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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

結婚の御報告

10月28日(日)

前回の予告通り、今日は結婚報告をさせて頂きます。
ちょうど、フェイスブックに載せた記事がありますので、それを転用致しますネ。(楽ちん、楽ちん)


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(10月6日フェイスブック掲載記事)
誠に唐突であり、多くの女性ファンには申し訳無いのですが(オマエは福山雅治か)、私・「川ちゃん」こと川広肇、一昨日4日にカンボジアで結婚しちゃいました。
10月1日に「日本全国平和学習講演会」を無事終えて1ヶ月ぶりにカンボジアに戻り、翌々日の3日に親友のソテアレン、チャントリア夫妻と一緒にシェムリアップから約400キロ離れたタケオまで行き、4日の日にそこで結婚式を挙げたのです。
セコい話ですが、受け取っている年金の関係も有って、何年か前から64歳の内に結婚する計画を立てていて、今年12月末までに何としても日本で入籍する予定でした。
相手はチャントリアの姉で、子持ちのチェンダ-と言う34歳の女性です。
3年前に結婚したのですが、まだ間が無い時に御主人を交通事故で亡くし、一人で女の子を育てていました。
私が死んだ後の年金を彼女の子育てに役立てて欲しい、そして私の老後の面倒を看て欲しいと言う己の一方的なわがまま、自己満足に付き合って貰って、結婚する約束を取り付けていました。
しかし、シェムリアップに呼んで一緒に生活する様になるのは彼女の子が小学校に上がる時、つまり今から3、4年先なので、今回タケオに行ったのも、11月に講演会の後処理も有って日本に帰国するので、その時についでに入籍手続きをしてしまおうと、必要な書類を受け取るのが目的でした。
元々結婚式は挙げるつもりは有りませんでした。
私も14年前銀婚式を終えた後熟年離婚をしていて今回が2度目となりますし、彼女も再婚で有り、結婚式は挙げ無くてもいいとの事だったので。
しかし、彼女の両親や親戚の人達がすっかり準備を整えてくれていて、4日にはあれよあれよという間にカンボジア式結婚式を挙げたという訳です。
参列者は花嫁の親戚の人達と近所の人達だけでしたが、それでも子供を含めると30人以上居たでしょうか。
私自身予期せぬ事で大変驚きましたが、でもまあ、周りの人達に喜んで貰えてホントに良かったと思っています。
元来、長生きしたい気持ちは余り無いのですが、彼女と子供の為にあと5年は生きたいと真剣に思っている今日この頃です。



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以上が、フェイスブック転用記事ですが、1つ訂正が有ります。
彼女の年齢を34歳としていますが、本当は32歳でした。
カンボジア人は、昔の日本人の様に時々年齢を数え(生まれた時が1歳)で言いますので、最初聞いた時には34歳だったのですが、入籍に必要な書類(独身証明書、ファミリーブックなどで、元々これを受け取りにタケオに行ったのですが)を調べてみると、生年月日が1986年4月20日とあり現在32歳である事が分かりました。
私のちょうど半分です。

「今回の結婚に愛はあるのか」と、人から時々聞かれます。
元々、私の死んだ後の年金を活かしたい、老後の面倒を看て欲しいという身勝手極まりない理由で結婚(日本で入籍)するのであり、また、彼女に初めて会ったのは今から2年前のソテアレンとチャントリアの結婚式の時であって顔もロクに覚えていませんでしたので、愛の芽生える余地など微塵も有りませんでした。

65歳までにカンボジア人と結婚する事だけは決めていたものの、自分で積極的に相手を探す訳でも無く、周りの人間に「離別か死別により、自分一人で小さい子を育てている女性」が居たら教えてくれと頼んでいて、その条件に合ったのが彼女だったのです。
ですから、ハッキリ言ってそこに愛は全く有りませんでした。

しかし、このまま終わってしまうと、恐らく世の女性達から大ブーイングを浴びせられると思うので言っておきます。

「安心して下さい、履いています」いやいや「安心して下さい、今は愛が有ります」。

10月3日に人生で2度目の出会いをし、4日に結婚式を挙げて初めて彼女と身振り手振りで会話(今の所、お互い相手の言葉が分かりません)した時から愛情が湧いて来ました。
愛の評論家として言わせて頂くなら(誰が愛の評論家やねん)「愛とは受け入れるものでは無く、育むものなのです」

昔の日本人、まあ、私の両親世代なんかは多くがお見合いで、中には写真を見ただけで結婚した夫婦なんかも一杯居たんですから。
これからしっかり愛を育んで行きます。彼女と子供を大切に護って行きますので、皆様、どうか暖かく見守って下さい。
と言いつつも、一緒に生活する様になるのはまだ当分先なのですが・・・。


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  1. 2018/10/28(日) 17:40:17|
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講演会無事終了の御報告

10月15日(月)

皆様、大変御無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした。
前回、このブログを書いたのが9/2の講演会に旅立つ日(「アキラ氏抜きの平和学習講演会開催の為、今日、日本に向かいます」)だったので、ほぼ1ヶ月半振りですね。
先週書くという手もあったのですが、帰国後も何かと慌ただしく全然元の生活に戻れずにいて、ついつい横着をしてしまいました。


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さてその講演会ですが、これからお話しします恐るべき試練が、次から次へと襲い掛かって来ました。
その理由についても後で触れますが、でも、そうした困難な状況にあっても講演会そのものは大勢の方の御協力を得て、予定していた14会場全てにおいて無事に終える事が出来ました。
アキラ氏の家族も、最初から最後まで全員元気で明るく振る舞ってくれ、本当に救われました。
今回の「日本全国平和学習講演会」は、私にとってのライフワーク、つまり人生最初で最後の大イベントでしたので、アキラ氏不在と言う大アクシデントに見舞われたにも関わらず、成功裡に終わり只々感謝です。

では、順を追って1ヶ月を振り返って見ましょう。

まず9月2日の夜の便で我等7名(アキラ氏の家族4名、地雷被害者のポーイ、通訳のオル君、川広)はシェムリアップ空港を飛び立ち、3日の朝6時に関西国際空港に到着。
(余談ですが、この関空は台風21号に伴う高潮で滑走路が浸水し、タンカーの衝突で連絡橋が破損した為に4日から閉鎖となります)
そこには、その後の1ヶ月間を我々と行動を共にしてくれた、愛知県一宮市に本部を置き、知的障害者関連施設及び老人関連施設を運営しているNPO法人「ふれあいサロンさん・さんガーデン」の井浪理事長と速水さん他のスタッフが出迎えに来てくれていましたが、ここでまず最初の試練に襲われます。

私のスマホのインターネットが繋がらない。
私のスマホには、日本用とカンボジア用のSIMカードが2つ入っていて、日本でも普通にインターネットが繋がる筈だったのですが、今回何故かwifiが無ければ繋がらず、不便この上無し。
これがまずケチの付け始めで、この後も次から次へと不運続き。
例えばコンビニでワード文書(講演原稿)をプリントアウトしようとしても出来なくて、結局パソコン本体を見ながら原稿を読まなければならなかったとか(札幌会場)。

しかし、極めつけは何と言っても北海道で大地震に遭遇した事でしょう。
9月5日に初っ端の講演会が札幌市で有ったのですが、それを終えてホテルで寝ていた6日の早朝3時過ぎに震度5強(震源地である厚真町は震度7を記録)の地震が発生。
私自身は昔、震度5弱の地震を経験した事が有りますが、カンボジアでは地震は全く起きないので、カンボジア人にとっては地震そのものが人生初の経験。それも震度5強と言う大地震ですからそれはそれは肝を冷やした事でしょう。
みんな一斉に飛び起きて、廊下に出て対応を協議。
この時には、「さんさんガーデン」のスタッフ5名、障害の有る子4名が一緒でした。
我々が泊まっていたのは10階だったのですが、とりあえず朝まで待って、朝になったら1階に降りようと言う事になり、その後も余震が続き朝まで一睡も出来ないまま部屋で過ごし、停電でエレベーターも止まり、電気も消えて真っ暗な中を6時頃、非常灯を頼りに手探りで大きなトランクを抱えながら全員で1階に降りました。
そこから結局2日間、食料もロクに無い中で下手に外に出るよりホテルに留まった方が良いだろうと言う事で、ホテルの食堂の片隅を借りて過ごしました。
7日の夜、やっとの思いで室蘭港からフェリーで本州に渡りましたが、今思い出しても、人生でそうそう経験する事の無いこんな大事件に講演会旅行の初っ端で遭遇するとは、何とも不運としか言い様が有りません。
しかし、最初8日(土)に予定されていた東京での講演会は、アキラ氏が来れなくなった事により中止が決定していたので、これは返って助かりました。
もし中止になっていなかったら、当日になって急遽中止となり大変な混乱を招いていた事でしょうから。

そして、その後の講演会は10日(月)の浜松日体中・高校、11日(火)の浜松一般会場、12日(水)の甲府一般会場、13日(木)の一宮市立北方中学校、14日(金)の岐阜市立柳津小学校、一宮市立貴船小学校、17日(月)の京都外国語大学、18日(火)の広島一般会場、21日(金)の長崎一般会場、27日(木)の岡山市立石井中学校と岡山一般会場、
そして最後に28日(金)の岡山市立操南中学校とNPO「ICOI」による懇談会をもって全日程終了となりました。
(因みに、4日(火)の恵庭市一般会場、16日(日)の一宮一般会場、23日(日)の沖縄大学、25日(火)の座間味小中学校は、アキラ氏が来日出来なくなった事を受けて東京会場と同様に最初から講演会中止を決定していました)

ですから、地震の影響は講演会そのものには響かず、その後は小さいトラブルは数限りなく有ったもののまあまあ順調に推移したので、このまま上手く行くものと思っていました。
ところが最後に又、とんでもない試練を味合うことになります。

今度は地震で無く、台風の影響を受ける事になるのです。
本来なら9月30日の朝、10時半発のベトナム航空便で関空を飛び立ち、当日の夕方にはカンボジアに戻る予定でした。
ところが、9月初旬に日本に上陸し大きな被害をもたらした台風21号に続き、今度は台風24号が又しても日本に上陸し関空が閉鎖になってしまったのです。
21号の影響で4日から閉鎖になっていた関空が、20日にやっと滑走路が使える様になってヤレヤレと思っていた矢先に。
ですから、我々7名は一日関空で足止めを食らい、結局10月1日(月)にカンボジアに戻って来たと言う訳です。
でもそこには、20日に仮釈放になったアキラ氏自らが出迎えに来てくれていましたが・・・。

そんなこんなで辛酸も一杯舐めましたが、でも、講演会そのものは予定していた14会場全てを無難に乗り切る事が出来ました。
勿論アキラ氏来日を楽しみにされていた方がほとんどですから、その中には不満に思われた方もいらっしゃるでしょうが、私としては日本に於ける平和問題を考える良いきっかけ作りが出来たのではないかと満足しています。
お力添え頂いた方々には、本当に感謝の気持ちで一杯です。
有難うございました。


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さて、ここからは一転してちょっと怖い話になります。
最初に、恐るべき試練が次から次へと襲い掛かって来た背景にはある理由が有ると書きましたが、それについてこれから書きます。

ここからはホラー調で・・・・。

実は、あるクソバ・・・いやいや、ある年配女性の怨念と言うか呪いが、私にかけられていたのです。ゾクゾクッ

その女性とは、7月29日に書いた「とんでも事件勃発」に登場の女性です。
この女性、一度は本名で「ブログに、人のメールを張り付けるなんて、常識の欠片も持ち合わせておられないのかと疑います」と書いて寄越しました。別に名前を晒した訳でも無いし、あんな非常識なメールを寄越した張本人からそんな事を言われる筋合いは無い、そのままその言葉はお返ししますと言っても良かったのですが、面倒なので無視しました。そして、言葉の最後におためごかしに「ただし、今回の日本横断後援会(原文のママ)のご成功を心からお祈りし、陰ながら応援いたします」とあります。これがこの人の特徴ですので覚えておいて下さいね。
最初に来て、既にブログで紹介した文章にも「頑張ってください。形では表わせませんが、心より応援しています」と心にも無い言葉が最後に添えられていましたよね。

そして、何とここからは名前を隠して、と言うか誠に卑怯であり恥知らずにも、他人を装って次のコメントを私のブログへ次々と寄越しました。

9/2付
名前:天の声
タイトル:ご多幸を
非公開コメント(管理者のみ閲覧可能)
********************
善行はあの世で報われます。ただしご自身の身を削って 他人の浄財を当てにしてはいけません


9/3付
名前:天の声
タイトル:大受難
非公開コメント(管理者のみ閲覧可能)
********************
川広先生
やはり世の中 公平ですね(天はお見通し)
志正しくとも 手段(他人に集る(ここも原文のママで意味不明、頼るの間違いかも))間違えば その報いがある
残念無念



10/11付
「ブログを拝見させて頂きました。
正直、意見をされた女性の話は常識的な内容に思えます。
多くの方から支援金を頂くのには、責任感が足らないのではないでしょうか。
まるで意見をした人間が悪いかの様に書かれると良くないと思います。
その人は川ちゃんさんの活動をより良いものにするためにアドバイスをくれたのだと思います。その人は応援してくれている文面ではないでしょうか。
川ちゃんさんの行いは素晴らしいと思うのですが、人様からお金を預かる訳ですから、もしちょっとしたミスがあったりすると詐欺みたいな風に思われてしまいます。
そのことは、アキラや地雷撤去活動のメンバーにもかかってきます。
ですので、川ちゃんさんの責任は大きなものです。
今回の活動の会計報告なども詳細に公表すれば、次の活動の理解協力も得られると思います。私も川ちゃんさんの事は応援していますので、是非活動を明るくクリアーなようにして、ガンガン進んで欲しいと思っています。
ですので、意見をもらったことは真面目に検討して是正しなければならないと思います。
また政治的な事をブログで書かれていますが、それもアキラや地雷撤去活動のブログとは違うところで書かれた方がいいと思います。
個人の自由ではありますが、アキラやその関係者までその様に思われてしまうからです。
応援しています。
頑張ってください。」




最後の文章は完全に第三者を装っていますが、私のブログ読者の中に名前を明かさずにこの様な事を書いて寄越す人物は他に居ませんので、まず同一人物と見て間違い無いでしょう。
心にも無いのに、おためごかしにさぞや応援している様に取り繕う所など、この人の特徴がよく表れています。

おお、怖っ。

女の怨念、いやいやそう言うと他の女性に失礼ですよね。この人特有の怨念の強さに只々驚かされます。
一体根源は何なのでしょうか。妬み?そねみ?
自分がやれない事を他人がやったので、やっかんでいるんでしょうかねえ。
でも、その怨念に見事打ち勝って、今回の講演会が成功に終わりました事を改めて御報告させて頂きますネ。

そんな女、何処におんねん。は~い、熊本で~す。

しかし、格好のブログネタを提供して貰ったという点では、ある意味私もこの年配女性に感謝です。 サンキュー


このブログを発表後、実は最後の文章は自分が書いたという人物からコメントが届きました。
どうやら、「天の声」を書いたであろう熊本の年配女性とは別に、私のブログを読んで何かイチャモンをつけてやろうと言うアホな人物が他にまだ居た様です。(名前を明かさない所は共通していますが)
日本人応援団とは縁もゆかりも無い、今回募金をしてくれた訳でも無い単なる通りすがりの人間ですが、騒ぎを嗅ぎつけてここぞチャンスとばかりに、便乗して色々難癖を付けて来たものの様です。
私が時折政権批判をする事に対して批判している所を見ると、所謂ネトウヨの類でしょう。
こんなのを一々相手にする気はありませんので、今後一切無視する事に致します。



PS
私、川広肇、10月1日にカンボジアに戻った直後の4日にカンボジア人と再婚致しました。
フェイスブックでは発表したのですが、私のブログ読者の中にはフェイスブックを御覧になられていない方もいらっしゃいますので、一応この場でも発表させて頂きます。
詳しくは、又何れ、このブログで発表させて頂きますので、乞う御期待・・って、誰も期待なんかしないか、テヘッ。




後継者募集中
お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
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  1. 2018/10/15(月) 13:20:53|
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