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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

アキラ地雷博物館への支援を求めて

6月25日(日) 

我が足の方は、理学療法士の健ちゃんのアドバイスを受けて、自分でマッサージを施す事で少しずつ腫れが引いて来ています。寝る時には、足を高くして寝ています。
お陰で、朝起きた時には随分腫れが引いています。残念ながら日中は又腫れが少し戻りますが、でも、確実に良くなっています。もう少しです。

DSCN2324 (1)

そんな中、22、23日とプノンペンに行って参りました。
もう随分前の事なのですが、博物館に来られたお客様から「大使館に行けば、現地NGOに対する支援スキームが有る筈なので相談してみたら」と聞かされて、ずっと気になっていました。
しかし、中々時間が取れず延び延びになっていたのですが、博物館を休んでいる今がチャンスとばかりに足がまだ痛いながらも重い腰を上げました。
来月2日からは10日間程一時帰国して、来年開催の「アキラ氏日本講演会」の事で関係者に会う予定ですし、その後は日本の夏休みで、博物館が多忙になる事から、行くなら今しか無いと思った訳です。

支援スキームと言うのは、日本政府から外務省所管の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」制度と言うのを通じて、海外のNGOに対して支援を行うものです。
私は、2012年7月に「アキラ地雷博物館・日本人応援団」を設立して、応援団員に登録して下さった方々の年会費を2014年1月から毎年アキラ氏に活動資金として提供して参りました。今年の2月5日に渡したのが4回目でした。
しかし、残念ながらまだまだ応援団員の人数が少なくて、十分な金額を渡す事が出来ていません。
勿論、これからも応援団員を増やす努力を続けて参りますが、そこに日本政府からの支援金が加わったら大いに助かるなあと考えた訳です。


22日の朝8時半にキャピトルバスでシェムリアップを出発し、途中2回休憩して、プノンペンに到着したのは午後2時半でした。
直ぐにバス停に隣接の「キャピトル・ゲストハウス」にチェックインし、少し休憩した後トゥクトゥクで日本大使館に出掛けました。
支援スキームを所管しているのは経済協力班で、そちらのアポは4時に取っていたのですが、3時には大使館に着いたのでまず領事班に行って、来年の講演会に関するビザの相談をしました。
ここで大変嬉しい話に出会いました。
何と、来年の1月にシェムリアップに日本領事館が進出すると言うのです。
そうなれば、日本行きのビザを取りにわざわざプノンペンまで来なくてもよくなります。
来年の講演会は、アキラ氏だけでなく、アキラ氏の家族4人とポーイと言う地雷被害の青年も連れて行きますが、その6人のビザ申請及び受け取りがシェムリアップで完結出来る様になるのです。
これまでは、ビザの申請と受け取りで2回プノンペンを往復しなければならなかったのですからホントに万々歳です。
その話を聞いた後、4時に経済協力班の担当者の方とお会いしました。
領事班では期待以上の成果を得られたのですが、こちらでは少々当てが外れました。
支援スキームと言うのは、私が考えていたものとは大きく異なっていました。
私は、毎年継続的に支援金が支給されるのかと思っていたのですが、そうでは無くてプロジェクトに対しての支援との事でした。
日本人の税金を使うのですから当然と言えば当然ですが、審査も厳しく、尚且つ申請も結構面倒です。
一遍に気が挫けましたが、それでも気を取り直して来月か再来月にカンボジア人スタッフとアメリカ人のビルさんと3人で、もう一度この大使館を訪問しようと考え直した次第です。


領事班での面談を終えて、4時のアポの時間まで受付ロビーで待っている時、偶然バッタンバン在住の日本人の方にお会いして話している中で、「先程まで岩田さんがここに居たよ」とお聞きし、ビックリ。
大使館では携帯やスマホは受付で預けなければならないので直ぐには電話を掛けられず、経済協力班との面談を終えて5時に大使館を出て、雨が降っている中をトゥクトゥクで、日本からの進出を果たして2014年6月にオープンしたのですが、私はまだ一度も中に入った事の無かった「イオンモール」に見学がてら行きました。
そして、そこでやっと岩田さんに電話を掛けました。
すると、偶然にも岩田さんも今、「イオンモール」に来ていると言うではありませんか。
そこで1階の喫茶店で待ち合わせして、ほんの数分間ではありましたが暫くぶりの対面を果たしました。
岩田さんとは、バッタンバン在住の岩田亮子さんであり、このブログにも何度か登場頂いた事のあるあの方です。
2013年5月26日「孤児院ボランティア・岩田亮子さんの巻」
2013年8月11日「ホープ・オブ・チルドレン(HOC)でのアキラ氏講演会」
2013年12月2日「岩田亮子さんの御一行が博物館御来訪の記」

今年の2月に仲間と3人で「カフェ・HOC」を訪問し、そこでお会いしましたが、それ以来の対面でした。
彼女にはちょうどHPの呼び掛け人になってくれる様頼んでいて、8月1日付けでメッセージを書いて貰う約束をつい先日交わしたばかりでした。
その彼女も次の予定が入っていて、数分間しか話しが出来ませんでしたが、私も7時半に友達と会う約束になっていたので、彼女を送り出した後暫くイオンモール内を見学し、それからゲストハウスに帰りました。
7時半に迎えに来てくれたのは、3年ぶりに会うチャネットでした。
チャネットは私の親友のソテアレンの仲間で、3年前まではシェムリアップに居ましたが、仕事の関係で今はプノンペンで暮らしています。
彼はバッタンバン生まれで、岩田さんの日本語の教え子でもあります。
また、岩田さんを始めて紹介してくれたのもそのチャネットでした。
2013年5月19日「バッタバタのバッタンバン紀行」

そのチャネットとBBQの店で2時間程歓談。私はビールを飲みましたが、チャネットは最近太って来たので身体の事を考えて禁酒してるとか。
ソテアレンも同様に、最近は余り飲みません。
2人とも、ただただ立派としか言いようがありません。
それに引き換え私ときたら、足のギブスが取れない間から、医者や周囲の忠告に耳を貸さずに飲みまくり、ギブスが外れてからはコップでは間に合わずヤカンで飲みまくる始末。

(ウソです。本当は、私も少しは自重しています)
まあ、そんな訳でチャネットと楽しく3年間の積もる話に花を咲かせた後、雨の中を傘を差しながら彼のバイクでゲストハウスまで送り届けて貰いました。
そして、次の日の昼、バスでプノンペンを後にし、夕方シェムリアップに戻って参りました。
慌しいですが、結構充実した2日間でした。

まあ、酒も飲めたしメデタシメデタシ・・・。



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    我が仲間のチャネット、今は仕事をしながら大学にも通っています。


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  1. 2017/06/25(日) 18:23:56|
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骨折未だ完治せず

6月18日(日) 

日本では、今の時期空梅雨で農作物の被害が心配されている様ですが、こちらカンボジアでもここの所雨が少なくて、今日も朝からいい天気です。
雨季に入ったのは例年より早く、4月から再々降り出して、5月の初めにはもう雨季に入ったと思われますが、6月には降る日と降らない日が半々位です。

さて、先週も相変わらず引き篭もり状態でしたので、ろくなブログネタが有りません。
よって、又もや面白くも何とも無いですが、足の骨折のその後の様子でも記すことに致します。
チェッ、つまんない、そんな話など読みたくも無いと仰るそこのアナタ、では、これから書く話とは全く関係無いですが、面白ネタを一つ紹介致します。
私のお笑いネタ自信作の「デング熱」です。これは絶対笑って頂けると思いますので是非お読み下さい。

話を元に戻しますが、これから書く文章を読んでやろうと仰る奇特な方の中には初めての方もいらっしゃるかも知れませんので、発端から書きますと、バイク事故により足を骨折しましたのが先月の10日でした。
最初行ったクリニックでは、骨折にも関わらずギブスを嵌めるでも無く、ただ薬を塗って包帯を巻き、後は毎日自分でこの作業をする様にとの事。
「治るのに3ヶ月、いやアンタは年寄りだから半年位掛かるかな」とのたまいました。
「ゲエッ、何でたかが骨折位で半年も掛かるんだよ、冗談じゃ無い」と憤りを感じ、別のクリニックを受診しグラスファイバーのギブスを嵌めて貰ったのが先月の16日でした。
ギブスを嵌めた当初は痛くて堪らず、足を床に着ける事も儘ならなかったのですが、その後少しずつ痛みも和らぎ、やがて、松葉杖を使っての外出も出来る様になりました。
ですから、殆ど引き篭もっては居たのですが、何日かは予約が入ったりして博物館にも出掛けましたし、アキラ氏に会いに行ったりもしました。勿論バイクには乗れないので、トゥクトゥクを頼んだりソテアレンにバイクに乗せて貰ったりして。
そして、事故から1ヶ月経った今月10日頃には痛みも殆ど感じなくなりましたので、この分ならもうギブスも外せるぞと思い、15日を外す日と決めました。
しかし、その15日にガイドの予約が入りましたので、急遽14日にソテアレンにクリニックに連れて行って貰い、ギブスを外しました。
まず、ギブスの上からレントゲンを撮り、骨が繋がっているのを確認した上で、大きなハサミでギブスを切って行きました。
ギブスの上からレントゲンが撮れるという事にまず驚きましたが、ハサミの先が身に当たり結構痛い事に驚き、身を切られるのではないかとビクビクしましたが、何とか完全に外れた時には緊張で固くなっていた全身の力が抜けて本当にホッとしました。

やれやれ、これで自由に動けるぞ・・・と思ったのですが、実はそうではありませんでした。
15日には早速バイクで博物館に出掛け、ガイドを1組こなしたのですが、まだ足がパンパンに腫れていて、1時間の立ちっ放しに足が悲鳴を上げました。
骨折の痛みはもう無いのですが、1ヶ月間ずっとギブスで固めていたので、その圧迫痛だと思われる足の痛みと腫れが残っています。
ですから、この日は1組だけで切り上げて帰宅し、16日から又休んでいます。
まあ、歩けはするのでちょこちょこ外出していますが、腫れだけで無く痛みも有り完治には程遠いのが現状です。
でもまあ、もう10日もすれば腫れも痛みも無くなって、完全復活出来るのではないかと期待している今日この頃です。


骨を折ったのは自業自得だったのですが、この動けない間、私の為に骨を折ってくれた人達が何人か居ます。その筆頭は何と言ってもソテアレンです。
ほぼ毎日、食事に出られない私の為に、嫁のチャントリアが作った料理を届けてくれました。
感謝、感謝です。
それから、何人かの人がお見舞いに果物を届けてくれました。
ドリアンやマンゴー、マンゴスチン、ランブータン、ロンガン、ドラゴンフルーツなど。
重なってしまい一人で食べるには余りに多く、お裾分けをしても尚多く、腐らせては勿体無いので一生懸命食べました。食べ切るのに本当に骨が折れました。

まあ、そんなこんなで、骨を折った後も骨を折って貰ったり、骨が折れる毎日でした。
ええい、何のこっちゃ。


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                レントゲン撮影

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  1. 2017/06/18(日) 11:42:04|
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「アンコール共生病院が遂に開院」パート2

6月11日(日) 

先週4日に投開票が行われましたカンボジア地方選挙(地方評議会議員選挙)の結果が概ね判明致しましたので、お約束通りこの場で発表致します。
と言いましても、カンボジアの地方選挙の仕組みが今ひとつ分かりませんので、細かい事は省略します(手に入れた資料をそのまま掲載します)が、どうやら野党の救国党がかなり躍進した模様です。
今回の選挙は、世界的にも結構注目された様で、NHKでも取り上げたとの事です。
それによりますと、全国1646の行政区コミューンの評議会の議長、副議長、評議会議員の11572議席が争われ、12政党から約94000人が立候補し、そして、フン・セン首相率いる与党・人民党が勝利したものの第1党となったのは前回より大幅に減って全体のおよそ7割となり、残りのおよそ3割の行政区では最大野党・救国党が勝利したとの事です。

2002年から始まったカンボジアの地方選挙では、これまで与党・人民党が豊富な資金力と組織力を背景に圧勝しており、前回、5年前の選挙でも全体の97%の行政区で人民党が第1党になっていた事を考えれば、今回は野党・救国党が大幅に躍進した事になります。

何せフン・セン政権は、世界でも有数の長期政権でありかなりの強権体制ですから、腐敗、汚職、人権弾圧、経済格差などの国民の不満が渦巻いていて、私の周りにも今の体制を変えたいと考えている人達が大勢います。
そんな中で行われた今回の地方選挙は、来年の総選挙の行方を占う試金石であり、救国党が躍進した事で来年に向けて大きな弾みが付きました。
これは本当に面白くなって来ましたぞ。
ただ、与党・人民党が危機感を抱いて、これからあらゆる手段を講じて救国党潰しに奔走するでしょうから、我々も選挙権は無いもののこの国の民主主義を見守り、おかしな事が行われた時には国連に訴える、国際世論に訴える覚悟が必要だと思っています。



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健康診断の予約をするアキラ氏


さて、今日のブログですが、足を骨折して以来殆ど外出していませんので、ここのところ面白いネタがとんと有りません。
よって、面白くも何とも無いのですが、前回に引き続き「アンコール共生病院」の宣伝をしたいと思います。
まあ、2回も宣伝しとけば、事務長さんも袖の下を本気で考えるでしょうし・・・ウ・ヒ・ヒ。

昨日10日に、アキラ氏の家族と一緒に「アンコール共生病院」に行って参りました。
前にアキラ氏から、「カンボジア人の友達から聞いたんですが、日本の病院がオープンしたそうですね。子供の歯の治療をしたいので、今度是非一緒に行って下さい」と頼まれたのです。子供の学校の関係で本当は日曜日が良かった様ですが、日曜日は病院も救急以外はやってない為、土曜日の午前中となった訳です。
長男のアマタも治療を受けたかったのですが、土曜日の午前中も授業を休めなかったので、病院にはアキラ氏、奥さん、次男のミン、長女のメタと私の5人で、アキラ氏の運転する車で向かいました。
ちょっと前までは、病院に行く道は「シバタ通り」から「ソクサン通り」に入ってその延長線をまっ直ぐ西に進むしかなかったのですが、こないだ国道6号線とその道が繋がって、今は6号線を西に進んで空港へ入るロータリーを反対側の南に入って真っ直ぐ進めば病院に辿り着ける様になりました。
非常に分かり易いです。
時間にしても、街の中心から車でたった15分で行けますので、とても便利です。
それに、前にも言いましたが、料金も非常に良心的で日本の様に初診料なんてものは有りません。
皆さん、これからこの病院を大いに利用して、皆で盛り立てて行きましょう。
ナンチャッテ。ウソです、病院なんかとはあまり関わりたく無いですよね。

この日は、メタの歯の治療をして貰いました。乳歯が2本抜け掛かっていて1本は虫歯になっていた様ですが、メタが絶対抜かないと抵抗した為、有吉先生が薬剤を塗布するだけの治療をしてくれました。
あとは、アキラ氏が健康診断の予約をしました。
今はまだ眼科が開設されていませんが、1、2ヵ月後には開設予定ですので、そうなれば奥さんとミンが眼科を受診したいと言ってますし、アマタの歯の治療、そしてアキラ氏の健診と、これからも何度か彼等に付き合って私もこの病院に来る事になりそうです。

しっかり貢献してますよ、事務長さん・・・ハハハ、しつこい。


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アキラ氏の奥さんとミン、メタ



病院絡みで、ついでに私の足の骨折の状態もお知らせしておきます。
実は昨日10日でバイク事故からちょうど1ヶ月目となり、痛みも殆ど感じなくなりました。
ですから、今週中にもグラスファイバーを外して松葉杖からおさらば出来るのではないかと期待しています。
そうなったら、また飲みに行くぞォ、オーっ。
いえいえ、これからはくれぐれも自粛致します。ハイっ。




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  1. 2017/06/11(日) 18:20:38|
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「アンコール共生病院」が遂に開院

6月4日(日) 

今日はカンボジアの地方選挙投票日です。
選挙運動最終日の一昨日は、部屋にいても、選挙カーが引っ切り無しに走り回っている様子が、手に取る様に分かりました。
友達のソテアレンの話によると、地方選挙と言うのはどうやらそれぞれの地区の首長を選ぶ選挙の様で、それも個人を選ぶと言うより政党名に投票する様です。
そして、これも総選挙(国民議会議員選挙)と同じく5年ごとに行われます。
参加している政党は10党近く有るらしいですが、私が目にしたのは人民党(CPP)、救国党(CNRP)、民主主義のための同盟党(LFDP)の3つでしょうか。
与党・人民党と野党・救国党の議席獲得数が、来年行われる総選挙の帰趨を占うと思われるので、この地方選挙の結果は大変興味深いです。
因みに、地方選挙では無いですが、2013年に行われた総選挙の結果は、与党・人民党が68議席に対して野党の救国党が55議席でした。

カンボジアでは、選挙の投票日前の3日間は、飲酒によるトラブル回避の為、酒場の営業や店での酒類の販売が禁止されます。
と言っても全ての店が従っている訳では無いので、私は今まで気にした事は無かったのですが、今回は素直に政府勧告に従って飲酒を自粛致します。
ナンチャッテ。
ウソです。ホントは、飲みに行きたくても骨折しているので出掛けられないだけです。


今回の地方選挙の結果は、結果が出次第このブログで発表しますね。
4年前の総選挙の時のブログが有りますので御覧下さい。
「カンボジアの選挙」



さて本日は、先日シェムリアップにオープンした日本人経営の「アンコール共生病院」を話題にしたいと思います。
「社会福祉法人元気村グループ」と言う日本の団体が、カンボジア・シェムリアップに設立したのが「アンコール共生病院」です。
この団体は、3年程前にシェムリアップに「元気家」という日本食レストランをオープンさせていて私も時々仲間と一緒に利用していますが(例の日本酒を出す店です)、その後訓練学校を建て、そしてこの度病院を開業しました。

これまでも何度かこのブログに登場した事があり、私と同じゲストハウスに住んでいる田島さんという私の友人のテニス仲間に有吉さんと言う歯医者さんが居て、この有吉さんは病院の歯科部門を担う為に雇われて、1年程前から単身でカンボジアに来ていますが、田島さんの紹介で私も飲み友達となり、しょっちゅう「元気家」を始めあちこちで一緒に飲み食いしています。
その有吉さんから、最初、病院の開業は昨年8月頃と聞いていたのですが、何故か行政の認可が下りるのが延び延びになり、8月が10月になり12月になり2月になり、そして最終的に5月29日となって、今回も又延びるのかなと思っていたら本当に開業したと言う訳で、3度目の正直ならぬ5度目の正直となった訳です。


シェムリアップには歯科クリニックは一杯有るのですが、みんなカンボジア人医師がやっていて、噂によると何でもかんでも直ぐに歯を抜く(まさか、良い歯まで抜く事はないでしょうが)と言うので、あまり掛かりたくありませんでした。
ですから、多くの在住日本人にとっては、日本人歯科医の開業は本当に待ちに待ったものでした。
しかも、この病院は総合病院ですから、歯科医だけでなく、内科、外科、産婦人科、ER(救急)が有り、そして近い内に眼科も開業するそうです。
私も、内科や外科は馴染みのカンボジア人クリニックが有りましたが、言葉の壁が有りましたので、仲間のカンボジア人に通訳を頼まなければなりませんでした。
でも、「アンコール共生病院」でしたらお医者さんが日本人で無い場合でも、ちゃんと日本語通訳が付いて居ますので、安心して掛かれます。

何か病院の回し者の様で、病院から幾らか貰っているんじゃないかと疑われそうですが、そんな事は有りませんので念の為。


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病院の玄関にて


実は私、歯だけは生まれつき良くて、虫歯も殆ど有りませんので歯医者に行くのは歯石除去の時くらいでした。
しかし、最近奥歯に冷水が染みて、固い物を噛むと痛いという現象に悩まされる様になっていたので、病院の開業を本当に心待ちにしていました。
また、3月に患って1ヶ月間ローカルクリニックで治療を続けた腎臓のその後の状態も気になっていたので、再検査を受けたいと思っていました。
ですから、開院した29日の翌日の30日に、早速トゥクトゥクを飛ばして行って参りました。
有吉さんに診て貰った訳ですが、心配していた虫歯では無いとの事で安心しました。しかし、やはりトシの所為か歯が磨耗していると言う事で少し埋めて貰いました。
又、腎臓の方は、カンボジア人医師が血液検査と尿検査をしてくれて、日本語通訳を介して異常無しと言ってくれました。
ああ、良かった。歯も腎臓も本当に安心しました。
これだけの治療を受けて、料金も至って良心的で、ローカルの病院と殆ど変わりません。
これなら、これからも安心して掛かれます。



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歯科医の有吉先生

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血液採取


ああ、また宣伝してしまった。事務長さん、袖の下待ってま~す。



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  1. 2017/06/04(日) 11:45:51|
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