川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

「『水祭り』 スマホ水没 後の祭り」後編

11月27日(日)  

先週のブログで、「一体どうなってんねん」と書きました天候不順問題ですが、その後も相変わらずで、もう11月も終わろうという今になってもまだ雨季の様な天候が続いています。
本当に「どうなってんねん」。

雨が降るとバイクに乗るのが大変です。
前に住んでいた3年間では、カッパを着ていても雨が浸み込んで濡れ鼠となり、気持ちが滅入ってしまって、憂さ晴らしの為に何度カラオケとビア・ガーデンに行ったことか(何のこっちゃ)。
しかし、今年は日本から持って来たカッパとは別に、カンボジアで売っているポンチョ型カッパを買ったので大助かり。


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このポンチョ型カッパはゴム生地が分厚いので、水が中に浸み込みません。
ですから、今年の雨季は前の3年間程苦痛では無く、よってカラオケとビアガーデンに行く回数が随分減りました・・・ウソつけ、このォ。
それから、雨季の話題でもう一つ。
先日博物館に来られたシンガポール在住の日本人の方が仰っていましたが、シンガポールは雨季と乾季がカンボジアとは間逆だそうで、今、雨季に入った所だそうです。
ホンの御近所さんなのに、不思議ですねえ。


さて、前置きはこの位にして、予告しました先週のブログの続きを書きます。
「水祭り」初日の13日には、「さくらくろ一座」の面々と一緒に祭りを楽しみましたが、2日目の14日は、親友のソテアレンとチャントリア夫婦と一緒に会場に出掛けました。
2日目は15時からボートレースの決勝戦が行われた筈ですが、平日でしたので昼間は「アキラ地雷博物館」で真面目に本業をこなし、夜になって出掛けました。
この日は花火も打ち上げられるという事でしたし、夜空には何と68年ぶりのスーパームーンが煌々と照り輝いていて、いやが上にも心浮き立ち、足が地につかない、美空ひばりの「お祭りマンボ」でも唄い出したい位のルンルン気分の夜でした。
しかし、この祭り2日目のルンルン気分の夜に、正に足が地につかないトンデモナイ悲劇が起きてしまいました。
そのトンデモナイ悲劇とは一体何か?
既に題で「スマホ水没」と白状してますので、皆さんお分かりだと思いますが、そうなんです、私の体ごとスマホを水没させてしまったのです。

当日は、ソテアレンとチャントリアとは会場で落ち会う事にし、王宮前のロータリーのモニュメントを集合場所に決めました。
私の方が先に着いたので、2人によく分かる様にとモニュメントの台座の上に立ち、携帯電話で連絡を取りながら彼らの到着を待ちました。
四方は昨日と同様人の群れで、モニュメントの台座にも隙間無く人が腰掛けています。
私は僅かの隙間に辛うじて立って、ここにいるぞと言わんばかりに一生懸命手を振っていたのですが、前に人が押し寄せて来たので一歩だけ後ずさりしました。
その瞬間、携帯に「うっ!マンボ」との声を残して(オマエは明石家さんまか)、ドボーン。
モニュメントの台座の内側の、土と思っていた所が実は水だったのです。
前々からそこが土だと思っていたかどうかは記憶が定かではありませんが、少なくともその瞬間は土だと思って足を降ろしたところ、足が地に着かなかったという訳です。
その水を張った箇所は結構深く、完全に体が水没してしまいました。
左手にデジカメと扇子を持ち、右手には携帯を握りしめていて、落ちる瞬間左手は上に上げたのですが、携帯を持った右手はしっかり水の底を押さえていました。
周りに居た人々は一瞬何が起こったか分からずザワついていましたが、雫をボタボタ垂らしながら立ち上がった私を見て、クスクスと笑い声が聞こえて来ました。
穴があったら入りたい、いや、今穴から出て来たところだ」とか、「ポンチョ型カッパを着とけば良かった」とか馬鹿な事を考えながら、照れを隠して苦笑い。
周りに日本人が居なくて、知らないカンボジア人ばかりだった事がせめてもの救いでした。
知り合いが居たら、恥ずかしさは数千倍だったでしょう。
この後暫くしてやって来たソテアレンとチャントリアは、「大丈夫ですか、お父さん」と心配してくれましたが、目はしっかり笑っていました。


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王宮前のロータリーにあるオブジェを昼間写しました。14日の夜には、この周辺は人で溢れていました。

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オブジェの大写しです。

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この緑色のものは土に生えた雑草では無く、水に浮かぶ水草でした。ここにドボンしたドジな私。


思えば私の人生は、太宰治風に言うと「恥の多い生涯を送って来ました」です。
子供の時からドジばかりで、水に落ちただけでも何度有るか分かりません。
特に忘れられないのが、大学時代に酔っ払って、気が付いたら何故か警察に保護されていて散々説教された後、その交番を出て下宿に向かって歩いている途中、再び酩酊状態に陥って橋の上からそのまま真冬の川にドボン。
あの時も死に掛けましたが、もう一つ死に掛けたのが、会社員時代に上司や同僚と夜釣りに行き、防波堤の防護柵の鎖に体を預けて釣竿を垂れていた時です。真っ暗な中でホンの50センチ体を移動させた所、有ると思った鎖がそこだけ途切れていて、預けた体を支える物が無く、そのまま今度は真冬の海にドボン。
この時は服を何枚も重ね着していて、その服が水を吸って重たくて、泳ぐどころか身動きもままならず、一人だったら間違いなく死んでいたでしょう。
まあ、そうした命に関わる大事件に比べたら今回は死ぬ程の事では無かったのですが、私の代わりにスマホが死んでしまいました。
と言っても、スマホの死に気が付いたのは、この時よりも何時間も後の事ですが・・・。


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ロータリー前の夜の雑踏

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コンサート会場も人で溢れていました。

ドボンの後まず確認したのは、携帯電話が無事かどうかでした。
何せ、手に持ったまま完全に水没させたのはこの携帯電話だったからです。
しかし、携帯は奇跡的に無事でした。
デジカメは水に漬けなかったので当然無事であり、この2つの無事にすっかり気を良くして、腰に巻いたウエストポーチの中に入れていたスマホの事は完全に忘れていました。
パンツがビチョビチョで気持ちが悪いのも我慢し、ソテアレンとチャントリアと3人でワイワイ言いながら飯を食ったりコンサートを見たりして「水祭り」の会場で陽気に1時間程過ごし、それから家に帰って、ようやくウエストポーチの中の物を点検しました。
名刺や手帳、メモ帳など紙類はビチョビチョで、書いた字も滲んでいてそれはそれでショックを受けましたが、それでも財布の中は無事で、「ああ、やれやれ」と安心した直後にケースに入ったスマホに目が止まり、「ああ、そうだった。スマホを入れていたんだ」と初めて気が付いて、恐る恐る電源を入れた所、「ゲッ、ヤバイ、起動しない」。
ドボンした後、スマホの電池を直ぐに抜いておけば、ひょっとしたら無事だったのかも知れないのですが、もうそんな事を言っても後の祭り、水祭り
(この後修理に出したのですが結局回復せず、データが全て消失してしまいました。)
意気消沈した私は、もう何もする気がせず、その夜は早々と床に着きましたが、夜中の0時を過ぎてから、傷ついた心に更に拍車をかける様に、大量の花火が打ち上げられるではありませんか。
「何でこんな夜中に花火を上げるねん、安眠妨害や、責任者出て来~い」。
心打ちひしがれた私には、夜中の花火は騒音以外の何物でもありませんでした。
「一体この国はどうなってんねん。気候もおかしいけど、やる事もおかしいやんか」。
カンボジアに八つ当たりする私でした。

5年もの間待ちに待った「カンボジアの水祭り」だったと言うのに、自分が水に落ちるという、とんだ落ちの付いた形で失意の内に終わった今年の「水祭り」でした。
ああ、嘆かわしい。




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  1. 2016/11/27(日) 09:53:15|
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