葉に詰まってしまいました。こんな経験は初めてです。

「アンコール小児病院」はニューヨーク在住の写真家・井津建郎氏の呼びかけによって、1999年1月にカンボジア・シェムリアップの地に開院致しました。
設立母体はニューヨークと東京に本部を置く「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー」と言うNPO法人です。
カンボジアでは、地獄のポルポト政権時代に医師の9割が虐殺され、生き残ったのはたったの40人余りと言う事で、その後も医療レベルは世界の最低水準に留まり、特に農村部の医療は無きに等しい状況で大勢の子供たちが命を落としていました。
そんな子供たちを一人でも多く救いたいと言う思いで設立されたのが、この「アンコール小児病院」です。
診察治療費は原則無料で、経費は基金や企業、個人からの寄付で賄っていて、患者はシェムリアップ近郊の人だけでなく、遠くは国境の村からも押し掛けて来ると言う事です。

赤尾さんは日本で7年間、その後ハワイに渡って8年間看護師として働いていました。
そのハワイ時代に勤務していた看護学校の校長が1994年にカンボジアに移住していて、その人から「アンコール小児病院」開設に当たって声が掛かり、英語で看護が教えられる人材として招聘されました。最初は2、3ヶ月のつもりの軽い気持ちで引き受け、気が付いたら現在14年目と言う事です。
この間、看護師の育成、医療システムの構築、孤児院のサポート、訪問看護、地域への医療教育の普及など幅広く取り組み、多くの患者の治療、救済に当たって来ました。
HIVと訪問看護の専門家として多くの人材を育成し、カンボジアの医療レベルの向上に貢献して来ました。
この赤尾さんの著書「この小さな笑顔のために ~日本人ナースのカンボジア奮闘日記~」によると、カンボジアには在住2年の私ではまだまだ知り得ない貧困や人身売買、エイズ問題、医療、教育問題など様々な困難な課題が山積していますが、それらと闘いながら14年間を明るく前向きに取り組まれていて、本当に頭が下がります。
そしてこの「アンコール小児病院」も、遂に今年「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー」の手を離れて自立を果たしたそうです。
赤尾さん御自身も今後は、カンボジアだけでなくラオス、ミャンマーに活動の場を広げられるそうです。
今後の御活躍が益々楽しみです。

4名

2名

記念撮影

本
赤尾さんの著作「この小さな笑顔のために~日本人ナースのカンボジア奮闘日記~」


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本日のお客様

4月30日(火)

2月、3月は日本の春休みで日本人客は大変多かったのですが、4月に入ってからは急激に少なくなっていました。
しかし一昨日からゴールデン・ウィークに入り、また凄い日本人ラッシュです。
今日も非常に大勢の日本人客にお越し頂きました。お客様が重なってしまい、何組かのお客様には対応出来ずじまいで、御迷惑をお掛けしました。

そんな中最初のお客様は
兵庫の高田さん他
兵庫の高田さん、静岡の仲さん、長野の中村さんの大学時代の仲間3人組でした。

途中から一緒に話しを聞いて頂いたのが
横浜の斉藤さん
横浜の斉藤さんでした。

次が愛知の中納夫妻でしたが、実はデジカメの調子が悪くて写真が写せませんでした。
中納さんのカメラで写して頂いたので、後から写真を送って頂きます。到着次第写真をアップ致しますね。
愛知の中納さん夫妻
写真をお送り頂いたので、アップ致しました。有難うございました。

その後に東京の吉田さん、栃木の新村さん、奈良の小島さん親子、千葉の赤穂さん、神奈川の尾崎さんの
6人組にもお越し頂きましたがやはり写真がありません。こちらも中納さんのカメラで写して頂いたので、後から写真をアップ致します。
東京の吉田さん他
中納さんに写して頂いた写真です。アップ致しました。

その次にお越し頂いたのは
プラットフォーム
国際協力NGO「ボランティア・プラットフォーム」企画のスタディツアー参加の皆さんでした。
ここで何故かカメラが直り、写真が写せました。

その次が
大阪の三木夫妻
大阪の三木夫妻

岡山の井上さん
岡山の井上さん

東京の藤井さん
東京の藤井さん

大分の本田さん他
東京の斉藤さん、福岡の清水さん、大分の本田さん、茨城の青柳さん

東京の佐野夫妻
東京の佐野夫妻

最後が
愛知の崎本さん、田川さん
愛知の崎本さんと田川さんでした。

その他にも何組かのお客様にお出で頂いたのですが、対応出来ませんでした。
ああ、久しぶりに忙しかったあ。
本日お出で頂きました皆様、有難うございました。今後とも何卒宜しくお願い致します。


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  1. 2013/05/01(水) 01:25:43|
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