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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

最近の困り事3連発

8月21日(火)

このところ、来月の日本講演の準備に追い捲られていて、ブログの話題もその事ばかり書いていますので、今日はガラッと趣向を変えて、最近困った事を3つばかり取り上げたいと思います。
本当は、皆さん方が読まれた後でスカッと爽やかな気分になる様な話題を書きたいのですが、残念ながらそうしたネタが枯渇していますのでお許し下さい。



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まず一番目が、アリか何かに噛まれて足が腫れた事
7月28日(土)の夜、日本人の友達と3人で屋台でビールをかっ喰らいながらスープチュナンダイ(カンボジアの鍋料理)を食べていた時、左足の向こう脛の内側を蚊か何かに刺され、痒かったので思わず掻きました。
すると、翌日から少しずつ腫れ上がって来ました。

日本渡航の為のアキラ氏他6人のカンボジア人のビザを受け取りに、30日(月)の夜行バスで一人でプノンペンに行ったのですが、段々痛みが出て来て、31日(火)の夜行バスで帰って来る時には痛くて足を引き摺る様になり、シェムリアップに到着した8月1日(水)にやっと行き付けのクリニックに行きました。
その時に診てくれたのはどうも新米の医者で、原因がはっきりとは分からないので、さかんに首を傾げていましたが、カンボジア人仲間のソテアレンに電話して通訳をして貰い、薬をくれるか注射を打ってくれと頼んで貰い、やっと飲み薬を処方して貰いました。
しかし良くなるどころか益々腫れて来て、3日にはもう写真の通りパンパン状態。
青くなって、又その同じクリニックの今度は一番信頼している院長先生に診て貰いました。
すると、やはり同じ薬を処方されたのですが、毎日通院する様に言われ、そこから病院通いが続き、19日にやっとフィニッシュと宣告され、まだ少し腫れてはいるのですがほぼ大丈夫とのお墨付きを貰いました。
治るまで3週間を要しました。

原因はハッキリしていませんが、恐らく毒を持ったアリに刺されたものと思われます。
この左足が腫れるのは、カンボジアに来てからこれで3回目。
最初はバイク事故によるかすり傷からばい菌が入って腫れ、2回目は同じくバイク事故による骨折で腫れ、そして今回の腫れ。
何故かいつも左足。
思想が左だから?んなアホな。


二番目の困った事は、ビザ取得の件です。
カンボジア人が日本に渡る場合には、日本大使館に行ってビザを取得しなければなりません。
来月の日本全国での「アキラ氏平和学習講演会」の為、日本に渡りますのはアキラ氏及び家族4人とポーイと言う現在アキラ氏の下で地雷撤去活動を行っている28歳の青年、そしてカンボジア人通訳と私の8人ですが、私以外の7人はビザが必要なのです。

5年前にも、アキラ氏とアラというカンボジア人青年、そして私の3人で日本に講演に行く為、3人でビザ申請をしにプノンペンの日本大使館に行きましたが、今回は8人という大人数。
バスで行けば安くて済むのですが、10歳のメタもいる為高い金を払って、車をチャーターして行きました。
数々の書類を準備して申請をし、1週間位掛けて大使館の担当者が渡航に不審な点は無いかを審査し、OKとなれば受け取りに出掛けます。
受け取りは誰が行っても構わないのですが、申請は必ず本人が行かなければなりません。

去年、用事で大使館に来た時、来年にはシェムリアップに領事館が出来るとの情報を得て、飛び上がらんばかりに喜びました。
時期はまだハッキリしていないが、まあ4月頃には出来るだろうとの事。
それなら、9月の日本渡航に間に合う。
シェムリアップに領事館が出来れば、ビザ申請及び受け取りにわざわざプノンペンまで来なくて済む。やったー、ラッキー。
そして、その領事館が4月と言わず今年1月にはシェムリアップに完成し、業務を開始したのです。
ところが何と、ビザの手続きは何れは取り扱うものの、いつから始めるかは未定との事。
そんなアホな。
何度も何度も日本領事館まで出向いて確認しましたが、7月になってもまだ取り扱いを始めていない為、仕方無くこれまで通りプノンペンに出向いたという訳です。
とんだヌカ喜びに終わりました。
しかも、尚悪い事に、申請は午前中のみ、受け取りは午後2時から4時半までとタイムスケジュールが決められているのです。
5年前には、受け取りはいつでも良かったのに。

ですから、7月22日(日)に8人で車でプノンペンに行き、一泊して翌23日(月)の朝大使館に出向いて申請手続きをし、1週間後の7月30日(月)に今度は私一人で夜中0時発のナイトバスに乗ってプノンペンに出掛け、朝6時に到着して、昼過ぎまで雑用をして時間を潰し、14時に大使館に行って7人分のビザを受け取り(受け取りはものの5分で終わります)、シェムリアップに帰る昼間のバスは14時を過ぎたらもう無いので、夜中までまた雑用をして過ごし、深夜発のナイトバスで8月1日の朝5時半に帰宅したと言う訳です。
バスでは行きも帰りも一睡も出来なかったので、もう体はガッタガタ、おまけに足が腫れて痛くて歩けなくなってしまい、一番目の困った事に繋がる訳です。


三番目の困った事は、7月末に日本から私宛送られたEMS郵便が、未だに届かない事です。
この郵便は、昨年1月に地雷博物館に来館され、その後直ぐに応援団に加入して下さって、これまで御自分がカンボジアで撮影された遺跡の写真をポストカードにして博物館の売店で販売し、売上金を全額寄付して下さったり、博物館併設の養護施設である「リリーフセンター」の子供たちへ文房具を送って下さっている静岡県浜松市在住で浜松日体高校で保健科の教諭をなさっていらっしゃる鳥居公実子さんから送られて来たものでして、今回も、リリーフセンターの子供たちの為に送られた中古の運動靴です。
鳥居さんによりますと、「これらの靴は、卒業生が置いていった廃棄処分の運動靴を、管理職の了解を得て、カンボジアに送らせて頂いた」との事です。
鳥居さんから7月末にEMS郵便で発送したとのメールを頂き、まあ、普通は1週間位で届くのに一向に届かないので、今月10日頃インターネットで追跡調査した所、プノンペンの郵便局に留め置かれている事が分かりました。

その少し前、私にクメール語と英語で電話が掛かって来たのですが、当然何を言っているのかさっぱり分からないので番号を控えて、後から電話を掛ける事にしていました。
その電話も中々通じなかったのですが、やっと友達のソテアレンに掛けて貰って相手が出て、それがプノンペンの郵便局の税金担当者だと分かりました。
何でも相手が言うには、私宛送られた荷物は税金を払っていないので、それを払わなければ渡せないとか言っているらしいのです。
ソテアレンも経験が無いので、相手が言っている内容が十分には理解出来ないのですが、恐らく私が思うに、この山のような運動靴は私が販売目的で取り寄せた物だと勘違いして税金を掛けると言っているのだと理解したので、ソテアレンに「そうでは無くて、日本人のアキラ氏の支援者からアキラ氏が面倒を看ている子供達に送られたプレゼントだ」と伝えて貰いました。
すると、相手は、「それならアキラ氏に、その事を自分が証明するという誓約書を書いて送って貰ってくれ」と言うのです。
その誓約書が今日当たり向こうに届いている筈ですが、さあどうなります事やら。
まあ、色々な経験をさせて貰いますワイ。


そんなこんなの最近の困り事3点を、御披露させて頂きました。
もっと楽しい話題を書きたいなあ。
でも、次に書くのはもう決まっています。
いよいよ日本渡航まで10日を切りましたので、次回は講演会の事を書きますね。

と言いつつも、実はこの運動靴を送って下さった鳥居さんが、浜松の自分の勤務する学校と、更には一般会場にて今度の講演会を主催して下さっています。
その一般会場での講演会は、ポスター記載の通り9月11日(火)に実施されます。
お近くの方は、お友達をお誘い合わせの上、是非御参加下さいます様お願い申し上げます。

浜松チラシ


さあ、次回も講演会の宣伝を致しますので、是非お読み下さいネ。



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お問い合わせは joyful57@hotmail.co.jp(川広)まで
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  1. 2018/08/21(火) 17:43:45|
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