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川ちゃんの「カンボジア生活日記」

「アキラ地雷博物館」でのボランティア活動の中で出会った人々のことや、日々の可笑しくも楽しいカンボジア生活を綴っていきたいと思います。

携帯電話についての一考察

携帯ショップ
携帯電話の陳列

12月11日(火)
先日7日(金)から昨日まで、博物館の子供たちと3泊4日の「モンドルキリ研修旅行」に出掛けていた為、日曜日にブログを更新出来ませんでしたので、今日新しい記事を書きます。

「モンドルキリ」の事はまた次の機会に書きますが、今回は旅先で改めて知ったカンボジアの携帯電話事情について触れてみたいと思います。
前にプノンペンに行った折、携帯ショップが軒を連ねているのに驚いたと書きましたが、全くの認識不足でした。今回「モンドルキリ」に行って、道中のどんな田舎にも携帯ショップが有り、何処に行っても携帯の電波受信塔が立っているのにただただ驚嘆致しました。
携帯電話の普及率は凄いの一語です。
まあ確かに、日本でも携帯が市場に現れてからは、アッと言う間に拡がりましたが。

調べてみると、グラハム・ベルが電話を発明したのが1876年(明治9年)で、日本での電話開通が1890年(明治23年)だそうです。しかし、その後も一般庶民までは中々普及せず、私が子供の頃(1950年代)でもまだ家庭に電話が有る家は少なく、隣近所の電話を登録しておいて、電話が掛かって来た時には呼び出して貰っていました。
その頃の電話は、交換手経由で相手を呼び出していたと思います。その後ダイアル式になり、プッシュホンに変わりました。
その後かなりの時を経た後、家庭電話から携帯電話に切り替わって行きますが、携帯の前にも一時ポケットベルと言うのが有って、私が会社員だった頃は外出先にこのポケベルに連絡が入り、近くの公衆電話から「何か用かい」と電話を掛けると言う事をやっていました。
これが1980年代から1990年代に架けてです。
その頃一部の特権階級の間では、一種の見栄で自動車電話とか物凄く馬鹿デカイ携帯電話を肩に架けて使うと言う事が行われていましたが、まだまだ一般的ではありませんでした。
中には自動車にアンテナだけ立てるといった「ええかっこし」も居ました・・・私ですが。
1990年代の半ば頃からだったと思いますが、やっと手の平に収まるサイズの携帯電話が登場して来ました。しかし最初は通信料が高かったので、まず通話エリアは限定的だけど料金の安いPHSなる携帯電話が普及し、その後通話料が下がった為普通の携帯電話がアッと言う間に普及したと言う訳です。
ですから、日本でも携帯電話が普及して来たのはやっとこの16、7年です。
しかしその進化は異様に早く、今や機能は多岐に渡り、この携帯で出来ない事は無いと言った勢いです。その内これさえあれば空も飛べるのではないかとさえ思えます。
確かに便利にはなりましたが、オジさん世代には今いち付いて行けません。
機能も勿論使いこなせませんが、みんなが暇さえあれば携帯画面をにらめっこし、メールやフェースブック、ツイッターをしたり、ゲームをしたりという事に多少戸惑いを覚えます。
手紙で気持ちを表したり、面と向って会話をしたりと言う場が少なくなって来ている事が、少々寂しくも有ります。
糸電話で話していた頃が懐かしい・・・いつの時代や。

まあ何はともまれ、この携帯電話が今やカンボジアでも大普及しています。
まだまだ貧しくて、一日に一食しか食事が摂れない人々がいる一方で。
いい事なのか悪い事なのか一概には言えませんが、ただ携帯電話で何でも用事を済ませてしまって、カンボジアの良き伝統である家族や友達、隣近所との結びつきが薄れてしまう事がない様祈るばかりです。


携帯ショップ2
田舎の携帯ショップ

携帯電波受信塔
携帯電話基地局のアンテナ


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  1. 2012/12/11(火) 18:22:22|
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